でとねーたーず!!

維 黎

最後から二番目の選択《Second To Last》

 鉱山都市ギルギア。

 魔力を含む鉱石――魔鉱石を筆頭にオリハルコンやミスリルなど、良質で高価な鉱石を多く有するマースレス山脈のふもとに位置するこの都市は、言うまでもなくその恩恵により永く栄華を誇ってきた。

 

 都市の中心地には、高くそびえ立つ建物――評議塔がある。重要案件に際して評議を行う、言わばまつりごとの中枢となる場所だ。

 そのとある一室で、大きな円卓を囲んでいるのは八賢人と呼ばれる者たち。


「――諸君、他に意見のある者はいるかね?」

「……」


 進行役となる議長の問いに答える者は無く、重苦しい沈黙がを支配する。無理も無い。すでに最善と思われる対策はすべて試した後なのだから。この会合もすでに四度目だ。

 今、この都市は未曾有みぞうの危機にひんしていた。


 不死者の魔王ロード・オブ・ナイトメア


 マースレス山脈の端、都市から馬車で三日ほどの距離の深い山間やまあいに現れた災厄。それがゆっくりとではあるが、この都市に向かっているのだ。

 古い文献や古文書を調べたところ、千五百年ほど前に封じられた不死者アンデットだということ。

 当時の近隣諸国が連合して、騎士団、魔術師団が総出で対処しなんとか封印したこと。

 不死者の魔王ロード・オブ・ナイトメアにより、一国、三都市が滅んだこと。


 今わかっていることはそれだけで、なぜその不死者アンデットが発生したのか、どうやって封印したのかはわかっていない。

 

「――すでにわが都市の軍隊では太刀打ちできないことが判明している。近隣諸国に救援要請を送ってはいるが――間に合うかどうか」


 鉱山都市ギルギアは、その財力により大きな軍事力を有し、その力は一国の軍隊にも匹敵する。ゆえに千五百年も前のたかが不死者アンデットごときというおごりりもあった。

 戦闘技術、装備、魔術。どれをとっても千五百年前とは比べようもなく向上している。封印どころか消滅すら可能だと判断した。

 結果――二日という致命的な時間の無駄を費やすこととなった。


「間に合うまい。進行速度はゆっくりとではあるが、少なくともあと二日の内にここに辿り着くだろう。そうなれば後はして知るべし――だな」

「……」


 再び沈黙が漂う。

 もはや会合に意味は無く、今回集まったのは最終確認の為だ。

 

 鉱山都市ギルギアは滅ぶ――と。

 残された最後の手段は、いかに多くの人々を避難させるか、ということだけ。しかも二日という少ない時間で。どれほどの犠牲が出るのか見当もつかない。


「それでは――」

「一つ提案が」


 各自が治める区域に戻り避難勧告を――と告げようとした議長の言葉をさえぎり、一人がぼそり、とつぶやくように発した。

 続く言葉はとても小さなものだったが、やけにはっきり聞き取れるほど部屋に響く。


「――今、この都市にの者が滞在しているそうです」





 満天の夜空を爆炎の魔術が赤々と照らす。

 極悪無比な炎が、周りの草木ごと立ちふさがる者を焼き払う。


「ほらほらぁ♪ ヨロヨロとのんびり歩いてると、丸っ焦げになっちゃうわよぉ♪」


 漫然と歩を進める動く死体リビングデッドに向けて、明るく気さくに声を掛けながら、次々と炎系魔術をブチ込んでいくのは、見た目が十四、五歳ほどの少女。


「楽しそうだねぇ。チェシカ。はたから見るとすっごいシュールな光景なんだけどな」


 頭の上、少し後ろから声がかかる。

 人の掌ほどの身長、背中には二対の羽。男とも女とも見える中性的な容姿。妖精種フェアリーと呼ばれる種族だ。


「もっちろん、楽しいわよぉ♪ ヒュノル。誰に気兼ねなくドンパチが出来るって素敵だと思わない?」

「ぜっんぜん思わないけど、さすがは歩く火薬庫ウォーキング・ボマーと言われるだけあるね」

「えへへへへ♪」


 嬉しそうに振り返るその姿を見て、ヒュノルは「褒めたわけじゃないんだけどな」と呟く。

  

 彼女の名は"チェルシルリカ・フォン・デュターミリア"。親しい者からはチェシカと呼ばれている。

 チェシカはある種の人々の間では、かなりの有名人だった。どういう種類かと問われれば、ぶっちゃけて言うと、暴力を生業なりわいとする者たち――だ。

 冒険者、傭兵、軍隊はもちろん、野盗、海賊、果ては暗殺者などの裏稼業の者たちまで。

 可憐な少女の見た目からは想像がつかない苛烈かれつ魔術かりょくは、他の追随を許さない。

 爆炎の魔女、煉獄れんごくの幼女、紅蓮ぐれんの天使などなど。彼女を評するあざなは数多くあり、畏怖と皮肉を込めて"百字ひゃくじの魔女"と呼ぶ者も多い。


「でも、今回の依頼しごとは割りが良いわよねぇ♪ なんとかって言う不死化した老魔術師エルダー・リッチを一体、倒せばいいんだから」

不死者の王ロード・オブ・ナイトメアだよ。チェシカ」

「うんうん。で、そのロースト・オーブンはどこかなぁ?」


 仮にも魔法王国メノガイアの帝法魔道学院を主席で卒業した身だ。その頭脳は凡人のそれとは次元が違うはずなのに、時々、ザルのような物覚えの悪さを披露する。

 本人曰く、「記憶容量キャパシティは無限じゃないんだから、覚える必要の無い物は覚えなくて良い」だそうだ。


「――たぶん、今こっちに向かってくる団体さんの後ろじゃないかな。奥に一つ、比べ物にならない魔力マナを感じるよ」

「りょーかい。それじゃ、とりあえず今いる死体ひとたちと一緒に、向かって来る死体ひとたちもまとめて成仏してもらおっか。ヒュノル、対人検索チェックはオーケー?」

「うん。問題なしオールグリーンだよ」

「よーし、いっくぞぉぉ」


 不死者アンデッドたちが通ってきた場所には、小さいながらも一つの町と二つの村があったという。ならば少なくとも千は優に超える不死者アンデッドがいるだろう。しかしながら、チェシカは全く意に介していないようだった。


 開け 蒼天の霊櫃れいひつ


 我が意にく応えよ

 盟約に従い 開放せしは 紅蓮の鉄槌

 慈悲もちて 全てを灰燼かいじんと化せ


超新星爆裂陣ヴァーミリオン・ノヴァァァァァ!!】


 天空より降ろされた圧縮された魔力マナが、圧縮限界を迎えて四方に開放される。

 ドンッ! という爆裂音が先に聞こえ、少し間を置いて、追いかけるようにほのおまとった衝撃波が四散する。

 視界を赤く染める閃光が消えるとそこは――。

 焼け野原。

 その一言に尽きる現状は、ある意味、惨状と表現しても間違いではないだろう。

 

 ヒュノルはやり過ぎだ――とは思わない。

 熾烈しれつにして苛烈かれつ。やるならば徹底的がモットーの少女だ。彼女との付き合いもので、今さら驚きはしない。

 戦略軍核用術式【超新星爆裂陣ヴァーミリオン・ノヴァ】。禁呪に近しい取り扱いが必要な大魔術。

 数十人規模の術師が、行使する場所じょうきょうを吟味し、指向性を調整し、軍上層部の承認をいくつも経由して発動されるその術を。


「ん~。ちょ~っと威力に欠けるかなぁ。やっぱり個人ひとりで展開すると十全じゅうぜんにはほど遠いかぁ。残念♪」


 と、あっさり言い切るその言動も魔力さいのうも、あらゆる面で規格外な可憐な少女は、ある意味、視線の先に立つ者と同質の人外なのかもしれない。

 不死者の王ロード・オブ・ナイトメアの骨と皮だけの肢体は、あちこち崩れ去っていたが、シュウシュウと煙を上げながらもしっかりと存在している。


「これは……。もしかして、只今ただいま絶賛再生中なのかな?」

「チェシカの攻撃に耐えるんだから、元の老魔術師はかなり優秀だったんだろうね。こうなったら、彼の再生能力を上回る一撃ワンパンを入れるしかないね。面制圧じゃなくて、点での攻撃が有効かな」


 二人で話していると、不死者の王あいてが先に動いた。


 UREEEU UREEEU REEEE REEAHH


 発せられる言葉の意味は理解できないが、文字通り"呪文"であると推測される。おそらくは暗黒神に奏上そうじょうする唄。


この世の全てを呪い腐らせる祝詞オール・オブ・ザ・ワールド

  

 不死者の王ロード・オブ・ナイトメアを中心に、その足元がぐずぐずと泡を吹くように腐り始める。世界を侵食し始めたのだ。このまま放置すれば、最後には世界は腐り落ちることになる。


「なによ、あいつ!? えげつないことやるわね!!」

制御不能の魔女ノンコントロールの異名を持つ君に言われたくないだろうね。彼も」

「だったら、こっちもそれなりの魔術ものを使わないとね!」


 なにが『だったら』なのかイマイチ理解できなかったヒュノルをよそに、嬉々ききとして懐から一冊の書物を取り出すチェシカ。

 この都市を訪れた本来の目的の物。

 禁呪の魔道書フォービデューン


「――いや、さすがにそれはマズイと思うんだけど」

「この絶体絶命のピンチを乗り切る為には、これしかないわ! それに、どこかの何かでたことあるもの。何ごとも『ためしてガッテン!』だって!」

「それ、いろんな意味でもっとマズイなぁ」


 すでに詠唱の為の準備に入ったチェシカには、ヒュノルの忠告は届かない。


 開け 蒼天の霊櫃れいひつ


 天上に御座おわす光神 

 万物を穿うがつ 天界の聖槍

 一閃解き放つを願うは 御身の使徒なり

 故 我が槍となりて 仇なすを討て


神槍光穿カノン

 

 あまりに強烈過ぎて、眩しさすら感じられない白き光が、世界を侵食する呪詛をまるごと飲み込むように覆いつくした――





 最後の手段という言葉を耳にする機会は、少なくないだろう。

 使われる用途は大きく分けて二つ。

 一つは、取って置きの手段や、最後の切り札的な肯定的意味合い。

 もう一つは、最悪の状況、出来うるなら使いたくないという否定的意味合い。


 滅びゆく都市を捨てる。


 鉱山都市ギルギアの評議会八賢者が想定していた最後の手段は後者。

 が、彼らはそれとは別の手段を選択した。

 万策尽きた彼らが選ぼうとした最後の手段――から二番目の手段として選んだのが彼女――"最悪よりはマシセカンド・トゥ・ラスト"。

 

 結果、彼らと大勢の人々が住まう都市は救われた。

 軍人は別として、一般市民の犠牲者は無し。都市自体も無傷。

 ただし。

 鉱山都市ギルギアが所有するマースレス山脈の鉱山のおよそ三分の二が、跡形も無く消し飛んでいた。

 都市が滅んでいてもおかしくなかった状況だった。自分たちも運命を共にした可能性は大いにあった。その最悪の可能性を考えると、十分助かったと言える。

 そう。言えるのだが……。

 鉱山喪失による損害の金額を知った八賢者たちは、


「確かに最悪よりマシではあるが……」


 そう、心から呟いたと言う。


 

 余談ではあるが、チェシカが受け取るはずの報酬は、鉱山に対する損害賠償が上回った為、逆に賠償請求が通達された。


 負債の魔女ローン・ウィッチの名に恥じぬ、面目躍如めんもくやくじょと言ったところだろうか。



                         ――了――

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