第15話 運命の出会い

「よし」


 僕は、パソコンの画面を点けた。


「理穂子さん」


「え?」


 僕は、彼女の画面を大きくした。「着いたよ」


 彼女は、僕の顔をまじまじと見た。


「だ、大丈夫なんですか? その、わたしの画面を大きくして。それに」


「うん、声を出しても大丈夫だよ。ここには、僕達しかいないから」


「そ、そうですか。なら」


「うん」


 僕は、パソコンの意思をくるりと回した。


「ここが僕の行きたかった場所」


 彼女は、その景色を見渡した(と思う)。まるで絵画の世界を描いたような、文字では言い表せない神秘的な風景。彼女は、その風景に感動した。


「綺麗」


「でしょう? けど、夕方になったらもっと綺麗になる」


 僕は、画面の外枠に触れた。


「ここは僕の、秘密の場所なんだ」


「秘密の場所?」


「うん」


 僕は、町の空を見上げた。


「僕が小学校の頃に……ここを見つけたのは、本当に偶然だったけど。僕は石の階段を登って、この場所に辿り着いた。あの時は、マジで驚いたよ。たたでさえ、知らない場所だったのに。まさか、こんな場所があるなんて」


「思いも寄らなかった?」


 彼女は、僕に微笑んだ(と思う)。


「まさに、『運命の出会い』ですね?」


「うん」


 僕は、町の風景に視線を移した。


「この丘の事は、誰も知らない。少なくても、僕の知る範囲では。自分の知り合いでここを教えたのは、理穂子さんが初めてだよ」


 理穂子さんの笑みが聞こえた。


「そうですか」


 彼女の声が小さくなった。「わたしは、本当に幸せです」


 僕は、その言葉に胸を打たれた。


「僕の方が幸せだよ。こんな」


 素敵な娘(ひと)と付き合えるなんて。これ以上の幸せはない。「自分が好きな人と両思いだ」と言う事実も。僕は穏やかな気持ちで、町の風景を眺め続けた。


 その意識が途切れたのは、自分の後ろから聞こえてくる足音に「ハッ」と驚いた時だった。


 僕はベンチの上にパソコンを置くと、不安な気持ちで自分の後ろを振り返った。


「え?」

 

 僕は、その人物に驚いた。百九十近くの長身、外人の「それ」に近い脚、二枚目俳優も真っ青のクールフェイス。クールフェイスの表面には、文字通りの驚きが浮かんでいる。まるで「自分の本性を見られたか」のように、僕の目をじっと見続けていた。

 

 僕は、その視線に戦いた。「高山、先生」

 

 先生は、僕の反応に目を細めた。


「どうして、ここにいる?」


 僕は、その質問に眉を寄せた。


「どうして?」


「ああ、お前は」


「僕がここにいちゃいけないんですか?」


 僕は一歩、先生の前に近付いた。


「ここは僕の、秘密の場所です。僕が小学校の時に見付けた。今日は……その、たまたま行きたくなっただけです。外の天気が良かったので」


「そうか」


 先生は、僕の目から視線を逸らした。


「俺も、たまたま来ただけだよ。ここは俺の、秘密の場所だからな」


「え?」


 僕はまた一歩、先生の前に近付いた。


「秘密の場所?」


「ああ、俺が小学校の時に見付けた。学校の友達と遊んでいる時に。ここは……ベンチのそれは傷んでしまったが、それ以外はほとんど変わっていない。そこのベンチから見える」


「貴方」


 先生は、隣の女性に目をやった。隣の女性はとても、喉の奥が詰まりそうなくらい美人だった。先生と負けず劣らずの長身で(流石に百九十はなかったが)、その服も戸惑うほどに輝いている。まるで……こう、世界の美を表しているかのように。彼女が「景色もあの頃と変わっているよ?」と笑わなければ、その魔力に思わず吸い込まれる所だった。

 

 彼女は、僕の顔に視線を移した。


「ふーん、可愛い子だね。貴方は?」


「は、はい! 二年四組の生徒です。先生の」


「教え子さん、か」


 彼女は、僕の前に歩み寄った。


「うちの主人がお世話になっています」


 彼女は、僕に頭を下げた。


 僕は、その行動に戸惑った。


「え、あ、その、いえ! 僕の方こそ」


 僕は、先生の奥さんに頭を下げた。


「お世話になっています!」


 彼女は、僕の動揺に微笑んだ。


「面白い子だね。私は、『みのり』と言います。果実の『実』に、辞典の『典』と書いて」


「そ、そうですか。僕は、『片瀬進』と言います。住所は」


「そこまで言わなくても良いよ? 初対面の相手に」


 僕は、「彼女の注意?」に赤くなった。


「すいません」


「いえいえ」


 実典さんは、町の空を見上げた。


「それにしても。今日は、やっぱり良い天気だね。頬に当たる風が気持ち良いし。片瀬くんも外を歩きたくなったの?」


 僕は、その答えに窮した。


「あ、う、はい。そうですね、『たまには良いかな』と」


「ふーん。なら」


 彼女は横目で、僕の顔を見た。


「私達と同じだね。私達も」


「実典さん達も?」


「ええ。一緒に歩きたくなったから。最近、二人でお出かけしていないし」


「そ、そうですか」


 僕は、先生の顔に視線を移した。「ここはたぶん、奥さんと二人きりにした方が良い」と。僕は少し不満な顔で先生の前に歩み寄ったが、僕が先生に話し掛けた瞬間、実典さんが僕に向かって「片瀬くん!」と叫んだ。


「ふぇ?」


 僕は、その声に思わず振り返った。「実典さん?」


 実典さんは、ベンチ(いつの間に!)のある場所を指出した。


「これ!」


 僕は、彼女の指差す物に目をやった。「まさか!」と言う風に。彼女の指差す先には……ここからでは良く見えないが、僕のパソコンが置かれていた筈だ。画面の大きさを通常にし、そこから町の風景を見えるようにしていた彼女が。


 僕は慌てて、理穂子さんの前に駆け戻った。


「理穂子さん!」


 彼女は、僕の声に応えなかった。普通の画像(え)と同じようにして。だが! 実典さんがどうして分かったのかは、分からない。ましてや、それをどうやって知ったのかも。実典さんは僕に視線を戻すと、嬉しそうな顔でパソコンの画面を指差した。


「自我の宿った二次元少女」


「え?」


 画面の彼女は、僕のように驚かなかった。


 実典さんは、僕の前に戻った。先生も、その場に居続けた。二人は不思議そうな顔で、僕の肩に手を乗せたり、その顔を覗いたりした。


「ねぇ、片瀬くん」


「は、はい?」


「彼女とは、出会って何日になるの?」


「何日になる?」


 僕は、彼女の質問に首を傾げた。


「質問の意味が分かりません。と言うか」


 の部分で一旦切った。


「『自我』って何です? そっち系のジャンルですか? サブカルとかにある」


「片瀬くん」


 実典さんは、僕の言葉を遮った。


「誤魔化さなくて良いよ。私達は」


「『彼女』の事を知っている。俺達は、お前らの先輩だ」


「二人は、僕達の、先輩?」


 先生は、自分の妻に視線を移した。


「実典」


「うん?」


「少しの時間で良い。コイツとちょっと、話させてくれ」


「……分かった。二次元少女こっちの方は、私に任せて」


 実典さんはまた、ベンチの方に向かって歩き出した。

 

 先生は、その背中に目を細めた。


「余計な事は、言うなよ?」


「うん、分かっている。ただ、世間話をするだけだから」


 先生は、隣の僕に話し掛けた。


「ここで話すのは、不味い。場所を移しても良いか?」


「は、はい」


 僕は、先生の指示に従った。丘の上を降りて、それから階段の下に降りるように。僕は隣の先生に目をやると、真面目な顔でその横顔を見つめた。

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