「私が最初に跳べば良かったね」

いとり

『私は3秒間—―1人残された』


 最後の階段を上り切ると、涼香すずかは私に告げた。


「じゃあ―― 先に行くね」


「……うん」


 彼女の声からは一切の迷いを感じられないほどに、透き通った綺麗な声だった。


 私は恐怖と後悔の念で足の震え抑えられないでいた。


 今ならまだ引き返すことだって出来る。考え直そうと説得することだって。強引にでも止めることは出来た。


 しかし、私はそれをしようとは思わなかった。ここに至るまでに多くの時間と費用を費やし、涼香を独りにはしないと――誓ったから。


 何よりもその時見せた彼女の顔が、とても幸せそうだったから。




「あ、そうだ。あの手紙、私の前では・・・読まないでね」


「え、どうして」


「えっと、そのね……やっぱり今になって恥ずかしくなっちゃった」


 涼香は照れた様子で私に言う。


「おかしいよね。跳び降りる覚悟はあるのに、その手紙を読まれる覚悟は無いや」


「……」


 こんな状況で笑顔を造る涼香を――私は本当の意味で理解してあげる事が出来ていたのか不安になった。


 先の見えない無い空を見つめ、笑っている。


 私はその後ろ姿をじっと見つめる事しか出来ない。


 このまま、何も言わなければ――涼香はきっとためらわずに跳ぶだろう。


 それが果たして、本当に彼女のためになるのか。


 私には分からない。

 

 1つだけ分かることは、決して涼香を裏切らないと心に誓ったことだけだった。


 だけど、どうしても恐怖をぬぐい去ることは出来ない。


 ガタガタと震える足はより一層大きくなっていく。


 私の恐怖を察したかの様に、涼香は私に問いかける。


「やっぱり怖い?」


「うん……怖いよ。凄く、怖い」


「そうだよね。私も怖い」


 それでも彼女は、笑顔のままだった。


「ごめんね。こんなのに巻き込んじゃって」


「親友……だから」


「……ありがとう」

 

 彼女は、この日一番の笑顔だった。


 その笑顔を見た瞬間、私は涼香と共に行くことを決意する。


 不思議と、足の震えは止まっていた。


「あ、美咲。やっぱりあの手紙、先に読んじゃっていいよ」


「え?」


「美咲が私の事をどう思ってるか分かったらさ、もう怖くなくなったから!」


 突然の彼女言葉に動揺した私は、その言葉の真意が分からなかった。


 私は、ポケットにしまったていた手紙を取り出し、開く



【 HAPPY BIRTHDAY 美咲 —―幸せになってね 】



「—―涼香!」

 

 最後の言葉の意味を理解し、

再び涼香の方を見たが、既にそこに涼香はいなかった。



 恐怖を我慢していた涼香だったが、耐え切れず、叫び声を上げる。


 私はその瞬間、足の力が抜け座り込む。


 その間も、涼香の声は聞こえ続けていた。


 私が耳を塞いでも、叫び声は鳴り止まない。


(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……五月蠅い・・・・)


 涼香の声が鳴り止むのと同時に、私の体は無理やり立たされる。



「はーい、次の人、準備しまーす」



 私は、自分の恐怖と裏腹に、楽しそうに叫ぶ涼香の声に若干イラッとしながら、着々と両足に装着される器具を見て


(やっぱり、来なければ良かった……)と、悔しながら


カウントダウンされる3秒間を待つのであった。



おわり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「私が最初に跳べば良かったね」 いとり @tobenaitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ