第二十七話 想像できない


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 翌日、休み時間に岩瀬くんと話し合い、映画の待ち合わせ時間などを決めた。


「楽しみにしているね」と満面の笑みで言われてしまい、若干プレッシャーを感じてしまったのは内緒だ。岩瀬くんは他に誘えるような友達がいないのだろうか。心の底から心配である。


 その日の放課後、またもや一人で帰ろうとする諏訪くんの後ろを慌てて追いかけた。


「諏訪くん、一緒に帰ろうよ」


 振り返った諏訪くんは「一緒に帰って大丈夫なのかよ」と呆れ顔で言ったが、私はどういう意味か分からず、そのまま「どういう意味?」と訊いた。けれど、諏訪くんは「なんでもない」と答えるだけだった。


「昨日は一人で帰っちゃうし、何か用事でもあるの?」


「別に。幸野が楽しそうに岩瀬と話していたから一人で帰っただけ」


 どこかツンとした言い方で、気付かないうちに何か嫌われるような事を言ってしまったんじゃないかと不安になる。


「あ、そうだ! 今度の土曜日、岩瀬くんと映画見に行くんだけど、諏訪くんも来る?」


「幸野……何言っているんだ?」


 呆気に取られるとはこういう事を言うんだろう。まさにそんな顔をしている諏訪くんに「私、また何か言っちゃいました?」と心の中で呟く。


「もちろん岩瀬くんの許可を得られたら、な話だけど、二人っきりじゃ何話せばいいのか分からないし、岩瀬くんもつまらないと思うから、諏訪くんが来てくれると助かるかなって」


「許可を得られるわけないだろ」


「岩瀬くん優しいし、きっと大丈夫だよ」


 あのな……とため息を吐きながら手で額を押さえる諏訪くん。


「岩瀬はお前の事が好きだからデートに誘っているんだよ」


 私の事が好きだからデートに誘っている?


 国語の成績ならそこそこ自信がある私だが、言葉の意味が分からず考える。


 岩瀬くんが私の事を好き?


「ないない! それはないから!」


 私は一心に否定する。ありえない。私の事を好きになる人間がいるなんてありえない。


「ないわけないだろ。あれだけアプローチされていて気付かなかったのか?」


「アプローチって荷物運んでくれたり、声かけてくれるぐらいだし……」


「いや、どっからどう見てもアプローチだろ!」


 そう見えるかもしれないけど、それはないだろう、と私は思う。


「諏訪くんは考えすぎだって。私の事を好きになる人がいると思う?」


「そりゃいるだろう」


 即答に驚いた私は「え?」と口から漏れる。


「で、でも私、何も取り柄ないよ? 可愛くないし、面白い話はできないし、勉強も微妙だし、運動は全然駄目だし……」


 自分で言っていて悲しくなったが、諏訪くんは「そんなことない」と否定する。


「……少なくとも僕は……、クラスの中でずば抜けて可愛いと思っている」


 可愛いと思っている? 私が?


「か、可愛くなんかないよ……」


 いつもならマシンガンのように出てくる否定の言葉に力がない。まるで夢でも見ているような気分で、今すぐ頬を限界まで引っ張って確かめたい。


「幸野は自己評価が低すぎる。もっと自信を持っていいのに」


「そうかな……? 揶揄ってない……?」


 私は確かめるように横目で諏訪くんに確認を取る。


 彼も横目でこちらを見て、目と目が合う。


「揶揄ってないよ」


 当たり前だろ、と諏訪くんは言い切る。


 心臓の鼓動が高まり、全身が熱くなる。恥ずかしくて一瞬、視線を地面に向けてしまうが、もう一度、彼の目を見る。


「じゃあさ、本当に私の事を可愛いと思っているのなら……」


 手を強く握り、勇気を絞り出す。


 確かめるなら、今しかない。


「諏訪くんは私が恋人でもいいってこと?」


 言ってしまった。


 もう後戻りはできない。


 でも、これで白黒つく。


「それは……」


 今度は諏訪くんが言葉を詰まらせながら視線を外す。


 それでも私は彼の目を見続けた。


 次の一言で全てが決する。どんな結果だろうと、もう受け入れるしかない。


 そして、諏訪くんは再び私の目を見て、こう言った。


「それはなんか違うな」


「えっ」


「ずっと一緒にいたから付き合っているところなんて想像できないし、幸野だって同じだろ」


 私が思った事は、ただ一つ。


 ――今すぐ消えてなくなりたい、と思った。


「……どうした? 帰るぞ」


「ねぇ、諏訪くん」


「なに?」


「やっぱり揶揄ってない?」




 土曜日。待ち合わせ時間の十五分前に映画館に着くと、既に岩瀬くんは来ていた。私より早く来ていただけではなく、もう既にチケットまで買っていて、「はい」と手渡された。


「あ、ありがとう。岩瀬くん早いね」


 そう言いながら財布からチケット代を渡そうとするも、「今日は僕の奢りだから」と言って断られてしまった。せめて、ポップコーンや飲み物代ぐらいは出そうとしたが、逆に奢ってもらい、申し訳ない気持ちになる。


 岩瀬くんと見た映画はテレビで話題のSF映画で、あまり映画を見ない私でも楽しめる内容だった。地元にある映画館はここだけだから、ほとんどの席が埋まっていて、見終わった後はぞろぞろと感想を述べ合う人達に囲まれながら映画館を出た。


「まだ時間があればファミレスでも行かない? 映画の感想とか話せたら嬉しいな」


 と、岩瀬くんが言うので、今度こそ私がお金を出そうと決意しながらファミレスに向かった。


 お互いドリンクバーと軽く食べれるものを注文して、映画の良かったシーンや気になったシーンを語り合う。せっかく誘ってくれたのだから、ちゃんと話し相手になるように会話のキャッチボールを続ける。


 ところが――。


「幸野さん、ひょっとして映画つまらなかった?」


「え? 楽しかったよ?」


「それならいいんだけど、なんだか元気なさそうに見えたから」


 確かに諏訪くんとの事で、最近は落ち込んでいた。今日は気持ちをリセットして楽しむつもりだったけど、顔に出ていたようだ。


「あ、ごめんね。ちょっと色々とあってね……」


「悩み事なら話してほしいな。学校でも元気なさそうだし、ずっと心配していたんだ」


 私は「うーん」と考えるフリをしてから「大丈夫」と言って誤魔化すつもりだったが、今回で二回目だし、内緒にして気まずくなるぐらいなら話した方がいいか、と考え直す。


「実は……好きな人に振られちゃってね」


「え? 幸野さんを振る人なんているの?」


「あ、正確には振られたわけじゃないんだけど、振られたのと同じというか……あはは」


 自傷気味に笑う私は、笑い話として軽く流してほしかったんだけど、岩瀬くんは「それは残念だったね」と重々しい表情になる。それから岩瀬くんはしばらく黙り込んでしまって、余計に気まずくなってしまった。


 なんとかファミレスでは割り勘にする事ができたけど、私が頼んだメニューの方が高くて、最後まで申し訳ない気持ちのままだった。


「今日は誘ってくれて、ありがとう」


 また学校でね、と言って別れようとした瞬間だった。


「幸野さん」


「うん?」


 岩瀬くんと目が合う。


「もしよかったら、僕と付き合わない?」


 ――はい?

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