一年目四月 ドキドキワクワクのクラス分け発表

 桜の予報も虚しく、大雨が花を散らした四月。雨のせいで少し寒くなり、夜もまだ長いこの時期。

 こんな語り出しをしたからといって、僕は膵臓が食べたいわけでもないのだけど。

 まあ、とにもかくにも、今日から僕も二年生となったわけだ。

 高校二年生といえば、なにが思い浮かぶか。そこらの同級生達に聞いた場合、真っ先に出てくるのは修学旅行だろう。神楽坂先輩に聞いた話だと、去年は関西、今年もおそらく同じだろうとのこと。中学の時の修学旅行は沖縄だったから、少し見劣りはするけれど、適当に楽しんでいればいいだろう。

 とは言え、修学旅行は二学期の終わり際。まだまだ先の話だ。

 今はひとまず、新しいクラスがどこなのかを見に行かなくては。

 蘆屋高校のクラス分け発表は、各階の一年時の教室に貼り出されている。僕の場合は一年三組だったから、まずは二年三組の教室に行かなければならない。その教室の外に一年時の出席番号順で、誰が何組か表記された紙が貼られているのだ。

 登校して校舎についてから、上履きのスリッパに履き替えて二年三組の教室へ。


「よう智樹。今日は一段としけたツラしてんな」

「ん、おはよう三枝。去年一年があっという間だったからね。歳を取るのは早いなと、時間の相対性に若干の寂しさを感じてただけだよ」


 その道中、階段を上がっていると三枝と遭遇した。遭遇というか、後ろから肩を叩かれたのだけど。いちいち力が強いから、ぜひやめてもらいたい。


「まだ16のくせになに悟った気になってんだよ」

「僕はもう17だ」

「ああ、そういや今月の2日が誕生日だったな」

「親友の誕生日くらい覚えておいてくれよ」

「悪い悪い」


 ケラケラと笑う三枝には、全く悪びれた様子がない。まあ、僕の誕生日を覚えていない程度、特に気にすることでもないのだけど。

 そんな我が親友は、この一ヶ月ほどでかなり活力を取り戻しているようだった。おそらく、というか確実に、先月の始めから入部した文芸部の影響だろう。より正確には、そこの部長である、神楽坂先輩の。

 一目惚れしたからと無理矢理一緒に入部させられた時なんて、それはもう色々と心配だった。神楽坂先輩がどういう人なのかも知らなかったし、文芸部なんて興味のかけらもなかったから、上手くやっていける自信もなかった。

 しかし、蓋を開けてみればどうだ。

 神楽坂先輩は超がつくほどのいい人。しかも超が三つつくくらいのお金持ち。文芸部は僕たち三人だけだし、この一ヶ月、神楽坂先輩の家の車で花見やらなんやらと色々連れて行かれた。文芸部の活動と関係ないと思いきや、こういう時に部誌で書くネタを思いつくからとかなんとか。

 三枝は一目惚れした相手と楽しく過ごせるし、僕もまあ、なんだかんだで楽しくないわけではなかったから、文芸部に入部したのは正解だったと言えるだろう。

 元より、入部するまでは朝起きて登校して、下校すればご飯を食べて寝るだけの生活を繰り返していたから。

 野球を辞めてからはなにもない人生だと思っていたけど、案外分からないものだ。


「さて、俺のクラスは、と……」

「今年も同じクラスだといいんだけどね」


 辿り着いた二年三組の教室前。そこに貼り出されている紙を眺めて、自分の名前を探す。

 とは言っても、昨年度の出席番号順に名前が並んでいるから、そう探さずとも見つけることは出来た。


「また三組だ」

「おっ、俺も三組だ。今年も一緒だな」

「腐れ縁もここまで続くと、ちょっと気味が悪いけどね」


 三枝とは小学校から数えて、八年連続で同じクラス。もはや一種の呪いじみているが、僕が彼の存在に助けられているのも、また事実だ。


「ま、今年も一年よろしく頼むぜ、親友」

「おう。この調子だと、三年になっても智樹と同じクラスかもだけどな」


 その未来が容易に想像出来てしまって、思わず笑みが溢れた。ここまで来たのだから、高校生活の最後まで、この親友と同じクラスがいいかもしれない。

 二人で教室内に入れば、中には既にそれなりの数の新たなクラスメイトが集まっていた。新たな交友関係を築こうとしているものや、去年も同じクラスだった者と会話するもの。それぞれの時間を過ごしている。

 教卓の上に置いてあるプリントで自分の席を確認。三枝と夏目だと、席もあまり離れていない。

 だが、そのプリントの一点で目が止まってしまった。右上、ちょうど窓際最後尾の席に書かれている名前。嘘だろうと何度も確認するも、そこにその名前が書かれているという事実が、覆るわけもない。

 あ行とか行の名字が少ないのか、『し』から始まるはずの彼女の名前は、たしかにそこにある。


「智樹、どうかしたか?」

「いや、なんでも──」


 ない、と言おうとして。教室内の雰囲気が変わっていることに気づいた。先ほどまで騒がしく会話していたクラスメイト達は黙ってしまい、みんな教室の扉の方を見ている。

 そちらを向くまでもなく、理由を察してしまった。ため息をひとつ溢して振り返れば、こちらに向かって歩いてくる女子生徒が一人。

 その立ち姿は美しく、足取りは静かながらも一歩一歩がその存在を際立たせている。


「あら、誰かと思えば。自称天才チンパンジーの夏目じゃない」

「おい。僕はそんなもの自称した覚えはないぞ。君が一方的に猿扱いしてきたことならあったけどね」

「その時に言ってたじゃない。自分は天才猿だって。チンパンジーに格上げしてあげたんだから感謝しなさい」

「猿よりチンパンジーの方が上なのかよ」

「知能的にはそうだったはずよ。良かったわね、これでまた人間に近づけたわよ? 早く人間になりたいあなたの願いが叶うわね」

「僕は妖怪人間じゃないだ、元から人間だよ。君にとっては残念ながらね」


 二ヶ月ほど前から始まった、彼女とのやり取り。互いをバカにする皮肉と罵倒の応酬。マウントの取り合い。まあ、僕が彼女にマウント取れたことは一度もないんだけど。

 そんな彼女、白雪桜は、満面の笑みを浮かべながらも変わらぬ毒林檎を投げてくる。


「おはよう夏目。あなたと同じクラスで一年過ごすなんて、反吐が出るほど嬉しいわ」

「おはよう白雪。僕も嬉しいさ。なにせ、君がいるだけでクラスが華やかになるからね」

「相変わらず、軽薄なナンパがお得意なのね」

「これをナンパと捉えるのはどうかと思うぜ。自意識過剰じゃないのか?」

「おまけに話し方が胡散臭いときた。あなた、いいところが何もないじゃない」

「そりゃ、お姫様と比べればね」


 ふっと鼻で笑ってみせれば、嘆かわしいとばかりにため息を吐く白雪。こんな男にいいところが一つでもあるわけがない。

 とか思ってる僕にテストで負けたことこそを、彼女は悔しがっていたのだったけど。


「で、私の席はどこ?」

「自分で確認しろよ……。窓際の一番後ろだ」

「そう。ありがと。それと、一年間よろしくね」


 つい面食らってしまった。まさか、白雪の方からよろしくなんて声をかけられるとは、思ってもいなかったから。

 たった二ヶ月程度の付き合いではあるけれど、自販機前で出会った頃からは考えられない言葉だ。

 僕から同じ言葉を返す前に、白雪は自分の席へ向かってしまった。僕に背を向けて、もう話すことはないと言わんばかりに。


「おいおい智樹。話は聞いてたけどお前、白雪さんとそんなに仲よかったのかよ」


 三枝から声をかけられ、ようやく今の状況を思い出す。

 そうか、僕は白雪と、これからクラスメイトになるみんなが見てる前で、あんなやり取りをしてしまっていたのか。

 なんか、そこはかとなく恥ずかしいな……。いや、別に変なやり取りをしていたわけではないけど。


「今のどこが仲良く見えるんだ? 眼科に行くことをオススメするぜ。もしくは精神外科。いい医者知ってるけど、紹介しようか?」

「お前がそれ言うとシャレにならないだろうが」


 三枝と話しながら、僕たちも自分の席へと向かう。クラスメイト達は先ほどの僕と白雪のやり取りについて、なにやらヒソヒソと話しているみたいだ。

 これから一年、このクラスで過ごすわけだけど。少なくとも、退屈はしなさそうだ。面倒ごとになる予感もするけれど。


 そしてこの数日後、とんでもない罰ゲームを言い渡されてしまうことなんて、今の僕は知る由もなかった。

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