二番目の、それでいて一番の幸せ者

きと さざんか

一番の幸せ者

 二番目、って言われてどう思う?

 普通の奴なら「一番が良い」なんて言うんじゃないかな?

 でも俺は、二番目って良いと思うんだよね。

 一番目より目立たない。一番目より妬まれない。一番目より穏やかに過ごせる。

 まあ、一番目ってのが凄いのは認めるよ。「あなたが一番」って言われて悪い気になる奴はそういないんじゃないかな?

 ただまあ、私は二番目がいいと思うわけさ。二番目で得られる平穏さってのは大切だと思うからね。

 だから、不意に、自分が一番目になった、ってことになると、とても困る。

「あなたが世界で一番好きです!」

 とか言われて、女の子に告白されたら、みんなはどうする?

 俺なら混乱する。何を言われているのか分からなくなる。ちょっと自分の頭を小突いて、正気を確かめたくなる。

「あ、あの、お返事聞かせてもらえませんか!?」

 これが、クラスで目立たない女の子からだったら、俺もまだ余裕を保てたかもしれない。

 だけど、これが困ったことに、うちの高校で一番可愛いなんて噂されている女の子からだとどうしたらいい?

 言葉が出ない。どうだろう? 同情してもらえるだろうか? 「いやいや二番目がいいなんていう奴にそれはないわ」とか思われてしまうかな?

 相手は、俺の返事を待っている。真っ赤な顔で、必死にこちらを見つめてくる。

 俺は考えた。俺は、クラスじゃあ目立たない二番目の男だ。

 勉強も運動も一番目になったことはない。もちろん下からじゃなくて、上からなんだが。いや、それは今はどうでもいいか。

 俺も、必死になって考えた。

 女の子は可愛い。認めよう。

 女の子は性格も良い。認めよう。

 でもなんだって、俺が一番だなんて言うんだろうな、この子は。

 別にそれほど接点があったわけじゃあない。同じクラスだから少しは話したこともあるさ。でも、一番仲が良かった、ってわけじゃないんだ。

「あの……」

 おっと、悩んでいる時間が長すぎた。女の子の言葉が尻すぼみになってきた。

「ちょっと待ってもらえるかな?」

「あ、は、はいっ」

 二番目ライフを送っていた俺に、こんな日が来るなんてな。

 答えるだけなら単純だ。「はい」って言えばいい。学校で一番の子に言われて、断る理由なんて、そんなにないさ。

 ここで「なんで俺なの?」なんて一番野暮な質問はしない。それくらい、俺だって心得ている。

 どう答えたらいいんだろうな。

「俺、別にそんなに格好良くないぜ?」

「そ、そんなことはないです!」

「勉強だって、君には敵わない」

「わ、私はあなたに並びたくて、それで頑張って勉強して一番を取れるようになりました!」

「運動だって、そこそこだ」

「でも、一番努力してたの知ってます!」

「俺は……」

「なんと言われたって、一番好きなんです!」

 俺がどれだけ謙遜しても、女の子は食らいついてくる。

 これは、うん、まあ、何を言っても変わらないんだろうな。

 俺が一番。一番目、か。

「き、嫌いなら、言ってください。これからは迷惑かけないように、しますから」

 女の子が涙目になってきた。これは、俺の人生で一番キツい状況だ。

 一番、一番目、か……。

 これ以上は考えるだけ無駄だろう。だって、そりゃまあ、俺だってこの女の子が、十七年間の人生で一番好きだったわけだし。

「よろしく、お願いします」

「へっ!?」

「あ、いや、俺も、嫌いとかじゃなくて、むしろ好きだったというか、なんというか」

「ほ、本当ですか!?」

「こんな時に嘘なんて言えないよ」

 やったー! と飛び跳ねる女の子。嬉しそうだ。俺も、この子ほどはしゃげないけど、嬉しいな。

 くっそ。こいつは大変だ。

 これから先、俺の学校生活は変わるだろう。なにせ、学校一の女の子の彼氏になるわけだ。

 噂なんてものは、すぐに広がる。明日からは、俺が、いや、俺たちが学校で一番目立つことになる。

 さようなら、俺の二番目人生。こんにちは、俺の最高学校ライフ。


 翌日。

「おはようございます!」

「お、おはよう」

 ほうら、早速視線が集まってきたぞ。男たちは俺に殺伐とした目を、女の子たちはヒソヒソと何やら会話を。

 これが一番ってやつか。ああ、居心地悪い。

「ふふっ、今日はお昼ご飯一緒に食べませんか?」

「え、ああ、いいけど」

「お弁当作って来たんです」

 なんてこった、そこまでされたら、さらに目立つじゃないか。

 これから先、俺の人生は色んな一番で更新されてくだろうな。一番嬉しい時、一番楽しい時、一番悲しい……っと、最後のこれはないか。

 やれやれ、まったく、チクショウめ。

 俺は人生で一番の幸運に恵まれた。

「どうしました?」

「んあ、なんでもない、なんでも」

 図らずも、色んな一番に追われることになった。これじゃあもう、二番目がどうのこうのと言ってられない。

 ならまあ、全力でこの幸運を味わってやろうじゃないか。

 一番の幸せ者になってやる。

「俺、苦手な食い物あるんだけど……」

「知ってます! だから、一番好きって聞いたものを作ってきました!」

 この幸せを、一番噛みしめてやろうじゃないか。

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二番目の、それでいて一番の幸せ者 きと さざんか @Kito_sazanka

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