第2話 松葉杖

私の住まいは、2階建てのアパート。

1階に12畳のリビング、2階に8畳と6畳の和室があり、通常2階で寝起きしている。

松葉杖を階段の下に立てかけて、2階に登ってみる。

膝をついて、這い上がる感じ。

1段ずつゆっくりと上がる。

そのまま這って、部屋に入る。

松葉杖がないので立ち上がることは出来ないし、

足首に負担になるので、膝で立つのも難しい。

テレビやパソコンは扱える。

まずは、色々キャンセルだ。

週末のゴルフ。

下関のホテル。

ふぐを食べに行く居酒屋。

来月のゴルフコンペのキャンセルと連絡。

あ~、楽しみにしていたものが全てなくなった。

どうして?

なんで?

なんで、バドミントンしたん?

色々な思いが駆け巡る。

とにかく、今日、明日は、足を高くして寝るだけだ。

30cm以上高く?

座布団くらいじゃだめだな。

とにかく横になって過ごす。

眠れない。

痛みは大したことない。

翌日、まだ祝日だが、お店のあきちゃんに連絡。

「それは、大変ですね。食べる物とか買って行きます。」

あきちゃんは、うちのお店で働くようになって8年を過ぎた。

でも、お客さんを呼べる子ではない。

しばらくは一人で頑張ってもらわないといけないが。

松葉杖は、ちょっとした物を踏むと滑って転びそうになる。

紙とか布とか危険物だ。

カーペットを捲り上げ、危ない物は出来るだけ避ける。

上手く動けない。

とにかく怖いのだ。

料理は、出来ない。両手を外せない。

朝、パンを焼いて、マーガリンを冷蔵庫から出すだけでも

かなり怖い。

ダイニングがないので、脚立に座ってレンジなどが置いてある棚に皿を置いて食べる。

お湯は、Tfalで沸かす。

このお湯を流し台まで入れに行くのも片手だ。

怖い。

親友に電話すると、

「私も去年、足首骨折してハイハイだった。膝が痛くなるよね。こんなに色んなことが出来ないかと思う。松葉杖って立てるってだけだからね。土曜日に行くからね。」

と言ってくれた。

夜、あきちゃんが、色々と買い物をして来てくれた。

金曜日だけでいいからお店の営業をしてくれるように頼んだ。

彼女が一人でお店の営業をしたことは、一度もない。

8年もいるのだから、お客さんの名前は分かるが、

自分は補助だという立場でいるから、ボトルの値段も知らない。

釣銭を渡し、知らない人は入れなくていいからと

お願する。

「頑張ります!」

とは、言うけれど、大丈夫かな~。

今は、頼れるのは彼女だけなのだから仕方ない。

金曜日だけの営業では、大した売上は期待出来ない。

家賃もカラオケ代も払えないのは目に見えている。

自宅の家賃も

ストレスで吐きそうになる。

実は、この3年間、バドミントンはやっていなかった。

19歳から始めて、36年間続けていたが、

座骨神経痛になり、2分と立つことも歩くことも出来なくなった。

整形外科で診察の結果、脊柱管狭窄症ということで、

バドミントンからは遠ざかった。

もう、することもないかとさえ思っていたのだ。

かつて、広島県代表で全国大会に出場し、3位に入賞したこの私が。

それが、再開して、2回目で、ケガをしてしまった。

行かなければ良かったという後悔が頭の中を回る。

後悔先に立たず、だ。

火曜日を迎え、朝、タクシーを呼ぶ。

最近は、ワンボックス型のタクシーも増えているので、

それを期待して呼んだのだが、意に反して普通のプリウスだった。

慣れない松葉杖で立って待っていたが、とにかく遅い。

いや、遅く感じるのだろう。

女性ドライバー。

「県リハまで。」

「県リハのバスあるみたいですけど、時間が遅いらしいですね。」

「そうですか。知らないですけど。バスは乗れません。松葉杖なので。」

「ステップのないバスもあるんじゃないですかね。」

ちょっと、むっとして

「バス停まで歩けませんから。」

状況を飲みこんでいないらしいその女性ドライバーは、

私が、想定していたルートとは違う道へと進む。

「うん?なんで?」

バイパスへと進む。そこは、1日中渋滞情報が流れている場所。

そんな所通ったら時間かかるし、そこを右折しないといけないのに。

案の定、2回の信号では、右折出来なかった。

料金メーターが上がる。

農業高校を過ぎて、センターに到着。

やっぱり、高いじゃない。

「領収書下さい。」

入口には、センターの職員らしき女性が笑みを湛えて立っていた。

松葉杖の私を見て、すぐに車椅子を用意してくれた。

「こちらにどうぞ。」

車椅子も人生初だ。

松葉杖は、車椅子に差し込む。

押してくれるわけではなかった。

片手では操作出来ない。

クルクル回ってしまう。

両手でゆっくり回す。

受付に先日もらったメモを見せると、

ああ分かってますよという表情で、

「松葉杖の保証金5000円と先日の治療費も本日お支払いお願いします。」

と言われた。

5000円って、高くない?

「お金足りるかな?カードでも大丈夫ですか?」

「うちでは、カードは扱っていません。」

との返事。

参ったな。

銀行のATMが見えたが、残高ないんだった。意味がない。

足らなかったら、後日でお願いしよう。

この歳になると、少々のことは言えるものだ。

整形外科の待合まで行ったが、車椅子はどこで待てばいいものか。

診察室も5つある。

邪魔にならないように。

1人の病院職員らしき男性が近づいてきて

「松葉杖の保証金を頂くようになります。5000円ですが、返却された時にお返ししますので。」

と言うので、

「受付で聞きました。」

その後も、看護師さんが、松葉杖を確認にきて、

「保証金がいるんですよ。」

と言うので、

「はい、5000円でしょう。聞きました。」

3回も念を押された。

払わずに帰ることは出来そうもない。

親友は、別の病院だったが、松葉杖の保証金は1000円だったと言っていた。

色々あるんだね。

帰りに松葉杖で買い物出来るかと、タクシー待たせて、スーパーに立ち寄ってみたが、スーパーの床は、ツルツルしていて、ちょっとでも杖が傾いたら転びそうだ。

両手が塞がっているので、カートを押すのも一苦労だし、

商品を手に取れない。

片足で歩くことにもなるので、いくらも進めない。

冬なのに、汗だくだ。

バナナだけカートに入れた。

レジに並んで、カードやお金を出そうとしたら杖が倒れた。

そばにいた人が拾ってくれた。

「ありがとうございます。」

タクシーまで戻る間も恐怖の連続。

やっぱり、松葉杖での外出は無理だな。

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