Just my Luck

狗須木

2番目

 冒険者に必要なものとは何か。



 ――――力。それはあらゆる困難を捻じ伏せる。


 ――――金。それは事前の勝利をもたらす。


 ――――コネ。それは人の世を御する術。



 そして、時に何より求められるものが――――運である。








 人生には必ず選択せねばならない時がある。その選択肢は複数ある。複数あるから選択肢なのだ。俺も今まで生きてきて何度もお世話になった。

 良い意味でも、悪い意味でも。


 俺には選択の時において好きなシチュエーションと嫌いなシチュエーションがある。

 好きなのは選択肢が二つの時、またはに並んでいる時。

 嫌いなのは選択肢が三つ以上、かつに並んでいる時だ。



 横一列に甲乙つけがたい三つ以上の選択肢が並んだ時――――俺は、右から二番目を選ぶ。



 今までの経験から、口頭で選択肢を提示された場合は横に並んでいないと言える。

 ただし、口頭だけでなく身振り手振りでに選択肢を並べられたり、資料等で物理的にに選択肢を並べられると、俺は”右から二番目”を選ばなければならなくなる。

 に並んだ場合はギリギリセーフだったのだが、そんな珍しい並べ方をしてくれる素晴らしい人間と巡り合うことは滅多に無い。というかかつて知り合ったあの変人以外にいるだろうか。いないだろうな。


 俺は今まで数多の”右から二番目”を選んできた。

 それは装備であったり、依頼であったり、パーティーであったり、宿であったり、席であったり、メニューであったり、目的地であったり、受付であったり、敵であったり…………その全てが俺自身の意思に反し、他者や当時の状況が有無を言わせず提示してきた。

 それらに対し、最初は偶然、次第に意図して、一時期忌避し、そして今、再び意図的に”右から二番目”を選んでいる。



 言っておくが、俺はこの”右から二番目”が嫌いだ。

 大嫌いだ。

 憎んでいると言ってもいい。


 コイツとの因縁は根深い。”右から二番目”を選ぶのは決して縁起が良いとか幸運を招くだとかそういった類のものではない。

 これは呪いだ。



 今なら分かる。”右から二番目”を選んだなら、それを機に常に全力でいなければならない。一瞬の油断も許されない。己の手で道を切り開かなければならない。周囲に流されれば行き着く先は地獄のみ。

 地獄を免れたところで周囲からの評価が数段上がるだけだが…………中堅にとってその数段は大きい。良い意味でも悪い意味でも安定するのが中堅だ。その壁を超える何かしらの変化を誰もが求めている。求めながらも、安定という名の停滞に甘んじてしまう。それが中堅の強さであり弱みだ。


 俺はそういう中堅らしい中堅がいいんだが、”右から二番目”がそれを許してくれない。


 …………”右から二番目”が嫌なら選ばなければいい。それはそうなのだが、よく考えてみてほしいのだ。俺が”右から二番目”を選んで成功すると多くの人間が救われる。逆に選ばなければ彼等は何かしらの犠牲となる。

 俺の心の安寧のために、何万人もの人生を犠牲にしていいのか…………悪人になれない俺は、その問いに是と答えることができない。結局、俺は”右から二番目”を選び、死闘を繰り広げなければならないのだ。


 例えば、今だってそうだ。


 国からギルドへ依頼という名の徴兵令が届いた。何十年にも渡って何百人何千人という冒険者を屠ってきた森の番人と呼ばれる小さな村の住人達を捕まえ、その現場となった森を調査する。事が大きいため、人員不足を補う形で騎士と冒険者が合同で行うことになったそうだ。

 中堅の俺達にももちろん参加資格という名の兵役義務があった。このような大規模依頼を受けるのは初めてではない。こういう時は事前に大まかな役割分担をするのが常だ。今回ならば、斥候、森の調査、番人の捕縛、後方支援の四つになる。


 受付のギルド職員は、それはそれはご丁寧に、各役割が担う仕事内容をまとめた資料をに並べて見せてくれた。

 そして聞いてくるのだ。どれを選びますか、と。

 俺は嫌々ながら、しかし迷わず、”右から二番目”にあった番人の捕縛を選んだ。




 依頼は驚くほど順調に進んだ。


 斥候の情報通り、森の番人達をほぼ全員捕まえた。

 村をそのまま利用する形で調査拠点を作り、調査隊を送り出した。

 俺達は捕まえた番人達の監視、尋問を任された。


 この番人達はあくまで殺人ので捕らえられている。これから尋問や調査を経て罪が明らかにされ、その有無により処断が下される。

 それまでは罪人ではないため保護しなければならないのだが、これが大変だった。番人達はまるで妖精か何かのような見目麗しい外見を有し、監視の任に着いた騎士や冒険者を男女問わずに次々と魅了していった。

 そのうち手を出そうとする煩悩まみれの輩が現れた。情に絆され逃がそうとする輩まで現れた。そういった使えないヤツを叩き出し、正気を保てるヤツと入れ替えなければならない。そして同時に監視と尋問を進めなければならない。


「私達は……引き止めただけです。森へ入ってはいけない、と。入ったら生きては帰ってこれない、と。それでも入ろうとする人は、その、追い出したりもしましたが、でも、それだって、その人のためを思ってのことで……」


 番人達が話す内容はどれも似たり寄ったりだ。拷問を提案する者もいたが、まだその段階ではないと説得して止めさせた。


 面倒ではあったが、”右から二番目”と思えないほどに楽だった。

 この時までは。




 森に来て四日目のことだった。

 調査隊を送り出し、後方支援隊と打ち合わせ、番人達に食事を与え、監視と尋問を行う。だいぶ慣れてきたそれらの作業を行うはずだった。


 突如、地面が揺れた。

 遅れて警報が鳴り響く。


 緊急時の打ち合わせ通り、武器を持って外へ出る。


 扉を開けた先に見えたのは――――巨大な、白い、フクロウだった。


 その巨体は家屋を一つ倒壊させていた。家屋は指揮官の会議所で、おそらく今まで会議を行っていたのだろう、足元の瓦礫から何人か這い出てきた。

 フクロウはそのうちの一人、最高責任者である騎士団長を目敏く見つけると、その体を踏みつける。苦悶に歪むその顔を覗き込むと、ゆっくりと嘴を開いた。


「森を荒らしているのはお前達か」


 フクロウは流暢に人の言葉を喋った。

 長く生きた魔物ならば片言ながらも喋ることは知られているが、これほど流暢に喋る例は聞いたことがない。その言葉の端々からは怒りの感情が滲み出ている。


「今すぐ立ち去れ。さもなくば――――」


 ――――殺す。

 言葉は続かなかったが、誰もがそう理解した。未知との遭遇で呆気に取られていた者達はフクロウの巨体から迸る殺意に圧倒されてその場に立ち竦む。


 ギリ、と奥歯が軋む。


 そうだよなぁ、”右から二番目”が簡単に終わらせてくれるはずがないよなぁ……ああ、知ってたよ、こうなることぐらい……よおッ!


 ちくしょうッ! これだから右から二番目は嫌いなんだッ!!


 視界にパーティーメンバーを捉える。俺との付き合いが長いおかげで、何が起こるかは知らなかったが、は知っていた仲間達が既に態勢を整えて俺からの指示を待っている。


 視線で合図を送り、一斉にフクロウの前へと飛び出す。

 フクロウの視線が眼下の騎士団長から俺へと向けられる。


 心臓がバクバクと嫌な音を立て始めた。”右から二番目”のせいで予想外の展開に慣れてはいるが、予想外の存在にまで慣れているわけではない。


 これからどうすればいいのかさっぱり分からない。


 いったい何なんだよ、この化け物。俺はただの中堅冒険者だ。騎士団長を差し置いて戦うような実力は持ち合わせてねーんだよッ! おい騎士団長、いつまで潰されてんだ! さっさと起き上がれッ!!


 心中で罵倒しながら目の前のフクロウを睨む。剣を持つ手がじんわりと汗で滲む。


 牽制で構えてはいるが、効くのかな、これ。まあ、どうせ効かないんだろうなぁ。そもそも斬っていいのかなぁ。あー、わかんない。

 ほんと、わっかんないなああああああッ!!


 そこでフル回転させていた脳みそが一つの記憶を思い出す。


 あれは昨晩、とある番人を尋問していた時だ。殺人の容疑がかけられている件について、番人はこう答えていた。

 ――――森の奥に入ってしまうと、森の王に食べられるのです、と。だから、自分達は冒険者を止めたのだ、と。だから、自分達は冒険者を殺していない、と。


 これに賭けるしかない。

 俺の直感はヤケクソになりながらも一つの答えを導き出した。


「貴方が森の王か」


 フクロウがすっと瞳を細める。


「如何にも」


 コミュニケーションに成功してしまった。


 フクロウに踏みつけられている騎士団長が救いを求める目でこちらを見ている。それまで張りつめていた空気が僅かに弛緩する。その場にいた全員から無言の期待が寄せられる。


 また俺は、数百人の命を背負ってしまった。


 …………勘弁してくれッ!

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