第6話 なら、こう言う事にしましょう

 僕は、彼女達の声に驚いた。


「お帰りなさい。進くん」


「お帰りなさい」


「おかえり、スーちゃん!」


 僕は、声の方に歩み寄った。机の上に置かれたパソコンと、その近くに置かれたスマートフォン。それからオーディオプレーヤーがささった外付けスピーカーの方に。それらの画像には……嘘、だろう? 彼女達の画像が表示されていた。

 

 僕は、その画像に言葉を失ってしまった。


「あ、あああ」


 こころちゃんは、僕の反応に首を傾げた。


「スーちゃん、どうしたの?」


 天道寺さんは、その疑問にクスクスと笑った。


「きっと驚いているのよ。あたし達が彼の帰りを待っていた事に」


 彼女の口許が笑う。


「片瀬君」


「は、はい」


「あたし達の事、『幻だ』と思った? 自分の作った幻影だと」


「進くん!」


 僕は、パソコンの画面に視線を向けた。パソコンの画面にはやはり、彼女の体(正確には、上半身だけ?)が映し出されている。

 

 僕は、その姿に息を飲んだ。


「理穂子、さん」


「私達は、あなたの幻じゃありません。現実の中にちゃんと存在しています。あなたがどんなに疑おうと。……進くん」


「は、はい?」


「今の現実をもっと信じてあげてください。今の現実は決して、あなたの敵じゃないんですから」


「今の現実は、僕の敵じゃない?」


 僕は彼女の言葉に動揺したが、同時にまた信じられずにもいた。


「くっ」


 天道寺さんは、俺の表情に溜め息をついた。


「よし! なら、『こう言う事』にしましょう。今、君の目の前で起っている現象は、決して現実ではない」


「秋音さん!」


 彼女は、理穂子さんの声を無視した。


「ここは、所謂『妄想の世界』よ」


「妄想の世界?」


「そう、君が『そうなりたい』と思っている妄想。あたし達は……そうね、『妄想の中に出てくる住人』かしら? あなたの心が創り出す、唯一無二の存在。あたし達は、あなたのお人形なの」


「あなた達は、僕のお人形?」


「ええ、とても可愛いお人形。あなたには、それを愛でる権利がある。こころちゃんの笑顔を眺めても良いし。あたしの裸も」


「なっ!」


 顔が熱くなった。


「僕はもう、あなたの裸は見ません! 今朝のあれは、不可抗力ですから! それに」


「それに?」


「妄想でも何でも。僕には、その権利がありませんから。こころちゃんの笑顔を見るのも」


「スーちゃん」


 彼女の顔が暗くなる。


 僕は、その顔に胸を痛めた。


「ごめん」


「でも、話す事はできるでしょう? 今の君がそうしているように」


「うん! ワタシもずっと、スーちゃんと話したかったの! 『わたしの唄をいつも聴いてくれてありがとう』って。だから」


「こころちゃん」


「私も同じです」


 理穂子さんは、僕の目を見つめた。


「進くん」


「はい?」


「私は、あなたの事が好きです」


 一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。


「聞こえませんでしたか?」


 彼女は、僕の動揺に微笑んだ。


「なら、もう一度言います。わたしは、あなたの事が好きです。自分の心が生まれた時からずっと。わたしは!」


「え、えええっ!」


 彼女の言葉に混乱する。


「僕の事が好き?」


「はい」


「ど、どうして?」


 彼女の顔が赤くなった。


「分かりません。でも、気づいたら好きだったんです。あなたに対する想いがこう、心の中に流れて。わたしは、その想いにドキドキしました。自分でも良く分からないのに、あなたへの想いが」


 彼女は、静かに俯いた。


「進くん」


「は、はい?」


「わたしの事は、好きですか?」


 僕は、画面の下に目を落とした。彼女の告白にドキドキして。僕は画面の彼女に視線を戻したが、胸の鼓動が収まるまで、その質問に上手く答えられなかった。


「まさか……。僕も、君の事が好きだよ?」


 彼女の声が震える。


「ほ、本当ですか?」


「うん。僕もずっと、君の事が好きだった!」


 僕達は、互いの目を見つめ合った。


 最初に笑ったのは、理穂子さんだった。


 彼女は両目の涙を拭うと、嬉しそうな顔で「クスッ」と微笑んだ。


「わたし達、両想いだったんですね?」


「そ、そうみたいですね?」

 

 僕は、右の頬を掻いた。


「アハハハ」


「わたしも、スーちゃんの事が好きだよ!」


「え?」


 こころちゃんは、嬉しそうに笑った。


「スーちゃんとお話しすると、すごくドキドキする!」


「あたしも、かなり興奮するわ。君のボイスにイカされるみたいで」


「秋音さん!」


「冗談よ」


 天道寺さんは、僕の方に向き直った。


「でも、『好きな気持ち』は、冗談ではないわ。あたしも、君の事が好き。『Like』ではなく、『Love』の方でね」

 

 僕は、二人の想いに驚いた。理穂子さんだけではなく……まさか、この二人からも言われるなんて。「驚くな」と言う方が、無理な話だった。


 僕は、二人の視線に俯いた。


 二人は、僕に話しかけた。


「ねぇ、片瀬君」


「はい?」


「片瀬君は」


「スーちゃんは、わたしの事も好き?」


「それは……」


 二人の顔に視線を戻す。


 僕は、二人の顔(かなり真剣だ)に怯んだ。


「良く分かりません。二人の事は、『素敵だな』、『可愛いな』とは思うけど」


「ふーん。まあ、嫌ってはいないのね?」


「はい」


「でも、『恋愛感情は無い』と?」


 僕は、その質問に言い淀んだ。


「ん、んんんっ。けど! 二人とも……僕にとっては、大事な人です。掛け替えのない。だから……」


「スーちゃん」


 僕は、その声に押し黙った。だが、「まあ、『そうなる事』は、分かっていたけどね?」

 

 天道寺さんが、それを破った。

 

 彼女は、僕の本音に何度もうなずいた。


「正直でよろしい!」


「え?」


 彼女の頬が赤らんだ。


「あたし、一途な男性(ひと)が好きなのよね? どんな時でも自分の意思を曲げない、真っ直ぐな男の子が」


「天道寺さん」


「片瀬君」


 彼女は、優しげに笑った。


「ありがとう」


 胸の奥が熱くなった。頬の表面にも、何故か水気を感じて。

 

 こころちゃんは、その水気に驚いた。


「スーちゃん!」


「うん?」


「どこか痛いの?」


「え?」


「涙が出ている」


 僕は、自分の頬に触れた。


「本当だ」


 なんで?


「涙、なんか」


 僕は、両目の涙を拭った。その涙を早く「止めたい」と思って。だがいくら拭っても……悲しいかな、止める事ができなかった。僕は、喉の嗚咽を何とか抑えた。


「ごめんな、さい」


「謝る事はないわ」


「僕、初めて知ったんです。『女性に好かれるのが、こんなに嬉しい事』なんて」


「ふふふ、そう」


「でも!」


 僕は、自分の行為に苛立った。


「その人達を振ってしまった。僕は、最低の人間です」


「スーちゃんは、最低な人間じゃないよ!」


「そうです! あなたは、わたし達にとって」

 

 天道寺さんは、今の会話に溜め息をついた。


「そうね。確かに最低かも知れない」


「秋音さん!」


「でもそれは、あなたの責任じゃないわ」


「え?」


「モテるのは、誰の責任でもない。君はただ、二次元(あたしたち)にモテているだけよ」


 僕は、彼女の言葉にキョトンとした。


「僕が二次元あなたたちにモテている?」


「これを『モテる』と言わないで、何と言うの?」


 彼女は、周りの少女達を見渡した。


「君は、この場にいる全員から好かれている。本命の女の子も含めて」


 理穂子さんは、彼女の言葉に俯いた。


「う、ううう」


「可愛い子ね。だからきっと、片瀬君も」


「天道寺さん」


「片瀬君」


 天道寺さんは、僕の目を見つめた。


「さっきの話なんだけど。君はまだ」


 僕は真剣な顔で、その続きを聴きつづけた。

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