第四話

 翌日早く、ダベンポート達は騎士団一行を連れてクレール邸に到着した。

 ダベンポート達が乗る馬車の後ろから二台の大きな装甲兵員輸送馬車がついて来ている。三台の馬車はクレール邸の跳ね橋を渡ると、玄関前の広いアプローチに並んで停車した。

 すぐに兵員輸送馬車の後ろの扉が開き、青い制服の若い騎士達が順番に飛び出して来る。総勢十六人、二個騎士小隊だ。

 十六人の騎士達が前後二列に整列し、無言のままグラムの指示を待つ。

 全員が揃うのを待ってからグラムは馬車から飛び降りた。

 騎士達の前に大股で立ち、胸を張る。

「諸君、手はずは今朝話した通りだ。今日は邸内捜索を行う。全員試薬は持ったな? 血痕、暴行の痕跡、不審な物件、なんでもいい。とにかく探せ! では諸君、解散!」

 グラムの号令一下、十六人の騎士達は一斉に動き出した。

 全員があらかじめ取り決めた持ち場にドヤドヤと駆けていく。

「こ、これは……」

 出迎えに来た執事のコンラッドはその様子を見て絶句した。

 呆然とするコンラッド執事の背後を次々と騎士達が通り過ぎていく。

「グラム様、ダベンポート様、私どもはこのようなことは存じては居りませんでしたぞ!」

「あれ、そうでしたかな?」

 グラムが空惚そらとぼける。

「確か昨日、帰り際に今日は少し人数が増えると申し上げたはずだが」

「確かにそれはお聞きしました。でもこんなに沢山だとは……」

 コンラッド執事が言葉を失う。

「これではお茶の準備が間に合わない……」

 そっちか。

 どこまでも悠長な人たちだ、思わずダベンポートが苦笑する。

 コンラッド執事はしばらく金魚のようにパクパクとしていたが、やがて

「これはいけない」

 と呟きながらアタフタと邸内に駆け込んでいった。

…………


 クレール家の邸内はすぐに大変な騒ぎとなった。

 十六人の大柄な騎士達が四方八方へと散っていく。

 最初は一階の捜索、それが終わったら二階、続けて三階へと移動する手はずだ。

(地下室は最後でいいだろう)

 その様子を背後から眺めながらダベンポートが冷静に判断する。

(キッチン、食料倉庫パントリー酒類倉庫セラー蒸留室スティルルーム洗濯場ランドリー、それに使用人の居室や寝室か……いずれも夫人からは縁遠い)

 玄関ホールに居残った騎士の一人は早速フロアに目を落とすと、ダベンポートの目の前で熱心に床の染みを探し始めた。

「……あ、あった」

 言いながら手にした試薬をスポイトで吸い上げ、少し垂らす。

「……ふむ、ネガティブ。反応なしと」

 試薬が反応しないことに鼻を鳴らし、騎士は次の染みを求めて移動していった。

「なんの騒ぎだね?」

 と、物音を聞きつけたのか、クレール男爵がのんびりと二階から降りてきた。

 派手な色のキルトのガウン。後ろにはコンラッド執事を引き連れている。

「なに、通常の捜査活動ですよ、男爵」

 ダベンポートはクレール男爵に答えて言った。

「奥様の行方を追っているだけです」

「その割には人数が多そうだねえ」

 言いながら男爵はあくびを漏らした。

 失礼な態度だったが、貴族なら仕方がない。

「何しろお屋敷が広いですからね、早く片付けようと思ったら人数を増やすしかないんですよ」

 ダベンポートはあくびのことは忘れることに決めると、当たり障りのないことだけを男爵に伝えた。

「ふむ」

 男爵はまだ眠そうだ。

「家具や置物には気をつけて下さいよ。中には貴重な品もある」

「それはもちろん」

 ダベンポートは頷いた。

「騎士団にも改めて念を押しておきます」

 ふと、ダベンポートは

 パタパタパタ……

 と可愛らしい足音が近づいてくることに気づいた。

 まだ十五、六歳の幼いメイドだ。

 雑巾とバケツを両手に持ち、床を這っている騎士を追いかけている。

「ああ、アメリア、よろしく頼むよ」

 コンラッド執事はメイドに声をかけた。

「はい、執事様」

 アメリアと呼ばれたメイドはすぐに床に跪くと、騎士が垂らした試薬の跡を丁寧に雑巾で拭い始めた。

「……まあ、お手柔らかにお願いしますよ」

 その様子をのんびりと眺めながらクレール男爵が再びあくびを漏らす。男爵は喧騒に背中を向けるとスリッパを鳴らしながら再び二階の寝室へと戻っていった。


 騎士が試薬を垂らし、家具を動かし、カーペットの裏を覗き込む。

 そして、後から続くメイドがそれを片付けて回る。

 昨日まで静かだったクレール邸は一気に賑やかな場所となった。

 まるでセントラルの中心街のような賑わいだ。

(これで何か見つかるといいんだがな……)

 舞踏室ボールルームを這い回る騎士達とメイド達を眺めながらダベンポートは考えていた。

(どうも、見込みは薄い気がする。直感だが……)

 ふとダベンポートは見知った顔が前を横切っていくことに気がついた。

 ふむ。

「ヒュー」

 ダベンポートは目の前を横切る騎士に声をかけた。

「はい、ダベンポートさん」

 すぐに立ち上がり、ヒューがダベンポートの前で直立不動の姿勢を取る。

「ヒュー、ちょっと耳を貸してくれるかい? 君だけに頼みがある」

 ダベンポートはヒューに手招きをすると、何事かヒューに囁き始めた。

 直立不動なまま、ヒューがダベンポートに耳を貸す。だが、

「……え?」

 すぐにヒューの顔は赤くなった。

「じゃあ頼んだぜ、ヒュー。君はなかなか男前だ。健闘を期待しているよ」

 ダベンポートがヒューに片手を振る。ダベンポートは別の場所の様子を見るために立ち去っていった。

「え?」

 まだヒューは混乱した様子だ。

 ダベンポートは命令だと言っていた。しかし、こんな命令……。

「え〜!」

…………


 ヒューは当惑していた。

 確かに上官の命令は絶対だ。しかし、こんな命令は受けたことがない。

『ヒュー、ちょっと後ろのメイドをたらし込んでくれないかい? 君ならできるだろう?』

 できないですよ、ダベンポートさん。

 俺は、真面目なんだ。

 とは言え、命令は命令だ。グラム隊長にはダベンポートの言葉はグラムの言葉と一緒だと言われている。

 仕方なくヒューは、メイドが床を拭い終わるのを待ってから声をかけてみた。

「君、お名前は?」

 顔をあげたメイドはなかなかの美人だった。ヒューの好みからすると少し細すぎだったが、顔の作りは悪くない。

 大きな緑色の瞳、長いまつげと華奢な身体。どこか放っておけない雰囲気、いわゆる保護欲を掻き立てられるタイプだ。

「…………」

 最初メイドはヒューに答えずただ黙って見つめるだけだったが、やがて気を許したのか、小声で何か言った。

「ん?」

 よく聞こえない。

「……エレンです。このお屋敷ではエレンと呼ばれています」

 それはメイドの名前だった。

「そうか、エレンか」

 兵舎で話すバカ話を思い出しながら、ヒューはできる限り優しい笑顔をエレンに作ってみせた。

「エレン、僕は少し退屈してしまったよ。もしよかったら仕事をしながらでいいから少し話をしないかい?」

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