第4話

 入学式とホームルームが終わり、この日は解散となった。この学校には寮が用意されており、ソラは今日からそちらで暮らすようになる。寝る場所と食事に困らないというのは、旅をしてきたソラにとって何よりありがたかった。

 ソラが寮に向かう準備をしていると、背後から声がかかった。凜とした、聞き心地の良い声だ。その声の主の名前を、この日最も印象に残ったものとして、ソラは覚えていた。


「テラ、さん」


 輝くような銀の髪、燃えるような紅の瞳。恐ろしき魔人のようでありながら、誰もが美しいと認めざるをえない容貌をした女性が振り向いた先に立っていた。


「さんはいらないよ、今日からクラスメイトだろう?いやなに、これから予定はあるかと聞こうと思ってね」


「この後?寮に行って荷ほどきをすれば、後は一日暇だから、校内を見て回ろうかなと思ってたけど、予定ってほどの予定は無いよ」


 ソラの返答にテラは気を良くしたようで、にこやかな表情になって言葉を続ける。


「それは良かった。君の剣技を一目見てみたいと思ったんだ、出来ればボクとの模擬戦という形式でね。どうかな、その気はある?」


 願ってもない提案だった。ソラとしても、憶剣流が如何ほどのものか見たいという気持ちがある。テラから声がかからなければ、機会を見て自分からも誘おうとすら思っていたのだ。


「もちろん!こっちからお願いしたいくらいだよ。あ、でも場所はどうすればいいかな」


「さっき先生が、武道場は申請さえすればいつでも自由に使って良いと言っていただろ?そこを使おう」


「あっ……ちゃんと聞いてなかったな、恥ずかしい。じゃ、僕は寮の方に行ってくるよ、武道場で待ってて!」


「ああいや、ボクも寮生だから一緒に行こう、色々と話を聞かせてくれると嬉しい」


 その提案にもソラは元気良く頷き、二人連れ立って歩き出した。

 ソラもテラも自覚は無いが、傍から見れば美男美女のカップルである。ところどころで黄色い声や思わず出た溜め息の音がしていたが、本人達は全く気付かず会話を楽しんでいた。



***



 流石に男子と女子の寮は離れており、二人は一度別れた。ソラは一つ息を吐いて、改めて自分の部屋に向かう。基本的には二人部屋だと聞いていたが、同居人はどんな人物だろうと胸を膨らませながら。

 部屋に着いて、扉を開ける前にノックをする。部屋の中からは、快活な声で「どうぞ」という言葉が返ってきた。どうやらもう一人は既に中にいるらしい。


「こんにちは~」


 多少の不安を覚えつつ、扉を開けると同時に挨拶する。すると、扉から見て左側の二段ベッドの上段で、一人の男子がソラに向けて手を振っていた。


「ああ、ハッシキだったのか、これからよろしく……と、もう一回自己紹介した方が良いか?」


 日光を受けて燃え立つかのような赤毛と、焦げ茶の瞳。幼い頃は、というより今でもさぞやんちゃなのだろうと感じさせる日焼けした褐色の肌の少年に、ソラは見覚えがあった。


「レッカ・ジーナス。王剣流の使い手で、好きなものは激辛料理、嫌いなものはズルいヤツ、で良かったよね?」


 教室で語った自己紹介の文章を寸分違わず反復され、レッカは目を見開き、驚いた、と素直に口にした。


「良く覚えてるな、で、お前はソラ・ハッシキ。八識流で、好きなものは鍛錬、嫌いなものは魔族だったな?」


「そっちこそ良く覚えてるじゃないか。合ってるよ、これからよろしく」


「八識流の使い手を忘れるわけないっての、おう、よろしく」


 レッカはベッドの上から降りて、ソラと握手を交わした。同居人が付き合いやすそうな人物で助かったと、ソラは内心安堵していた。


「僕は自分の荷物の整理が終わったら予定があるけど、レッカは?」


「こんな日に予定があるとはな、もしかしてプレイボーイだったりするのか?ハッシキは」


 的外れな(実際女性との予定なのだから案外外れていないのかもしれないが)レッカの推測に、ソラは苦笑した。


「そんなんじゃないよ、テラ……憶剣流の子って言えばわかりやすいかな、に、模擬戦しないかって誘われて、これから行くんだ」


「へぇ……ってそりゃ一大事じゃねえか、お、俺も行って良いか?」


 レッカはソラにつかみかからんばかりの勢いで近づき、自分を指さしながらそう言った。突然のことにソラは半歩後ずさりする。


「えっと、僕は良いけど、後でテラにも聞いてみて」


「おっしゃわかった。ついてくぞ。八識流と憶剣流、二十年外部に出てこなかった剣技が見られるとなっちゃ剣士として黙ってるわけにはいかないからな!」


「あ、あはは、期待通りのものが見せられるよう頑張るよ」


 そうしてレッカを伴いながら、ソラは武道場へと向かった。



***



 武道場に着くと、既に使用申請を終えたテラが待っていた。その隣に、一人の少女を立たせて。それを見たレッカは笑いながら自信の推理を口にする。


「どうやら俺以外にもいてもたってもいられないヤツがいたらしいな」


「どうしてもついてきたいって言って聞かなくてね、気弱そうな顔をしながら、中々強かな子だったよ」


 肩を竦めながらテラが事情を説明した。どうやらレッカの言うとおりだったらしい。テラの隣にいる少女はその掛け合いにさえ萎縮して体を縮こまらせている。


「ご、ごめんなさい。でも、興味があって……あ、ライナ・オーンスタインと言います。術剣士、です」


術剣士、というのは、魔力を使い、剣による直接攻撃とは違う術を使う剣士のことだ。炎の玉を炸裂させ、雷を呼び寄せるその術は聖術と呼ばれる。剣士と区別するため、術士、と呼ぶ場合もある。


「教室で聞いたよ、好きなものは甘い食べ物で、嫌いなものは暴力的な人、だったね」


 彼女もまた同じクラスの生徒だった。どうやら寮の部屋割りはなるべくクラスメイトと同じ部屋になるようになっているらしい。


「は、はい、ごめんなさい」


「何を謝っているんだ。ま、そういうわけ。良いかな、ソラ」


「僕は構わないよ、こっちも似たような事情で頼もうと思ってたし」


「良かった、では、やろうか」



***



 貸し出し用の聖剣(訓練用の木剣である)を借りた二人は、武道場にいくつか設置されている決闘用の舞台で対峙していた。ソラの武器はブロードソード型の聖剣だ。父が持ち、今ソラが持つ剣によく似た形状のものである。

 片やテラの武器は、オーソドックスなロングソード型の聖剣と、ラウンドシールドである。盾を持ってはいるが、どちらかというと回避を重視した武装だということが見て取れた。


「二人とも、準備は良いか!?」


 開始の号令はレッカに頼んであった。二人だけだったら突然打ち合いが始まるところだった、とテラは笑っていた。

 レッカの声に、二人は頷く。ライナはその様子を緊張した面持ちで見守っていた。


「では、いざ尋常に……始め!」


 レッカの手が振り下ろされる。二人が動いたのはほぼ同時だった。しかし、初撃が僅かに速かったのはテラだった。上段からの斬撃を体をずらしてソラは回避する。そのまま逆袈裟に剣を振るうが、これはテラの盾に弾かれ、反撃を食らう前に、ソラは跳び退る。


「八識流の技は使わないのかい?」


「そっちこそ、自慢の憶剣流の武技を忘れたってわけじゃないでしょ?」


「自慢、ってわけでもないけどね」


 挑発的に浮かべていたテラの笑みが、一瞬自嘲的なものになる。それを一瞬怪訝に思ったソラだったが、向かってきたテラの刺突によって戦闘以外の思考を奪われた。

 剣の腹でそれを受け、体を反らして、がら空きになった背中に剣を浴びせようとしたが、剣を振りかぶったところで、腹部に衝撃が襲った。

 三歩分程吹き飛ばされ、テラの方に向き直る。横方向に強引な蹴りを放った姿勢で、ソラを睨んでいた。短いスカートの中が露になり、黒い布が見えたせいでソラは一瞬目を逸らしそうになったが、すぐに集中を取り戻す。


「憶剣流は相手の不意を突くことを得意とする。驚いただろ?」


「かなりね、テラがそんなに足癖の悪い子だったってことに」


 普段は出ないような挑発的な言葉が、戦いに身を浸している興奮からすらすらと出てくる。


「まだまだ余裕そうだね、ソラ」


「僕はまだ、何の剣技も使っていないからね」


 剣技。魔力を用い、超常の力を引き出す剣士の業。それぞれの流派は、独自の剣技を持っている。地を裂き、天を衝くそれらの技は、必殺の一撃として剣士達の奥義となる。同格の剣士同士の戦いは、往々にしてこの剣技のぶつかり合いによって決着となる。


「ではそれを引き出すために、こっちから手の内を見せようか、『憶剣解放』……!」


 聖剣が魔力を帯びる。次の瞬間起こった現象に、ソラは目を見張った。

 聖剣から大樹の根が伸び、ソラの足を絡め取ろうとする。それを剣で切り払うが、次から次へとやってくる根の奔流に、次第に対処出来なくなる。


「賭けの要素が強いから、あまり練習用の木剣で使いたくは無かったけど、どうやら上手くいったみたいだ」


 根が這い、足場が悪くなったことをものともせずにテラが駆けてくる。正面からの最速の一撃。これで決まると確信したテラだったが、しかし期待通りの結果は得られなかった。見切ることなど不可能であるはずの必殺の刺突は、的確な位置で完璧なまでに防がれている。


「八識流、『眼識』。君の動きが良く見えるよ、テラ」


「……凄まじい」


 ただ剣を受け止められているだけだというのに、テラは動けなかった。ただ一点ソラと接触しているだけだというのに、完璧に身体のバランス感覚を奪われていたのだ。ソラが支えなければ、テラは立っていることすら出来ない。


「今日はボクの負けかな、次はこうはいかないよ、まだ見せてない技もたくさんあるんだ」


「楽しみにしてるよ、正直危なかったしね、あと一瞬『眼識』の発動が遅れていたら、受けきれなかった」


 互いの技の詮索はしない。それは同じ流派の者にしか教えられないものだからだ。予想をしても、心の中に止めるのが剣士達の暗黙の了解だった。


「すげぇ、いや、凄すぎだぜ二人とも!」


 模擬戦が終わったことを察したレッカが舞台の上に登り、二人を褒め称える。ライナもまた、控えめに拍手をしていた。


「期待通りのものが見せられたみたいで良かったよ」


「ああ、しかしお腹が空いたな、三人とも、良かったら一緒にどう?」


 テラの提案に全員が同意し、四人は友として学園生活を送ることになったのだった。

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