第1話

 祭りの夜には、お面をつけて死者がこの世に戻ってくる。


 僕の頭の中に、村に伝わる不思議な言い伝えが不気味に響き渡っていた。


 この手紙……これは一体何なんだ?


 消印がないということは、この手紙は直接うちのポストに入れられたことになる。


 ……誰が? なんのために? 死んだ沙優の名前まで使って? しかも今さら僕に何の用で出したんだ?  


 色々なことが、僕の頭の中を巡っている。


『今夜は村のお祭の日ね。』


『お祭の夜、展望台で待ってます。』


 ……まさか。


 ……いやそんなはずない。お祭の夜の言い伝えなんてただの言い伝えだ。きっと悪趣味な誰かのイタズラだ。


 そう思い込もうとしたけど.....


 消印のない死んだ沙優からの手紙は僕の心の中に暗い影を落とした。


 今夜の祭りの夜に何かがおこる……


 根拠はないが、そんな気がしていた。








「村のお祭りか……久しぶりだなあ。」


 まだ夕方なのに祭りは賑わっている。東京と比べれば人も屋台も少ないかもしれないけど、久しぶりのせいかどこか新鮮味があった。


「さて……行くか。」


 明かりの方へ進んだ。


 展望台はたしか村の北東にあったはず。そこへ進もうとした時


「拓真!? なんだよお前、久しぶりだな! こっちに帰って来たのか。」


 見るからに自分と同い年ぐらいの男が話しかけてきた。返事をする前にその男は……


「俺だよ、中学の同級生の#桜庭__さくらば__#だよ! いやー懐かしいな。」


 ……桜庭! そうだ、確かに中学校の時に一緒のクラスだった。相変わらず陽気なところは変わっていない。


「突然なんだけど、実はこれから同級生のみんなで集まろうって行っててさ。ちょうど良かった、お前も来いよ」


「いや……僕はこれから……」


 話もろくに聞かないで桜庭は行きたい方向と違う方向へと腕を引っ張っていく。


 ……もはや、何も言うことができなかった。






 無理やり連れてこられた。腕が痛い……


 その屋台がなく、人気の少ない所には、同い年くらいの男1人と女2人がいた。


「おーう、みんなー! 遅くなってごめん! それよりみんな、驚くなよ?」


 そう言うと桜庭は、掴んでいた腕をはなし、僕の背後に回り背中をドンッと押して突き出す。


「こいつ! 誰だかわかるか?」


 すると、女の子の1人が口を開いた。


「あれ? 拓真だ! なっつかしー。あたしのこと覚えてる?」


 水色の花柄のヘアピンがチャームポイント、クリーム色の髪。前髪は片側に寄せている。


 こんな子……いたな。四年も経つと、こんなに人って変わっちゃうもんなんだな。


 そう思ってると。


「花屋の娘の#南雲千鶴__なぐもちづる__#だよー。って言っても拓真がうちの花屋に花を買いに来ることなかったしねえ。花屋の娘なんて言っても、あんまり印象ないかな? あはは、まあいっか!」


 そうだ、千鶴だ。昔から強がりで、自分のことをあたしと言う。可愛くなったなー。


 少し、見惚れてると、千鶴の横の女の子が僕の前まで歩いてきて、口を出す。


 「工藤くん、久しぶりね。中学のとき学級委員だった#雪村美夜子__ゆきむらみやこ__#よ。」


 相変わらずクールビューティーな女の子だ。紫の髪をまとめたポニーテール。学級委員という座で、印象には残っていた。


「工藤くんは東京にいるのよね。わたしも東京の大学に行ってみたかったな。」


「えー! 行けばよかったのに! 美夜子なら東京の大学楽勝で入れるよ!」


 口を挟んだのは千鶴だ。


「ありがとう。でもうち、おじいちゃんとおばあちゃんしかいないから心配でね。それに勉強ならどこだってできるから。」


「美夜子はいつも難しそうな本ばっかり読んでるもんねー。あたしにはちーっとも分かんないことが書いてあって、ほんと凄いよぉ!」


「ふふ、ありがとう。」


 そうだ、美夜子は昔から時間があれば難しそうな本を読んでいた。僕には考えられないことだな。ひたすら文字しか書かれてない文を読むと酔ってくる。当然僕は国語系のテストが苦手だ。


「じゃあ最後、九条くん。」


 そう言うと、美夜子は元いた所まで戻る。代わりに出てきたのは九条だ。銀の髪に中性的な顔立ちをしている。昔から大して変わってないから、すぐ分かった。見るからに富豪なのだろうと、実感させられる服装だ。


「……拓真。久しぶりだな。#九条時也__くじょうときや__#だ。貴様今まで一体どうしていた? ここにいる4人はみんな、別の高校に行っても連絡をとったり、たまに会ったりしていたんだ。なのに貴様は、電話してもメールを送っても返事のひとつもよこさなかった。すこし……冷たすぎるんじゃないか?」


 九条のもっともな言葉は、心にグサッと刺さった。


 僕は高校の頃、同級生たちを避けていた。いくら連絡をもらっても……誰とも会う気がしなかった。


「原因はやはり……星宮のことか?」


 ……うっ!


 図星を突かれ動揺する。


「……図星か。そういうことなら仕方ない。何を言わなくてもわかるよ。貴様は昔から分かりやすい奴だったからな。」








 星宮沙優……さゆは中学3年の夏、卒業を待たずして命を落とした。


 死因は溺死。遺体は村の西側の湖から発見された。争った形跡はなく、事故、殺人、自殺……すべての線で捜査が進められた。


 しかし……結局警察はこの事件を事故として処理したのだった。


 さゆの遺体が発見されたのが村祭の当日だったことから村人たちは口々に噂した。


『天狗に連れていかれたのではないか』


 ……そんなこと、あるわけない。あってたまるか。


 信じたくなかった。


 思い出したくもなかった。


 もうさゆがいないなんて考えたくもなかった。


高校の頃みんなを避けていたのも、高校を出て、すぐ東京に行ったのも全部これが原因だ。


 みんなと会ったり、村を歩いたりするだけで、僕は嫌でも思い出してしまう。


 だから僕は辛い記憶に鍵をかけ、心の隅に追いやってきた。


 もう、誰にも変えられない悲しい記憶から……自分の身を守るために。


 僕は逃げている。僕を苦しめる辛い思い出から……













 




 




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一夏の幽便 @fuka2116

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