二番目

鈴木怜

二番目

「あのとき助けていてでぇた二郎じろうといいます」


 ぺるり・・・とかいう男やはりす・・・とかいう男のせいで江戸の物価が去年から上がりに上がりまくっている中、平次へいじは突然家に現れた見ず知らずの歳を取った男に感謝されていた。


「ちょっと待っておくんなせ。あたしゃあんたのことを覚えておらんのですが」

「ええですから、それすら含めてありがたいと申すんでさ」

「一体何があんたをあっしに感謝させるのですか。それよりもあたしゃこの世の中でなんとかして儲けなきゃ行けないんですわ。最近は何もかもが高くてつらい」


 ですから帰っておくんなせぇ。暇はないんですわ。平次は最近まげでさえ結えなくなりそうな髪をさすりながらそう言った。


「そんな平次さに食う話を持ってきたんでごぜぇます」

「……何だと言うんです?」

「実はおいらは30年前、平次さの家に盗みを働きに忍び込んだことがあります」

「あぁ、盗むもんもなんもないと喚いていた物取りがひとり、そのころにいたような」

「そんときに平次さは、おいらを追い出しもせず、ちょっとこれやってきてくれと……ぐすん。仕事をふたつくれました」

「あー……当時は無名ながらも絵を必死に書いて書いての生活をしてましたからね。今では有名になりましたが。でもあっしはあのとき、ひとつしか頼んでないはずですが」


 平次が頭をぽりぽりと掻く。


「いえいえ、おいらにくれた仕事はふたつです。ひとつは平次さの書いた絵を版木師に持っていくこと」

「ええ、あっしはそれは頼んだような気がします。しますが、それ以外は頼んだ覚えがない」

「いいえ、それからおいらは版木を輸送する仕事につきまして」

「おお、それはそれはおめでとうございます」

「ありがとうございます。……で、日本を飛び回りまして木を探しました。平野や山、海、木のあるところはどこまでも探しました」

「あー当時は大首絵やら風景画やら色々ありましたもんねぇ」

「はい。で、とある商売を考えました」


 二郎は一息ついて、突然土下座した。


「きっとこの先、海の向こうの人たちがこぞって日本に住み着くと思われます。ですから平次さ、おいらと共に2番目の仕事を、新たな材木商を作っていただけませんか」

「……んなこと突然言われましても」


 しかし悪い話ではない。株仲間は水野の改革で解散しているから咎める者もいない。そもそもあったとしても材木が足りるかどうか。

 それに盗みをしたという二郎だが、着ているものは決して悪いものではない。おそらく必死に働いてきたのだろう。礼儀だって身に付いている。


「ひとつ聞いてもいいですか」

「はい。なんなりと」

「なぜ、あっしを誘うんです? あっしはただの画家ですよ」

「そりゃあ平次さは、おいらの人生を変えてくれた人ですから。その人が困っていると聞いて、いてもたってもいられなくなりまして」


 単純な理由だった。でも、それでいい気がした。


「いいでしょう。あっしでよければ、是非ともお手伝いさせてください。といっても、名前を売ることしか出来そうにありませんが」

「とんでもねぇです。名前を売ることでおいらたちは食っていけるのですから」



 それから、二郎と平次は材木商を立ち上げ、明治に入ってからも増え続ける東京の人口に対して木材を供給するという文明開化のひとつの歯車になったのであった。

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二番目 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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