私が髪を切る時

ペグ

第1話

 私の髪の毛は短い。


 ……短いと言っても極端に短い訳じゃない。


 ただ高校にいる同年代の女子と比べると……やっぱり短いと思う。


 別に運動部とかに入部しているからってことでもない。


 そもそも私は丸メガネを掛けている……どこにでもいそうな文芸部だ。


 ちなみに失恋したからという訳でもない。


 失恋したから髪を短くするって人……私の周りではあんまり聞いた事ないけど。


 そんな私の髪の毛が短い理由なんて1つしかない。


 ”チャリンチャリン”


 扉を開けた時に来店を知らせるための鈴が静かに鳴った。


「いらっしゃいませ」


 理由は簡単だ。


 ただ頻繁に髪の毛を切りに行くからだ。





「お荷物お預かりします」


「あっお願いします」


 私は肩にかけるタイプのバックを美容師のお兄さんに渡す。


 美容師のお兄さんは私に比べてずっと背が高いので荷物を渡すだけでも一苦労だ。


「じゃあ霞さん。こっちまでお願いします」


 美容師のお兄さんは私を奥の椅子に案内した。


 と言ってもこの美容院は少人数……というか二人だけで美容院をやっている。


 きっと自営業なのだろう。


 髪を切るための椅子もたったの三つ、それに髪の毛を洗うやつは二つしかない。


 そんなこぢんまりとした感じだが、店内は木の茶色と薄い灰色が主に使われている……モダンな雰囲気と言えばいいのだろうか。


 変に着飾った真っ白な美容院より私はここの方が好きだ。


「今日は……どうしますか?」


 私が椅子に座ったのを見計らって美容師のお兄さんが声を掛けてきた。


 鏡越しに目が合う。


 美容師のお兄さんは顔立ちがとてもいい。それにスタイルもモデルのようにシュッとしている。


 それに美容師なのでファッションセンスもいい。


 私はこの店に人がいっぱいいない意味がわからなかった。


「そうですね……」


 私がこの美容院に初めて来たのは……もう三年ぐらい前だろう。


 母に腕はたしかと勧められてからずっと通っている。


 ちなみにこないだ来てから多分一カ月もたっていないだろう。なんだか私はついついここに足を運んでしまうのだ。


 こないだより多少は伸びただろうけど……目の前の大きな鏡で私の髪を見ても、あんまり長さが変わらないな。


「たまにはイメージ変えるのはどうですか?」


「えっと……じゃあそれで」


 私は喋るのが苦手だ。……別に喋るのが嫌いって訳では無い。


 ただ緊張してしまうのだ。


 いや……正確に言えば喋りに行くのが難しいのだ。


「分かりました。それではこちらに」


 どうやら美容師のお兄さんは私の髪の毛をどのぐらいの長さにするかを決めたようだ。


 私はお兄さんの案内でシャンプーなどをする台まで移動した。


 私がシャンプーする台の手前の椅子に座ると、椅子が傾き洗面台と頭が並行になった。


 そして美容師のお兄さんは私の顔にタオルをかけてくれた。


「お湯で髪の毛流します。……熱いとか大丈夫ですか?」


「えっと……大丈夫です」


 私がそう答えると美容師のお兄さんは私の髪の毛を高級そうなシャンプーで洗っていく。


「痒いところなどあったら言ってくださいね」


「あっはい」


 確か前回の髪型はセミショートって美容師のお兄さんが言っていたな。


 今回はどうなるんだろう。


「最近暖かくなってきましたね」


「えっあ、そうですね……花粉とか酷くなってきて」


 いつもの世間話から始まる。


 ……本当は学校とかでもこういうふうに話せればいいんだけど。





「しかし霞さんって珍しいですよね」


「えっ、何がですか?」


 私は髪の毛を洗ってもらった後、先程座った大きな鏡がある席に座った。


「女性のお客さんでもこんなに頻繁に来る人あんまりいないですよ」


「そっそうなんですか」


 確かに私は珍しいかもしれない。


 同世代の女子はだいたい三ヶ月に1回や半年に1回ぐらいだと……小耳に挟んだことがあるから。


「そう言えば文芸部の方はどうなんですか?」


「えっと、部員数は相変わらず少ないですけど……なんとか活動しています」


 私の髪の毛が切られて行く。


 ちなみに文芸部は先輩は引退してしまって……今では男子が三人、女子が私を含めて四人になってしまった。


 それに幽霊部員も増えて男一人と女一人の合計で二人となってしまったけど。


「活動……ってことは小説はまだかいているんですね。新作は出来ましたか?」


「えっと……まだできてないんです」


 私の書いた小説はペンネームでネットに上げているが……私だと知っている人は部活の人とこの美容師のお兄さんだけだ。


「そうなんですか。楽しみにしてますね」


 文芸部の活動は……主に小説を書いたりとごく普通の活動をしている。


 ちなみに私は部長をやっている。


 もう一人は後輩の男子が活動している。


 ……彼の作品はとても面白いと思う。


 このままだと人数的に廃部になってしまうかもしれないけど……。






「最近後輩の男の子との調子はどうなんですか?」


「えっ、あ、相変わらずいい作品を書いてますよ」


 ……なんだかちゃんと受け答えできなかったような気がする。それに彼を部活以外では全く知らない私が彼のことを語っていいのかわからないし。


 私の髪の毛がいつもより短く整えられていく。


「そうですか」


 私は基本的に恋愛の小説を書いている。……ちなみに経験はないので全てが失恋物など基本的に恋が実らないのだ。


 だけど彼の作品は全てがハッピーエンドなのだ。


 恋愛系だけでなく色々な作品がいい、ハッピーな方向に向かう。


 私とは真逆だった。


 ……私は多分、そんな真逆な彼に憧れのような気持ちを抱いているのだ。


 私の髪の毛がいつもより……どんどん短くなっていった。





「さて……どうでしょう?」


 美容師のお兄さんは手鏡を使って後ろの髪の毛も見せてくれた。


「随分……短くなりましたね」


「たまには挑戦もだいじですよ。それにとても似合いますよ」


 美容師のお兄さんは立ち上がって私が座っている椅子を右側に回し、私を髪の毛をシャンプーする台まで案内する。


 そして私は流し台の前の椅子に座り、並行に倒される。そして私の顔にタオルをかけてくれる。


「お湯で洗います。……この髪の短さ、最近の流行りなんですよ」


「そ、そうなんですか? あんまり見たことないんですけど」


「これから流行るんですよ。きっと話のタネになりますよ」


 そしてまた高そうなシャンプーで私の髪の毛が洗われていく。


 もし話題の髪型を先取り出来ているんだったら。誰かと話せるかな。


 私が座っていた椅子が少しずつ起き上がって、また直立に戻る。


「これで顔を拭いてください」


 美容師のお兄さんはミントの香りがする暖かいタオルを渡してきてくれた。


「あ、ありがとうございます」


 私は顔に着いた髪の毛を取るように顔を拭く。


「さて髪の毛をセットしますよ」





 私はまた大きな鏡の前に座った。


 そして私の髪の毛をワックスでセットし始めた。


「……私に小説の書き方とか全く分かりませんが、たまには自小説でもどうでしょうか?」


「自小説……ですか?」


 私の髪の毛が今までとは全く違う仕上がりになっている。


「自分の体験でしたっけ? きっと面白いものが出来ると思いますよ……っと完成です」


 私の事実なんて面白くないしな。


 そんなことを思いながら大きな鏡の中の私を見る。


 すると……まるで別人のように変わっていた。


 鏡越しに美容師のお兄さんと目が合う。


 美容師のお兄さんはまるで”やってやった”と言わんばかりのニヤケ顔になっている。


「全然……印象変わりますね」


「そうでしょう。これで部員も増えますよ」


 美容師のお兄さんが冗談交じりで笑った。


「……そうだといいんですけどね。あ、お会計は……」


「今日はいいですよ。その代わり今度自小説が完成したら見せてください。次の話は失恋じゃなくてハッピーエンドがいいですね」


「……頑張ってみます」


 私は席を立ってお店を出る。


 ”チャリンチャリン”


「ありがとうございました」




 ……私は髪の毛が短い。


 それはただ、頻繁に髪の毛を切りに行くからだ

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