第七話

「なるほど」

 ヒューが見つけた隠し扉の入り口を見てダベンポートは思わずニヤッと笑った。

 やっぱり、あったか。

「ヒュー、お手柄だ」

 ダベンポートはヒューを労った。

 石炭倉庫から攻めると言うのは良い考えだった。


「さて、」

 ダベンポートは手帳を一ページ破ると、隙間に差し込んでみた。

 奥まで届く。紙を上下に動かしてみても何かが当たる様子はない。

 これなら、確かに動きそうだ。

「後はこれをどうやって開けるかだけだが……」

 この隠し扉がどんな構造になっているのかはダベンポートにも判っていなかった。

 何しろ隠し扉だ、何か解錠する手順があるのだろう。だが、それを探していたらすぐにまた半日くらい経ってしまう。

「……面倒だな」

 ダベンポートは呟いた。

 ふむ、壊しちまうか。

「なあ、君たちでこの扉をこじ開けるってのはどうだい? できそうか?」

 ダベンポートは背後の騎士達に尋ねた。

「問題ありません。五分も頂ければこの程度の壁、すぐに破壊してご覧に入れますよ……おい、誰か馬車からハンマー持ってこい!」


 すぐに地下室は大変な騒ぎになった。

 二人の騎士が交互に柄の長いハンマーで壁を殴る。猛烈な騒音と大きな振動。ハンマーが打ち込まれるたびに天井から細かい破片がポロポロと落ちる。

 突然始まった工事現場の様な騒音に、最初キッチンにいたシェフ達と台所女中キッチンメイド達は驚いてドアから顔を覗かせたが、それが騎士団の活動だと見て取るとすぐにキッチンへと引き返した。

「真ん中をぶち抜くんだ」

 ハンマーを振るう騎士の後ろからダベンポートが指示をする。

「その隙間のあたりにはドアの軸がある可能性がある。もう少し壁側を叩いてみてくれ」

「了解」

 騎士達は少し移動すると、今度は隙間と壁との間を叩き始めた。

 背後からドタドタという慌てた足音がする。

 コンラッド執事は慌てふためいた様子で階段を駆け下りてくるとそのまま石炭倉庫へと直行した。

「な、何事ですか?」

 半分ほど穴のあいた壁を見て執事が絶句する。

「なに、通常の捜査活動ですよ。ちょっと派手ですが」

 ダベンポートがしれっと答える。

「捜査活動って、これは破壊活動だ!」

 コンラッド執事は両手を振り上げて喚き散らした。

「まあ、似た様なものです」

 ダベンポートはどこ吹く風だ。

 半分ほどあいた壁の穴からもう一枚、木製のドアが見える。

「中にドアがある。一気に壁を突き崩せ!」

「おらあっ!」

 さらに二発、三発。

 四発目で壁はガラガラ……、と音を立てて崩壊した。

「よし、開いたぞ」

 騎士たちが色めき立つ。

「……ダメです、ダベンポート様、その扉を開けてはいけない」

 背後でコンラッド執事が頭を抱える。

「何をしてるんです!」

 すぐにクレール男爵がコンラッド執事に合流した。

 顔が青ざめている。

「おそらく、見つけましたよ。ご夫人の行方」

 ダベンポートは二人に言うと、瓦礫をまたいでドアの前に立った。

…………


 マホガニー材と思われる重厚なドアには小さく『実験室ラボラトリー』という真鍮製のプレートが打ち付けられていた。その下には手書きで紙に書かれた

『立ち入り禁止』

『危険』

『入室禁止』

『邪魔をしないでください』

 などの注意書きがピンでベタベタと貼り付けられている。

「鍵は?」

 ダベンポートはドアノブを回すと、慎重にドアを押してみた。

 かかっていない。

 隠し部屋の奥にあるためか、その後の対策はおざなりだった。

 さらにドアを押し、自分が通れるだけの隙間を作る。

 ダベンポートの周囲をすり抜け、倉庫から室内に風が流れ込む。

 ダベンポートはヒューから受け取ったランプを目の前にかざしてみた。

 石造りの小さな部屋。中は真っ暗で部屋の様子がよく見えない。

「…………」

 ランプを高く掲げ部屋を照らす。

 さて、中にあるのは、死体か、それとも監禁された夫人の姿か。

 だが、その状況はダベンポートの想定を遥かに超えていた。

「……なんだ、これは?」

 中の様子が見えた時、思わずダベンポートは絶句した。


 それは、ダベンポートも見たことがない光景だった。

 目の前に、何か黒いものが浮いている。

(なんだ、これは?)

 しばらく闇の中で目を凝らす。

 だが、その浮遊物の姿ははっきりしない。

「……明かりが欲しいな」

 周囲を見回すと、ドアの隣にはアールヌーボー調の装飾が施された瓦斯洋燈ガスランプがあった。

 瓦斯洋燈ガスランプのバルブを開き、マッチを擦って下からヴェルスバッハマントルに火をつける。最初オレンジ色だった瓦斯洋燈ガスランプの光はすぐに白く眩い光に変化した。

 室内の造作が明るい光に浮かび上がる。


 その部屋の造作はダベンポートの実験室によく似ていた。

 ただ、サイズが大きい。この屋敷にしては小ぶりとは言え、広さはダベンポートの実験室の四倍以上はありそうだ。

 部屋の周囲には本棚が並べられ、大量の蔵書が雑然と積まれている。壁際の机は大きく、どっしりとした作りだった。机の上にも蔵書やメモ、ノートなどが散乱している。


 黒い物体は全く光を反射しない、小さな丸い球体だった。

 床に描かれた魔法陣の上に浮いている。

 ダベンポートは十分な距離を保ちつつ、黒い球体を観察した。

 部屋の中は明るい。だが、その漆黒の球体の周りだけは妙に薄暗かった。不思議なことにその球体には影がない。これだけ部屋が明るいのに、この物体の落とす影が床には見当たらないのだ。

 球体の輪郭は曖昧で、大きさも判然とはしなかった。少し見ただけではそれ自身が何かの影のようにも見える。あるいはガスか?

 しかし、いくら観察してもその正体はダベンポートにも判らなかった。

 とりあえず球体のことは保留にして、今度は床に描かれた魔法陣に目を落とす。

 直径は二メートルくらい。

 二重になった魔法陣は、ダベンポートも知らない書式だ。

「二重、いや、三重だな」

 内側に魔法陣が一つ、一つ間隙を作って外側にもう一つ。

「……こんな書式は見たことがない……」

 背後のドアの影から騎士達が恐ろしげにダベンポートの様子を眺めている。

 と、そのドアが大きく開け放たれた。

「ダベンポート、なんだ、それは?」

 グラムだ。

「ご覧の通り、魔法陣だよ」

 ダベンポートは両肩を竦めた。

「違う、俺が言っているのはその魔法陣の上に浮かんでいる物体だ」

 グラムが指差したのは、魔法陣の上に浮かんでいるくだんの小さな黒い球体だった。

「うむ、なんだろうかね?」

 ダベンポートがグラムに頷いてみせる。

 とりあえずは魔法陣を読み解かないと。

 不安そうにするグラムには構わず、ダベンポートは遠巻きに魔法陣の周りを歩きながら魔法陣を読み始めた……。

…………

 

「……これは、重力制御呪文だな」

 ダベンポートは魔法陣の周りを二周したのちに結論した。

「外側はどうやら魔法陣強化呪文だ。これまた古臭い呪文を引っ張り出してきたものだなあ」

「なんだ、その魔法陣強化呪文ってのは?」

 グラムが尋ねる。

「文字通りだよ。魔法陣の障壁を強化することにエレメントのエネルギーを振り向ける変な呪文だ。元々はこれで盾のようなものを作ろうとしていたようなんだが、結局役には立たなくて今では使う機会はほとんどない」

 手帳に書き写した魔法陣を見つめながら考える。

「しかし、これは厄介だな。この魔法陣は内側の重力制御呪文を支えるためにセットで魔法陣強化呪文を使っているんだ。だとしたら外側から普通に解呪したら爆縮してしまうかも知れない。内側から解呪しないといけないのか……」

 ダベンポートは手帳を取り出すと、何やら魔法陣を描き始めた。

 ときおり床の魔法陣に目を移し、手帳の魔法陣とを見比べる。

「なあダベンポート、あれは、なんだ?」

 グラムは黒い球体を指差すと、もう一度ダベンポートに訊ねた。

「おそらく、とんでもなく強力な重力場だ」

 手帳の上で計算を続けながらダベンポートは答えた。

「バルムンク邸の事件は覚えているだろう? そこにある黒い球体はあれをさらに強力にしたものだ、と思う。しかし、これだけ強力となると……ひょっとしたらあの球体は自分の重力に負けて自分自身も吸い込んでしまったのかも知れない」

 そう言いながら少し考える。

「自分自身を吸い込む?」

「そう、言ってしまえばあれは穴みたいなものだと思う。なんでもかんでも吸い込んでしまう黒い穴ブラックホールだ。どうやら光も吸い込んでしまうようだよ、グラム。あの周りだけ光がない」

「光まで吸い込むのかよ……」

「グラム、これから見るものには覚悟した方がいいかも知れんぞ。もし僕の考えが正しければ、おそらくクレール夫人はあの中にいる」

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