第2話「完全版」

「やっぱこの時代に喫茶店は厳しいねぇ、妙子」

「そうですね、郊外に今度スターバックスができるそうですし」

 野上一郎と野上妙子、二人は5年前に脱サラして喫茶店を始めることにした。

 二人は自分たちが演出する素敵な空間を地元の街に提供しようと思った。

 無垢材を使って作られた建物の内装は、木目を基調としている。店内は森林の中をイメージしており、木目調の壁やテーブルは人を落ち着かせ、やすらぎを得られるということで地元の奥様に評価は得られていたが、採算をとるまでには至らず、さらに2年前に駅前に大手コーヒーチェーンができてからは、ガクッと売り上げが落ちてしまった。

 そして、今度郊外にドライブインが備わっているスターバックスができるという、客層としてはそこまでかぶらないのかもしれないが、さらに売り上げが落ちることは必須であった。


 この店はマスターである主人が、厳選したコーヒー豆を独自のルートを開拓して、手に入れてきたコーヒーが売りに本格カフェなのだが、残念ながらそのこだわりがわかる人は少なく、店の売りとはなりえてなかった。

 例えば酸味が強くて、一部のファン層で人気のあるゲイシャという豆を作ったコーヒーは、本来1杯千円以上を取らなければ採算の合わないものであるが、そこを野上一郎は企業努力で800円で提供している。

 わかる人からは、「よくこの値段でやってるねぇ」と言われるのだが、しかしつい先日、ローソンでゲイシャのコーヒーを500円で提供するようになった。

 一郎からしたら信じられないことであった、500円ではどうあがいても太刀打ちできない。


「セブンの100円のコーヒーは別に構わないんだけど、あれはやめてほしいよなあ」

「そうですねぇ、あんなに苦労して問屋を捜し歩いて価格交渉したんですけどねぇ」


 そのほかにもこのカフェでは奥さんが作るそこそこおいしい、パンケーキとか、スコーンとかも売りではあるのだが、評判になるほどではなく決め手に欠けていた。

 そもそも一郎は勘違いをしていた、ほんとうにおいしいコーヒーを提供していれば、お客は絶対についてくると思っていたのだ。それなりに内装にもこだわったつもりではあったが、インスタ映えするほどでもなく、何かのコンセプトがあるようなカフェでもない、コーヒーの味以外の決め手は無かった。

 そして、コーヒーの味はインスタ映えもしないし、写真にならない。さらにそれが本当においしいのかどうかを判断できるほどの下をもった人間はそうそう一般コンシューマーにいるわけではないのだ。

 そんな感じでこの店はこのままいけばつぶれることが間違いなかった。


そんなある日の昼下がり、4時台という珍しい時間帯、いわゆるアイドルタイムに珍しく一人の全身黒いスーツで固めた恰幅の良い男のお客さんが入ってきた。


「いらっしゃいませぇ」

すぐさま妙子は、お客さんを席に案内し、水とメニューを提供する。

「ご注文がおきまりのころまたうかがいますね」

そういうと、黒いスーツの男はすぐにこう返した。

「この店で、一番おいしいコーヒーをお願いします」


妙子はメニューも見ずに、そう頼む男に面食らってしまう。

「あ、あの一番おいしいと言われましても、一応一番のコーヒーはゲイシャ種の中でも特別な農園でとられた人気のものがありまして、ただそれは1杯2500円とかになってしまうんですが」


「ほう、エスメラルダのやつですかな、ではそれがいいです。お願いします」

 とくに悩まず、即断する男を見て、心のなかで妙子はにやりとしてしまった。

実際一郎はこれを堂々と2500円で提供してこれでも安いといって、ずっと提供し続けていたのだが、実際に注文したのは、ほんの2,3人で、大概仕入れた豆の消費期限が近づくと夫婦で消費することがほとんどであった。

 まあ、それはそれで本当においしいコーヒーなので、それを飲む日は何か記念日のようでうれしかったが、実際に注文が来ると、やはりそっちのほうが嬉しいのである。

「あ、ありがとうございます。他に何か注文は?」

思わず妙子はお礼を口にしてしまった。

「コーヒーだけで、それにしても注文だけでありがとうございますとは変わってますねぇ」

「いえ、久しぶりにこのコーヒーを頼む人がいたので、ついうれしくてですね……。焙煎からはじめますので、少しお時間かかりますがよろしいでですか?」

「かまいませんよ、いつまでも待たせてください」

そう言って、男はスマホを取り出して、いじりだした。妙子はすぐカウンターの内側にいる一郎の元へ向かった。


「あなた、あのコーヒー頼む人が現れたわ。1年ぶりかしら」

「……ほら、お前はもうやめればッて言ってたけど、分かる人にはわかるんだよ。よし、俺の全力を込めて、コーヒーを入れるぞ」

 そういって、一郎は豆を持ってきて焙煎を始める。

 そして、もてる技術をすべて使いそのコーヒーは黒いスーツの男に提供されるのであった。

 男はうなづきながら、そのコーヒーを少しずつ飲んでいく。コーヒーという飲料を精いっぱいに堪能しているようだった

 数分後、お客はコーヒーを飲み終えると、妙子を呼び、そして店のマスターにも会いたいと言ってきたので、妙子はさっそく一郎を黒スーツの男の元に連れてくる。


「あの何か至らぬ点でもあったでしょうか?」

 不安な気持ちで一郎は尋ねる、全力でなんのミスもなくコーヒーを提供したつもりだが、何か不手際があっただろうかと内心でビクビク震えていた。このお客には謎の貫禄があった。


「もったいないですねぇ、この店。本当にもったいない。コーヒーはうまい、内装もきれい、奥さんも美人。でもそれだけ、売りがないですねぇ。お客さんはどうですか、正直なところ入っていないでしょう」

黒スーツの正直な物言いにむっとしながら、一郎は答える。


「ま、まあお客さんはそんなにですけど、静かさがコンセプトの売りなのでこういうものですよ」

 思わず客はいなくても構わないというような強がりを見せたが、内心はその通りだと感じていた。


「そうですかあ?強がらないほうがいいですぉ、私はこれでも売れない店を繁盛させるプロなのです。よければアドバイスさせていただきますよ」

「……いえ、自分たちでやれますので……」

と一国一城の主としての意地を見せる一郎だったが、それを制したのは妙子であった。

「ぜひ、忌憚のない意見を伺わせてください」

「ちょっと、妙子!」

「いいじゃない! 聞くだけなら損なんてないわよ」

 その必死の表情に一郎は口をつぐんだ。まあ確かに誰かの意見を聞いてもいいかもしれない。


「フクロウを置きませんか?お店に、いま人気ですよ、フクロウ。フクロウのいる喫茶店可愛くてインスタ映えもしますし、すぐに話題になりますよ」

そういって、男はフクロウの画像と、実際にフクロウがいるお店の写真を見せる。


「フクロウカフェですか。それは考えたことありますけど、流行りですし、でも今から人におびえないようなフクロウを育てるなんて無理ですよ」

 フクロウを飼うことは一郎も考えた、しかし猛禽類であるフクロウが人に慣れるように飼うことは難しそうで、その案は却下した。


「おいしいコーヒーを飲ませていただいた、お礼です。私が飼っているフクロウを一羽あなた方にお譲りしましょう。とっても慣れててかわいいですよ」

 そういって男はピーっと口笛を吹くと、窓から一話のフクロウが店内に飛び込んできた。そして、フクロウは黒い男の肩にとまる。

「奥さん、腕を伸ばしてみてください」

 そういわれたので素直に、妙子は横に腕を伸ばすと、男の指示でフクロウは妙子の腕へと乗り移った。

「きゃっ、なにこれ、すごいかわいい」

「おおっ」

 くりっとした目に、もふもふの体。その可愛さに思わず一郎にも感嘆の声が漏れる。

「ふふ、いいでしょう。このフクロウを差し上げますよ。人気が出ると思いませんか?」

 そういうと、妙子は一郎の体を突っつき小声で言う。

「ちょっと、あなたこれは絶対いいわよ。うちもこういう売りが必要だって」

「……うん、そうだな。あのお客様、それでこのフクロウはおいくらなんでしょうか?」

 もちろん夫婦に余裕なお金など無かったが、こんだけ慣れてるフクロウならば他yそう高くても採算は取れると判断した。

「いえいえ、差し上げるといったじゃないですか、もちろんお金はいりませんよ」

「タダですか?いくらなんでもそんなわけには……」


「あぁ、そうですね。ちゃんとお話ししましょう。さっきの店を繁盛させるプロですっていうのは嘘でしてね、ほんとうはこのフクロウを譲る相手を探していただけなんですよ。私、実はもうすぐ海外へ移住するもので、つれていけないから、なんとかこのフクロウを引き取ってくれる方はいないかとそう思ってましてね。あなた方はよさそうなお人に見えるし、おいしいコーヒーを出せる。そういうわけでお譲りしようと決めたのです」

 話を聞いて二人は合点がいった。なるほど最初からそれが狙いだったのか。

「そういうことなら、分かりました、ぜひ私たちに譲ってください、絶対に大切にしますから」

「……本当に、お願いしますね。絶対に大切にしてくださいよ。私はあなた方2人に子の子を面倒見てほしいのです」

「それはもう、こんなかわいい子を譲ってもらえるなんて、ほんとうにありがとうございます」

 そういって、妙子は深々と頭を下げた。


 そうして、男はフクロウをこの夫婦に託し、ついでに一年分の冷凍餌と何かあった時の連絡先を紙に書いて夫婦に渡すとお店を去っていった。

 

 その日からフクロウはこの夫婦の新しい家族となり、店の営業部長として、店内にたたずむようになった。

 新しい家族ですと題して、店内にいるフクロウの様子をFBにあげたり、ツイッターで乗せるようにすると、たちまちにこの夫婦の店は評判となり、店内はお客さんで一杯になるようになった。みんながフクロウに会いに来るになり、やがて本当のコーヒーを出す店としても知られるようになったのだ。

 あの黒いスーツの男の言う通りだった。このフクロウが、店を閉店から救った切り札となったのである。



 1年後、店の評判を聞きつけた一人の男が店にやってきた。背の高い切れ目の男で、以下にも仕事ができるといったような風貌のスーツ姿の男であった。

「実は、あのフクロウをお譲りいただきたいのです。今度私どもが出すテレビ番組のマスコットキャラとして使えれば、ヒット間違いなしと思ってましてね。なかなかこんなに慣れてるフクロウは見つからないんですよ」

 男はテレビ関係者の男だった、そうはいってもフクロウは大切な家族であった、簡単に渡すことができるはずがなかった。


「いや、そうはおっしゃっても、うちはこの子のおかげで店として成立してるんですよ」

「もちろんタダでとは言いません、2000万円お支払いしましょう。破格だとは思いますが、私共はそのくらいその子を欲してるのです」

2000万という言葉に心が動いた。

今後の店のことを考えたら、2000万でも割に合わないのだが、実は妙子の母が難病にかかり保険外の手術でなければ助からないということで、急に大きなお金が必要になっていた。

 そう考えるとこの2000万は見過ごせるお金ではないし、そもそも、フクロウはただで手に入れたものなのだ。

 苦渋の決断で、一郎は譲ることを決めた。

「分かりました、この子はお譲りします」

 とそう伝えた瞬間、フクロウは羽ばたき、一郎の顔面にめがけて飛んできた。さらに、その爪を一郎の右目の方に向けると、ぐっとそれを突き刺して、なんと眼球をえぐってつかみ取っていったのだ。

「ギャー――――――――ーっ!」

 一郎は右目をおさえながら、これまでにない位の声で叫んだ。フクロウはそのまま店の外へと飛び去っっていき、一郎はうずくまり、テレビ局の男はと妙子は呆然と立ち尽くした。


 その後フクロウは、海外にいるはずだった黒いスーツの男に帰っていった。

 黒いスーツの男はフクロウに語り掛ける。

「結局、今回もお前を大切にしてくれる人では無かったんですねぇ」

 男はフクロウの正しい引き取り手を探して今日もまたどこかに出向く。


 男の名は喪黒フクロウ、人呼んで「嗤うセールスマン」

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「黒いスーツの男とフクロウ」 ハイロック @hirock47

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