第3話

 剣王アーサーに勧誘を受けてから数日後、学校の入学式がやってきた。如何せん時間の余裕が無かったため、準備が色々と慌ただしくなったが、今は借りた宿の部屋で制服に身を包み、腰に剣を帯びている。黒を基調としつつ、所々に金色があしらわれた制服は品が良く、また誰が見ても学校の生徒であるということがわかるようになっている。


「なんだか僕には勿体ないような気がするな……」


 宿も制服もアーサーが用意したものだ。ソラは十分な金を持ってはいたが、アーサーに押し切られてこの街に来てからほとんど使うことはなかった。いつか恩返しをしなければなと思いつつ、鏡を見て着衣を整える。


「父さん、僕はやっぱり剣士として生きていきます。どうか見ていてください」


 無人の部屋でそう呟き、ソラは学校へと歩み始めた。


***


 何度か通学路の確認はしていたため、道に迷うことはなかったが、学校へと向かう生徒の多さを見て、ソラは面食らった。右を見ても左を見ても同じ制服を着た男女が歩いている。自分もその一員であるはずなのに、場違いな所に来てしまったのではないかと思ってしまうほどだ。

 きょろきょろとあたりを見回していると、校門の前で立ち止まっていた他の生徒にぶつかってしまう。


「おっと」


「あっ、すみません。よそ見をしてて……」


 顔を上げて、相手の顔を見る。そうしたところで、ソラは二の句が継げなくなった。

 日光を受けて銀色に輝く髪。切れ長の目の色は、炎をそのまま用いたかの如く赤い。それらの特徴を持つ種族を、ソラは勿論知っていたが、次に口から出た言葉は恐怖からのものでも怨嗟からのものでもなかった。


「綺麗……」


「ナンパなら他を当たった方が良いと思うけど」


 凜とした声でそう返されて、ソラはようやく自分が何を言ったのか理解し、赤面した。


「いや、その、そんなつもりじゃなくて……」


 真面目に弁解しようとするソラを見て、目前の女生徒は更に笑みを深くした。


「意地の悪いことを言ったね。いや、気にしないでいいよ。ボクはテラ・メモリア。今日からよろしく」


「あ、うん、僕はソラ・ハッシキ。よろしくお願い、します」


「遅れちゃうよ、行こう」


 一つに纏めた長い銀髪を揺らしながら、テラは歩を進める。その美貌と、魔人の如き色彩で、周囲の生徒の注目を集めながら。


***


 その後入学式は盛大に執り行われた。アーサーが登壇した時、多くの生徒がざわついたのがソラにとっては印象的だった。本当に偉い人だったんだ、という意味合いで。

 クラスが発表された時、先程出会ったテラという女生徒も同じクラスだということがわかった。多少なりとも言葉を交わしたことがある人物がいるというだけで、少し不安が薄れるようだった。


「あれ、でも、メモリアって家名、どこかで聞いたことがあるような……?」


「ハッシキ、か。まさかとは思うけど……」


 互いに何か思うところはありながらも、教室に向かうのだった。


 教室に入って最初にやったのは、定番の自己紹介である。自分の名前、使う剣技の流派、好きなもの、嫌いなもの……30人程の個人情報をとても覚えきれるはずもないが、ソラは一人一人真面目にメモを取っていた。後ろの席のテラが、「真面目だね」とでも言いたげにその様子を見ていたが、ソラがそれに気付くことは無かった。

 やがてソラの順番が回ってきた。椅子を引く音が嫌に大きく響いて驚き、一瞬動きが止まったが、クラスメイトは沈黙を保ったままソラに視線を向けている。一息ついて、教室を見渡してから口を開いた。


「ソラ・ハッシキです。使う剣技は八識流……」


 ここまで言ったところで、教室が大きくざわめいた。教師がわざとらしく咳払いをして、続きを促す。


「好きなものは鍛錬で、嫌いなもの、は……」


 今までのソラなら、特にないと言っていただろうそれだったが、脳裏に浮かんだのは血の色の瞳と、老人のような白髪だった。意を決したように、その言葉を紡ぐ。


「魔族です。これからよろしくお願いします」


 席に座ると、まばらな拍手が飛んでくる。何人かは興味津々といった様子でソラから目を離さないでいた。八識流は、ソラの父、アスール以外は使い方を知らない流派だ。原初の四剣士に教えを受けた人物。同じ剣士である他の生徒達にとって、これほど興味の対象になり得る存在はいないだろう。彼の後ろに座っている少女を除けば、だが。

 流麗な所作で、テラが立ち上がる。揺れる銀髪と、凜とした美貌に、小さく歓声が上がった。


「ボクはテラ・メモリア。流派は憶剣流。好きなものは強い剣士、嫌いなものは弱い剣士」


 それだけ言って彼女は座った。簡潔な自己紹介だったが、クラスメイト達の視線を一身に集めるには十分過ぎた。

 憶剣流は原初の四剣士が一人、ジオ・メモリアの立てた流派だということは、この国の者なら物心ついたばかりの子供でさえ知っている常識だ。そして、一子相伝の剣技であることも良く知られている。開祖であるジオを除けば、ただ一人憶剣流を受け継いだ人物。武者震いに身を震わせ、生唾を飲み込む者まであった。


「(そうか、父さんがたまに話していたな、無口だが腕の立つ剣士のことを)」


「(無口な父がボクに進んで武勇伝を聞かせる最強の剣士、その息子か……)」


 四剣士達の運命は、また違う形で再び交わろうとしていた。

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