ニジュウヨンテンハチハチ〜8回目の3.11〜

寝る犬

福島

 仕事で毎日通っていたのは、福島市内にある古ぼけた十二階建ての建物。

 その十一階に常駐してた。


 予兆は数日前からあった。

 元々経年劣化でコンクリにヒビが入っているビルだったけど、数日前のちょっと大きな地震で、とうとうぼくたちのいる部屋のヒビは、縦にぐるりと一周した。


「これ、次に大きな地震来たら崩れますね」


「でもオレはヒビの内側だから、崩れて死ぬのは寝る犬だけだな」


 笑いながら、先輩とそんな話をしていた事を思い出す。

 そのときは本当にただの冗談だったんだけど。


 2011年3月11日。

 その金曜日もぼくは福島に通勤した。

 ちょっと頭が痛かったから、休みたいなと思っていた。先週買ったばかりの40インチ液晶テレビとHDDレコーダーをいじって過ごすのもいいかなと。

 それでも思い直して出勤する。

 子どもたちはまだ寝ていたから、顔も見ていない


 出勤してしまえばいつもの通りだ。

 バカ話をしながら楽しく仕事をする。

 地鳴りが響いたのは、そろそろおやつでも買ってくるかと思ったころだった。

 緊急地震速報もけたたましく鳴る。


「やばいやばい、地震きますよ」


 半笑いで一応窓際から離れると、あの地震が襲いかかった。

 本当に死ぬと思った。

 部屋の中で、重いデスクが3メートルほどの振り幅でシェイクされる。

 ぼくも慌ててレーザープリンタにつかまり、一緒になって部屋の中を端から端まですべった。


「これマジ死にますよ!」


「こんなでかいの初めてだな!」


 なぜだか達観したように落ち着いて話しながら、ぼくらはただ揺れのおさまるのを待った。

 途中動画を撮ろうかと思ったけど、体を支えておかないと立っていられなかったのであきらめた。

 まぁとにかく、そんなことを考えられるほど長い地震だった。


 地震がおさまると、部屋の中は白く煙っていた。

 コンクリの粉がヒビから降り注いだのだ。

 一応そこで写真だけは撮ったと思う。でももう無くなってしまった。

 窓の外に目を向けると、駅でもない場所で新幹線が止まっているのが見える。妻に電話してみたが、当然のように通じなかった。


「どうします? 避難します?」


「いや、確か放送あるまで動くなって訓練のとき言ってた」


 そんなことを言ってるうちに放送があり、すぐ外の公園へ避難することになった。

 ただ、ぼくの上着と革靴は窓際に置いてあって、窓際に取りに行くのが怖くて、おいて出ることになった。三月の東北で、ワイシャツにサンダル履きはキツかった。


 避難しながらまた妻に電話をかけるが、やっぱり通じない。

 しばらくすると雪までちらついてきて、ワイシャツ一枚のぼくは凍えながら避難解除を待った。

 そのうちに、奇跡的に電話がつながる。


「あ、つながった。そっちどう? 地震」


「地震の後すぐに会社出て下の娘は確保したよ。上の娘はばあちゃんの家に遊びに行ってるから、今から向かう」


「そっか、ありがと、よろしく」


 このときは、まさか宮城が津波であんなことになってるとは夢にも思わず、こんな感じで電話を切ってしまった。

 後で知って背筋が寒くなったのは、すぐに子供のもとへ向かったこの行動が、妻自信の命を救ったのだということ。

 妻は仙台港にある会社で働いていて、その周辺は数メートルの津波に襲われていたのだ。

 妻の迅速な行動に感謝したい。地元に居たのがぼくだったら、たぶん死んでた。


 その後、電話は全く繋がらなくなった。

 メールも、送信はできるけど受信はできないような状況。

 そんな中、公園に避難していたぼくらにも、やっと帰宅指示が出ることになった。

 ビルもすぐに倒壊するような恐れはないということで、荷物を取りに戻ることも出来た。

 とは言え交通機関はすべて麻痺している。

 先輩の好意に甘えて、ぼくは一晩泊めてもらうことになった。


 福島市内も全域で停電している中、まだ明るい中で買えるだけの食糧を調達して先輩の家へ。

 電池式のランタンの明かりで冷たい弁当を食べ、毛布にくるまれてラジオ放送に耳を傾ける。

 そこでぼくは、はじめてとんでもないことになっているのだという事に気づいたのだった。

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