フクロウを待ちながら

宮条 優樹

フクロウを待ちながら




「聞いてますか、ハトさん」


 ハクセキレイが言うのに、キジバトは丸い頭をくりんとかしげて見せた。


「は?」

「は、じゃなくて。僕の話聞いてましたかって」

「あー、うん、一応」

「一応、じゃ困りますよ。

ちゃんと聞いてください。仕事なんですから、これ」


 キジバトの気の抜けた物言いに、ハクセキレイは黒い尾をぱたぱたと上下に振りながら抗議する。

 その仕草をうるさそうに見やって、キジバトは溜息交じりに言う。


「セキレイくんよ、俺はつまりここでぼーっとしてればいいんでしょ」


 言いながら、キジバトは止まり木をくちばしでつつく。

 二羽が止まり木にしているのは、古びて色のすっかりはげた鳥居の上だ。

 木くずを散らすキジバトの横で、ハクセキレイはツンとした表情で反論する。


「違います。

ぼーっとしててもらったら困ります。仕事ですから」

「仕事仕事うるさいなー。社畜か、君は」

「社畜じゃないです。鳥ですから、ただの畜生です」

「いや、真面目か」

「もう一度説明させていただきますと」

「無視か」

「虫じゃないです、鳥です」

「うるさいわ。もういいから、説明するならしてよ」


 言って、キジバトは胸毛をふくらませてうずくまる。

 ハクセキレイは小さくせき払いをすると、しゃんと羽をそろえて威儀を正した。


「カラス王からの命令です。

ハトさんには、今日ここで、フクロウ氏の帰宅まで待機していただきます。

フクロウ氏が帰宅し次第、彼に接触、そのままカラス王の元まで彼に同行し、城に帰還してください」


 仰々しく告げられた言葉に、しかしキジバトは尾羽の先ほどにも感情を動かされなかったらしく、ふっくらとした羽にうもれている。

 鎮守の森に囲まれたこの古い神社をフクロウは住処としているはずだったが、その家主は今は留守だった。

 家主もおらず、静かで、木漏れ日のあたたかさにうとうとしかけながら、キジバトは半眼になって言う。


「つまり、ここでフクロウを待ち伏せして身柄を確保、王様のとこに強制連行しろってことでしょ」

「不穏な言い方しないでください」

「で、フクロウが帰ってくるまでは、ここでぼーっとしてればいいんでしょ」

「待機です」

「同じでしょーがよー……」


 キジバトがぶつぶつと口の中でなにやらつぶやいているのを無視して、ハクセキレイは尾羽をせわしく振りながら食ってかかる。


「我らトリ族と、ネズミ族との覇権争いもいよいよ佳境なのです。

カラス王はここで、長らく陣営に参加していなかったフクロウ氏の一党を加入させ、この戦いの切り札とするお考えなのです。

これはつまり、我らトリ族の勝利を左右するであろう重要なお役目。

心してかかっていただきたい」

「何だよえらそーに。

君なんかただのパシリのくせに」

「パシリではありません、伝令係です」

「こんなことさ、セキレイくんがやればいいじゃん。伝令係でしょ」

「それはできません。

僕はご覧の通り、小さいですから。

万が一、フクロウ氏が抵抗した場合、僕ではどうやっても対応できません。

何しろこんなに小さくて可憐でか弱いですから」

「自分で何を言うか。

フクロウと比べたら俺だって小さいし」


 目をそらし、ちょんと跳ねてキジバトは鳥居の端に移動する。

 しかし、ハクセキレイがすかさず尾を振りながら距離をつめてくるので、逃げるのを早々にあきらめ、代わりに尋ねる。


「ねえ、フクロウの家ってほんとにここでいいの?」

「はい、間違いなく」

「けど、留守なんでしょ。

夜行性のくせに、なんで昼間の今、家にいないの?」

「さあ……それは」

「どこに行ってんのかなー。

いつになったら帰ってくんのかなー。

いつまで待ってればいいのかなー。

だるいなー。眠いなー。めんどいなー」

「途中からグチになってますよ」

「帰りたいなー」

「真面目にやってください、カラス王に報告しますよ」

「チクリ魔か。

ったく、君はカラス王にばっかりしっぽ振りやがってよー」

「何ですか、その言いぐさは」

「振ってるじゃんか、さっきからふりふりふりふり。

なんかやらしい」

「どこがやらしいんですか」

「やらしいっていうか、卑猥っていうか」

「卑猥って何ですか!」


 キジバトの台詞にハクセキレイは尾羽を逆立てた。


「だって、あれでしょ? 

セキレイくんのそのしっぽの上下運動を見て、神話の神様と女神様は――」

「それ以上言うなあぁぁぁっ!」

「うええっ?」


 ハクセキレイの聞いたことのない大声に、キジバトはぎょっと目をむく。

 逃げ腰のキジバトに向かって、ハクセキレイは蹴爪を突き立てる勢いで怒鳴る。


「てめえそれ以上言いやがったら全身の羽むしり取って唐辛子すり込んで唐揚げにすんぞゴラアァァァッ!」

「え、ヤダ何コワい。

セキレイくんてそういうキャラだったんですか?」


 凄味をきかせて小さな体を怒らせるハクセキレイに気圧され、キジバトは青い羽根を更に真っ青にして縮こまった。


他鳥ひとの黒歴史を軽率にネタにすんじゃねえ!」

「ハイ、すんません」

「二度とそのネタ口にすんなよ!」

「ハイ、言いません、すんません」


 かくかくと首を前後させるキジバトをハクセキレイはにらみつけていたが、しばらくすると空気が抜けるようにしぼんで、


「……失礼いたしました。少々取り乱しました」


 何事もなかったかのようにすまして言ってのける様子を、キジバトは気味悪そうに見やった。


「ええ……もうこの落差がコワいよ」

「いえいえ、僕なんて小者ですよ」

「ええ……?」

「僕はフクロウ氏の方が怖いですけどね。

フクロウの一族は、子供が親を食べるそうじゃないですか。

まあ、そんなフクロウ氏から天敵として恐れられているカラス王が一番怖いですけれど。

ずいぶんと昔からの因縁があるそうですよ」

「ほうほう」

「ですが、その長年の因縁を、カラス王はこのたび水に流して手を組もうとお考えのようで。

ネズミ族にとってフクロウ氏は天敵ですし、夜目の利く者がいてくれると戦略の幅も広がります」

「カラス王は鳥目だからなー」

「あなたもですよね」

「セキレイくんは鳥頭のくせにいろいろくわしいんだなー」

「あなたもですからね」


 ハクセキレイのツッコミを無視して、キジバトは鎮守の森の外へと目を向ける。


「フクロウの奴、戻ってこねーなー」

「そうですね」

「……セキレイくん、フクロウの奴どこ行ったと思う? 

てか、戻ってくると思う? 

フクロウにとってカラス王は天敵なんでしょ。

今更、仲間になったりするもんかなー」

「それは……」

「むしろさあ、ネズミ族と手を組んだりしない? 敵の敵は味方っていうし」

「…………」

「何でフクロウいないんだろうなー。

カラス王につかまるのがいやで逃げたとか、それとも……」

「……ハトさんは、どう思います?」

「どうって?」


 歯切れ悪くハクセキレイが言うのに、キジバトはちょっと首をかしげてみせる。


「僕は正直、カラス王もフクロウ氏も怖いです。

フクロウ氏は僕らみたいな小鳥も食べるそうですよ。

僕みたいな可憐なか弱い小鳥を」

「自分で言うな」

「カラス王のことも、何を考えてるかわからないこともあるし、黒いし、くちばしも怖いし、横暴だし、ゴミあさるのとか仮にも王としてちょっとどうかと思うし、いい加減パシられるのもうんざりだし、僕のこと端から馬鹿にしてるっぽいのもムカツクし」

「おうおう、たまってるなー」

「このままカラス王がネズミ族に勝っても、僕はたぶんうれしくないです」


 ハクセキレイの言葉に、キジバトはにやりと目を細めて言う。


「じゃあ……ばっくれるか」

「え?」

「俺もこんなつまんない仕事もうヤダし。

二羽でばっくれて、フクロウの奴がカラス王の切り札になるか、それともネズミ族にとっての切り札になるのか、高みの見物といこうじゃないか」

「高みの見物?」


 聞き返すハクセキレイに、キジバトは翼を広げてみせながら言った。


「鳥だけにな」






               了

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フクロウを待ちながら 宮条 優樹 @ym-2015

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