第30話「神になれなかった哀れな存在」

 その箱の道はどんどんと続いていました。今や果てしない巨大な回廊が無限につづき、山を3つ越えるのに三時間とかからない賢治がもう一ヶ月以上その中を友恵と伊佐のお母さんと一緒にその道を走り続けていました。走っては疲れて眠りに落ち、起きて活力がわけば走る。その繰り返しです。もう何ヶ月も太陽を見てないし新鮮な空気にも触れていません。そして自然とそれらを渇望するようになり、しだいに闇がもたらす恐怖が息苦しさとなって襲ってきました。伊佐のお母さんはこういう時の過ごし方を教えてくれました。まず自分たちの衣服を少し割いて、燃えるものを用意しますそしてそれを伊佐のお母さんもっていた火打ち石で上手に火をつけます。するとすこしですがこの闇の中で明かりが灯ります。そうやってこの闇の中で自分以外の誰かを確かめて口に手で袋を作って息をしているのを確かめるのです。これは過呼吸の人がよくやる方法です。

 しかし伊佐のお母さん本人はすこしも狼狽している様子がありません。なんでも敵軍に囲まれて何ヶ月も洞窟の中を行ったり来たりして生活し洞窟を抜けて包囲網から抜け出しそのまま、隠れ潜んで前線から退却したことがあるとか。

 まったくこのお母さんは何者なのかと思うほどです。

 そんなことをやっているうちに後ろの方から足音がします。それがどんどん近づいてくるのです。追手かと思うとお母さんが制しました。

「あなた、やっと追いついたのね」

「ああ、明かりを見ておまえだと確信した」

「伊佐!」

「賢治!」

「豊村さん!」

「おお、友恵」

「よかったみんないますね」

「だがこう暗いのが続くとやばいな」伊佐のお父さんがいう。

「ええ、少しよくないですね」

「なんやねん、みな、わてがいることホンマに忘れておるようやな」

「あれ?この声は、島?」

「そうや、みんなワテ一人残して行ってしまうんだから、ま、わしはみんながどこへいようといつでも駆けつけられるからいいんやが」

「おまえ、どうやってついてきたんだ。そういえば本当に忘れてたぞ、おまえのこと」

「ふん、ええんよ、わてもみんなの認識の外におったからな」

「認識の外?」

「もうそろそろええやろ教えたる、わてがどうしてみんなの記憶から消えていたのかは実はわいが人間やないからや、って空母のメインデッキでも話したがな。まあ、神様っちゅうのはあまり自分からは名乗らんさかいにこの賢治のボケが大きな勘違いしおったからにいまだにわいが神様やて思うとらん奴もいるだろ」

「おまえが神様?あのなあどこに島 高次なんてボケの聞いた神様がいるんだ」

「あんな、賢ちゃん。ほんまに怒るで。しゃあないこれでも神様じゃないというか?とう!」

ボン!煙の中から立ち現れたのは身の丈、六十尺はある大狐、それが細い目でこちらをあの島の笑い顔そっくりでニコっとした。

「あ、ああ、あ」

 ボン!そしてまた人間の姿にもどる。

「島、おまえほんとに神様だったのか!」

「遅いんじゃ、ボケエ!だからなんべんもいうたやないか。もう賢ちゃんに恩があるからここにいるんやて」

「すごいわ、賢治さん、神様にも知り合いがいるんですね」

「伊佐のおっかさんも、そこでそういうボケた反応はやめてぐださい。ほんまに泣きますよ、わて」

「いやでもかなり戦力になるかもしれん、おまえどんなことができるんだ」

「なんでもできます!神様なんです。わては!」

「ほう、じゃあ試しに狐火でもだして道を照らしてくれ」

「そんなん、かんたんやがな」

 島が口に手をやり、道の先へ息を吹きかける、ボボボとこの巨大な回廊に青い炎の列ができる。

「わての狐火はほんとの火やないからこの空間の酸素をなくすことはないから、ちょうどええやろ、そうや、わてが、大狐に変身して、この道あんたら乗せて走ってもいいで?」

「おお、それは時間短縮になるな、それにしても今外はどれくらい時間がたったんだろう。空母の方ではとっくに戦いは決着がついてるはずだ」

「それやったらここにきてから一分も外の世界は時間経っておまへんで?」

「え、なんで分かるんだ、高次」

「それはよりしろのわいの稲荷神社にわいだけならいつでも戻れるからや」

「え?」

「なんですって?」

「は?」

「おまえええ!それを早くいええええ!」

「え?何このリアクション」

「それだったら地上から飲水とか食い物も運べるだろ!」

「ま、まあできんことはないけど、なんや神様を食料調達につかうんか」

「あんな、今生きるか死ぬかの非常時なんだよおおお!それぐらい気づけええ!何のために服を俺が割いてまで明かりつけてると」

「そうかあ、そないにピンチやったんやな、まっててやいまごちそう調達してきたる」

 そういってまたボン!煙が立ってまたちょっとたってボン!と島が現れる。

「もぐもぐ、うんやっぱりおいしいわあ」

「うん、あんまり食ったことなかったがな。だが、気に食わん」

「どうしたんや?賢ちゃん」

「飲み物はともかくなんでおいなりさんなんだよ」

「い、いや、わしこれが大好物やし、一応捧げ物だし、粗末にしたらあかんな、と」

「これ、捧げ物なの」

「あんなー、わては神さまやで人間やないんやからお金はお賽銭が唯一の収入源なんや、それでごちそうといったら293円のこの特安おいなりしかないやろ、それに今回は地元の人に奮発してそれぞれのお願い全部叶えてきて、それでやっとあつめたんやで?」

「島は神さまでお稲荷様だがたいして役にはたたない。食い物と飲み物はだせるがそれはおいなりさんに限定される、あと狐火がだせてとりあえず暗闇でも落ち着けるがなんでもできるわけではない。はい、みなさんここ試験に出るよ―」

「出ないわ!どこにそないな極秘情報試験にだすアホ学校があるねん!それになんでもできるわけではないとはなんや、わしは願いの質に応じての奇跡しか起こせんがそれでもちゃんとみんなの要求に答えてるやろ」

「ねえ、あなたが神さまならこの道どこまで続いてるかわかる?」

「おお、そういう交通安全みたいなことは得意分野やまあ、わしの背に乗ってあと一ヶ月ちょいやろ」

「まだ、そんなにか」

「でもほんとに外では一分もたってないの」

「ああ、どうもここは時空が歪んでおって通常の時の流れがおかしくなってるようや。わてもほんとはこんなところにいたくないんやけどな、おかしいでここに来る時なんども分かれ道があったやろ、あれ一度でも正しい道から外れてたらあアウトやったんやで」

「どうしてそんなことしってるの」

「そんなん、全部試したからに決まってるやろ」

 ガクッとうなだれる一同、こいつはどこまでも単純なアホだということがみなに露呈された。

「しかし、わて、この先の道のことも少し知ってるんや」

「なんだと!?」

「ああ、みなより先に行って敵情視察しようとしたら、翁の面をかぶった顔の老人がこの先で番をしているんや、それで道をきこうとしたらおじいさんがここがどこの岩戸の道が知ってるのかと聞くんで知らんと行ったらここは天神様の岩戸の道、いきはよいよい帰りは怖い、怖いとはいわないから引き返せ、っていうと消えたんじゃ、それでなんや気味わろうなって帰ろうとしたら老人が六本腕の怪物になって天神様の岩戸を荒らす奴はわしがゆるさん!っていきなり般若の形相になって追ってくるんでホンマにちびりそうになったで」


「自分だって、身の丈六十尺の大狐だろが」

「あんな、賢ちゃん、わてが賢ちゃんに助けられたように、ワテは小さい頃から弱虫で喧嘩の類はしたことないんよ」

「なんだ、島、おまえくらいのガタイがあれば本能のままに暴れ狂えばみんなふるえあがっちゃうぞ?」

「ふうん、本能のままに?」

「そうだ」

「そうか、そういやわし、大きくなってから、意外と力持ちやしな、もしかしたら喧嘩強いんかな」

「なあ、島、おまえがこの先おれに恩返ししてくれるんだったら、俺がこいつら守ってるみたいにこいつらをおまえも守ってくれよ。出来る範囲でいいから」

「いや、賢ちゃん、わて少し臆病すぎたわ、こんどはわしが賢ちゃん守る番やな、わかったで頼まれたる。約束や賢ちゃん」

「ああ、約束だ」

 島と賢治は指きりげんまんした。

「それにしても門番がいるってことはこの先なにかあるのか?」

「そういうこっちゃ、わしの鼻に狂いはない、今もこの世ともあの世ともつかぬ異質な空気が奴の匂いを運んでくる。ずっとこんなとこで門番でもしとっからか臭くて鼻が曲がるわ」

「それにしても長い廊下だ、時間の感覚がもうどれほどすぎたかわからないくらいだ」

「伊佐はんは結構、感覚がするどいのに図太いのう、まるで巨木や、わしは神様でもときどきおまえさまがわからん様になるわ」

「島といったな、本来はなんて名なんだ」

「お稲荷様に名前きくのか、わしの名前はもうどれくらい長いのかわからんくて、読み終わるのに三十年かかるんでもうわすれたことにしたわ、まるでじゅげむじゅげむみたいな名前やし、島でええよ」

「はは、神様にしてはえらくくだけた神様だ」

「まあ、お稲荷様っていうのも外国から入ってきた神様が日本風になったようなもんなんや」

「そうのなのか?」

「そうやよ?もう日本ちゅうのはご先祖様から果ては九十九神に果ては観音様まで日本ちゅうのはいろんな神様を取り込んできたんよ。まあ、実質、東の果てなんだよ」

「へえ、そういえば、警視庁の警視総監さんが、なんか言ってたっけ、なあ伊佐。なんか日本は霊的ななんとかかんとかと」

「霊的な想念の塊だったか?」

「そうそう、そんな感じに」

「ふうん、そんなこといっとったのか?そりゃ、考えてみとってくれよ、あの日本の大地は千年間ずっと生き物が死んでは生まれたところやで、東京なんか、いまでも少し地面ほれば、人骨が出てくるし。つまりほんまに日本の土はご先祖様でできてるわけだ。それが風にのってどこまでも吹き渡って、ほれ、よく台風がくるだろ?あれは、本来風っちゅうもんはたまって淀んでるものを吹き流してきれいにしてるんや、つまり日本はそうやって一年に何回か浄化せにゃ、怨念、想念の溜まり場になって怪異の吹き溜まりになってしまうんだ。思えば伊佐はんの周りはそういうのばかりや、明日香はんの怪力はもはや人智を超え取るし、他の人もかなりの達人だの名人だの、なにか飛びぬけてる、そう思わないか?」

「そういえばそうだ」

「つまり豊村伊佐の周りを中心にまるで磁石のようにそういった人物が集まってきたということじゃ、日本人が巡り合わせをとても重要視するのはそうやって偶然出会ったものが何かの力が作用してそうなるべくしてなったような感覚にとらわれるからなんやろな」

「ほお、私はなにか引力のようなものをもっているということか」

「伊佐はんは、自分で自覚しておらんの?思えば、伊佐はんは生まれた時にはもうバハムートというものに出会ってしまったし、それからも仙人や導いてくれるものに出会いすぎている。それはどうしたってなにかの宿命としか考えられへんやろ?そもそもバハムートなんてのは個人が抱え込める範疇をすっかり超えとるやろ?あれは神様と同一視してもおかしくないんやで?」

「そうだな、これが一種の悪魔憑きのようなものだったら話は簡単だが、そうじゃない、私という命はバハムートという神獣を内包するほどのもので、なぜ、バハムートがそうしたかすら計り知れないものだ」

「で、賢ちゃん、ええか、もう事態は世界の終末とかいう、まるでこの世界の最後のページに急に飛んでいってしまってる。今、この世の終末においての人々の行動が試されてる。

ふつうなら、第三次世界大戦だとか、そんな規模のものさえ、起こすのは容易やないのにや。今、地上には赤き竜と黙示録の獣が出現しとる。そしてバハムートとリヴァイアサンもその姿を現している。もう、こんなの怪異なんて言葉を超えているやろ、もはや、人々は沈黙してしまっている。こんな規模の神獣や魔獣が出てきてもはやこれをたとえるなら

最後の審判としかいいようがない」

「わたしはもっとずっと現実的に考えていた」

「友恵……」

「だっておかしいじゃない、あんな化け物がほんとうにいるなんてまるで不思議の国のアリスだわ、それもとびっきりヘビーな。だってああいうものが出てくるならそれそうおうの説得力というものがあってしかるべきだわ、最後の審判にいやおうなく全ての人々が悔い改めたくなるんようなどんでん返しがあって初めてそういう現実に対応できるのだと思うの、あんなものが突然現れてそれもそれが本気で世界をどうにかしようとしてるだなんてあまりに現実からかけ離れて信じろという方が無理だわ」

「でもあんさんの剣術だってもう、神の域やないか」

「私の剣術はまだ説明がつくわ、別に刃が伸びるわけでも真空刃がでるわけでもない、地道に修練してやっとたどり着いたもの、そりゃ、はたから見たら私の剣は神の域かもしれないけど、私自身がちゃんと納得がついてるもの」

「だが、友恵。それは友恵の心の中での話だろ?もはや、友恵の剣は分身したり、まるで剣先から何かが飛んでくるような感覚に普通の人はなる。要は見え方の違いだ。友恵には自分の剣はただの修練の結果だが、人から見れば離れ業」

「そうや、結局そういうことや、異変の真っ只中にいる奴にとって見ればそれは現実の何者でもないが傍から見てるやつにはそれが完全に異変そのもの。恐ろしい怪異という名の悪夢に見えるっちゅうことや。」

「ふーん、まあこの暗い廊下一とって見てもそうだな」

「それがのう、どうもこれは廊下じゃないようなんや」

「なんだって?」

「それがこの廊下、微妙にカーブしててどうもらせん状に地下へ降りて行ってるようなんや、それにようわからへんのやけど、そこいらじゅうの壁によう見たら、よく分からん 真言マントラのような文字でなにやら書いてあるんや」

「ん?そういえば暗くて気付かなかったが確かになにかの文字かな?」

「おいおい、ちょっとまてよ。これなんか見覚えがある」

「え、なになに?」

「賢ちゃんの勘は当たってるで、これ、まるでエジプトのピラミッドの中みたいなんや」

「うん、私は語学の知識があって未開語学というまだ解読できてない言語を解読する学問に詳しいんだがこれは、なんだか封印だな。まるでこの廊下の最下層にある何かをこの文字で封印しているみたいだ。そしてこれは真言でもヒエログリフとも違う、まったく未知の文字だ。恐ろしく一行に内包されてる情報が多すぎる。これを全て解読できたら、今の科学技術がかるく吹っ飛ぶような革命がおきるほら賢治の親父さんがもってたスマートフォンあれもこれと同じような文字だった」

「それで伊佐、どんなことが書いてあるんだ」

「基本的には同じパターンの文を重ねて威力を強めてるようだが、それぞれが全く違う文脈で恐ろしく緻密に文と文が重なりとねじれや波紋の創り方でものすごいエネルギーを生み出している。なあ、島。おまえ、気の具象化ってできるか?」

「へ?そ、そりゃ仙人でも位の高いお方だけができる業でないか?つまり天羅地網をあまねく司る三十三の聖太子から1万八千500階位からそれ以上の天聖とよばれる方々だけですって。あいにく今は天の均衡を保つために56億七千万年後の救済のために動いておられる」

「それは、わかっている。だがこの地球はもはや今がその末世の世なのだ。神がこの世に姿を見せないのであればわたしらがやるしかない、なあ、島できるか?」

「だれか、手伝ってくれへんか、気の流れは見えとるし、ここのものすごいエネルギーを使えばそれはできるだろうが」

「よし、私が、補助しよう、それと賢治、おまえには武術的な気功法を教えてあるよな」

「ああ、経絡から気の流れ、俺の内側のある気は全て納めてある。それを反転して外に使えばいいんだろ?」

「よし」

「伊佐はん、何をしようと?」

「この、封印の力、なにかをかたどっている。もしかするとこの廊下、ただ進むだけでは絶対につかないのかもしれない」

「なんやて?わしはもうこの廊下の終わりまでいったで?」

「それだが、島、それは本当の出口か?その先に気を巡らしてなにかみえたか?」

「いや、真っ暗だった。暗闇が深すぎて進むのがこわいくらいだった」

「だからそういうことだ、きっとそれは本当に何もないんだ。正しい道を行かねばつかない、遅れたり、進みすぎたり、曲がり損ねたりするともうだめなんだ」

「それじゃ、あの門番は……」

「警告だろうな、そっちへは行くなっていう」

「ひい」

「じゃ、いくぞ。いいかこのエネルギーを可視化できるくらいにするんだ」

「じゃあ、わいに気を送ってくれや、そしたら、そのまま、具象化するのに転写するさかい」

「私らの気の力はとても強いぞ?島、吹っ飛ばされて消えるなよ」

「わいをどこぞの地縛霊と一緒にせな、これでもけっこうすごいんだぜ、わし」

「あの、わたしもお手伝いしていいですか?」

「友恵?できるのか」

「要は気を送ればいいんですよね? 気勢を発して敵を制するのは剣の奥義です、わたしだって一介の剣術家、気の応用は心得てます」、すると波影の太刀を出して、精神統一にはいる」

「よし、いくぞ!」

 三人の気が島に流れていく、それを体中で吸い込んだ島は狐の姿のまま、毛が金色に輝き、そしてあたりのエネルギーの流れをその気で刺激して目で見えるようにしていく」

「よし、さあ、これが私が読み取ったこの壁の文字の意味よ」

 それは一つの流れとなってこの広い廊下をらせん状に新しい道を見せた」

「やっぱり!ここはこの場所は時空間を歪ませて本来の道を隠してしまうカモフラージュの機能があるのよ、一種の迷宮ね。壁の文字が外からのエネルギーを増強、強化してエントロピーを増大させ、巨大な目隠しをしていたの。ちゃんとした道を進まないと時や空間を進めないようになっている。つまり私たちはいままで恐ろしいほどの時間をただ足踏みしていたというわけ」

「なんつーかえらいひどい話やな。それにしても気の具象化なんて人間でできるものは少ないで?というより今から戦う相手は本当に人間が相手できるものなのか、本来は神が相手をする予定だったんだろ」

「ここまで来てそんなことをいってもしょうがない、今は進むんだ」

「なあ、伊佐」

「なんだ賢治」

「このさきにある何が来ようともおまえを守るよ」

 伊佐はきょとんとしてそれからとてもうれしそうに笑った。

「ああ、守ってくれよ。でも死んだりなんかしたら許さないからな」

「分かってる」

わたしたちはだんだん空気が変わっていることがわかるようになってきた。

そう、これは本当の最後の試練に近づいている。はたして神が戦うべき相手とはどんなものなのか?

わたしたちはひょっとしたらあまりの力の違いに一瞬で消し飛ばされるかもしれない。

すると異形の者たちが広くなった大広間に現れた。

まるで狂ったように踊り。

ピーヒャラリピラリー、ピーヒャラリピラピー。

タン、タタン、タタタン、タタン。

トゥータッタリーラララ、ラララリラリラー。

常軌を逸した音程に乱拍子をまじえて、狂気を交えたメロディが流れて、戦意と傷の痛みを感じさせないトランス状態へいざなっていく。人よりも数倍大きく獣が鎧を着て半獣半魔の異界の者になっているその数は算出不能。

 広間の中央に巨大なる火を囲んで人間ならざる者が二つ足で踊ってその影が大きく周りの広間に広がっていく。

広間は広すぎて、感覚が遠のき狂ってくる。そして体の底から恐怖が湧き上がる。

それらは非常に強靭でまた絶対で恐れることが正常な異常な存在の群れだ。

「おい、やばいぞ、このままじゃおれたち、

あの数に追い回されるぞ?」

「しょうがないわね、どうやらここを通らないといけないみたい。でも少し燃えているかな。こいつら結構歯ごたえありそうだし」

 賢治は、伊佐の軽口に呆れた。

「伊佐さん、私は何を信じてあいつらに立ち向かえばいいんです?」

「きまってるじゃない、あなたの剣よ、その剣がすべてを断ち切ると信じなさい、実際そうじゃなきゃこのメンバーは組まなかったのよ?友恵?」

「は、はい!」

「賢治、私の後ろをお願いできる?」

「できないっていうと思うかよ?」

「うふふ」

「あらあら、じゃあわたしはお父さんとデュエットするわ、お若いカップルの邪魔しちゃだめだものね?」

「香苗、何故だ、どうして伊佐を俺から引き離す」

「あなたこそ、そろそろ娘離れしなさいな、秋彦さん?」

「うあああ、くそやつらめ、この恨みはらさでおくべきかあああ」

「あら、秋彦さん、ひとりじめは駄目ですわよふたりでゆっくりね?」

「伊佐の両親ってラブラブだな」

「うん、でも賢治の両親もそうなんだろ?」

「ああ、ちかぢか妹か弟ができそうだよ」

「そしたら、お礼参りいかなきゃ交際してますってお知らせとな」

「うう、やっぱするのか」

「あたりまえだ、じゃないと肉体関係までは内では認められてないからな」

「な、ななな!?」

「ふふふ、悪いがもうAはしたんだ。そうなるとBもしたしな、私的にはおまえとのCは結構興味がある」

「おまえ、本当は中身、男じゃねえのか!?すこしは貞操とか考えろ!」

「あはは、中身が男か、そういえばそうかもしれん、だがちゃんと体は女だ、心配するなよ、それにそのほうが男のお前的に居心地いいだろ?」

「うう、確かにな、変に女な奴はつかれるしな。それにおまえのそういうところ、結構好きだし」

「あはは、それにしても父さんも母さんも手が早いな、もうやつらの真ん中で燃えるような踊りっぷりだ。行こうぜやろうども」

「うう、しょうがありまへん。わいは友恵さんのバックアップに専念しますわ」

「ありがとう、キツネさん、今度お稲荷さん、お手製で持っていきますね」

「うんうん、素直でええ子や、おまえさん、うちんとこに嫁にきまへんか?」

「ええ!?狐さんとはちょっと」

「ふうう、これで1万9999回目の失恋かあ、わい、ちょっとげんなり」

「あ、でも男の子はみかけじゃないっていうし、恋人からなら……」

「え、ほんま、友恵さん、命にかえてもお守りします!」

都合のいい狐ね……。

そうして四人が二人に加勢した。まず友恵が

先頭の群れを攻撃、ものすごいスピードで駆け抜けるとほとんどすれ違った奴らを全て一閃で切り刻んだ、残るのは細切れの肉だけ。

そこへ、身の丈千尺はある大狐が躍り出て、

手に手に武器を持って襲い掛かる者どもへ炎の息を吐きかける、たちまち、灰になって跡ものこらない。そして賢治と伊佐がありえない体術で群がる蝿どもを片っ端から吹き飛ばす、それも拳か蹴りの一かすりでもすれば、そのまま、その部位がふっとんだり、体中に

稲妻が走ったように破裂したりする。

伊佐が群がる者どもの一人を捕まえて放り投げるとそれがそのまま、ほかの奴にぶつかってピンボールみたいにはじけ飛ぶ。

友恵はまるで剣を八本自在に動かしているような幻影とともに一瞬で相手を切り倒している。それも切った切り口があざやかすぎてまだ組織が動いている。

 どっちにしても細切れなのでなにも問題はない。

島はようやく自分が強いことに気が付く、どんなに敵がこようとも全然苦しくない。体が勝手に動いて敵をなぎ倒していく。

豊村夫妻は、まるでタンゴでも踊るように銃とナイフをどこに忍ばせているのかしらないが二丁拳銃に投げナイフと完全戦いなれた

動きで敵を打ちのめしていく。

 奴らは決して弱くない。

それどころか、武術は神のレベルかそれと同等の魔と呼ばれるものにさえ見える。

完全に当てに行った賢治の拳打がすんぜんですりぬける。

友恵の剣もまるで幻と戦っているように。

島も炎で焼いたはずのやつらが起き上がってくるのに恐怖している。

明らかに武以上の力を持っている。

たとえ、この場に史上最強の武術家がいたとしてそれがまるでコンピュータのバグのように理論だてられた美しい動きに変な誤差を生み出す。

魔、いや魔法か?魔術の類かあるいは奇跡の業か神の力か、やつらは不死身で神の領域にある。

賢治がまた自分のギアを上げた。そう、この中で一番、武によって神の域に到達できるかもしれない男だ。

「賢治、いけえ、私たちはおまえの作った業で突破口を見出す」

「オオオオおおおおおおおお!」

 賢治の拳に何かが宿り始めた。

拳の威力が格段に上がっている。打ち込んだ相手は衝撃が全身を伝わったかのように砕けた。

相手のほうにも容赦がなくなった。だが賢治はその上を行く。

ものすごい勢いで襲い掛かってくるものすごい重量の長柄の武器を相手にまるで木の葉一枚の体重しかないように相手の刃の先にちょんと乗っている。振り払おうとすれば木の葉が回転するように舞ってそのまま姿勢を制御してこんど怪物の頭に。

「中国武術でいう軽身功、体内の気を操り重心を完全に掌握したとき、一本の枝の先にすら留まることができる、人間の4000年の武術が生み出した一つの理想形」

 そうかと思えば、あの長柄の武器の鋭い刃を腕で受けて傷一つない。むしろ武器の方が折れるくらいだ。怪物はたとえ木の葉だろうと鋭い斬撃ならば切断可能だと思ったに違いない。舞っている木の葉をスパっと切ってしまおうとしかしそれはかすかな金属音とともにそれが切断ところかダメージを与えることができない超硬度の物質になっている感覚に襲われる。

「硬気功、己の体を鋼のようにする。今のあいつに武器の攻撃なんて効かない」

 体は木の葉よりも軽くそして、金属よりも硬い。

 そして流れるように相手の懐に入ると零距離からまるで力をいれたようすもないのに手を添えただけで相手の胸を陥没させる。

「寸勁、勁というのは力の出し方のこと、打撃を極めれば相手の体は水の入ったずた袋にもなんにでもできる、神の域にいるものでもそれを食らえばただではすまない」

 そしてそのまま、首を足で挟んで回転する。

ゴキイという音がして相手が倒れる。

「人体と同じ体のつくりをしていれば当然、

投げることも打つことも極めることもできる。

あなたたちは自分が生まれてきた体の弱いところを知るべきだ。しかも今の賢治は神速。

いくらあなたたちでも賢治の速さにはかなわない、さあ、賢治、私はおまえが天源流の奥義まで行けるか見届けてやる!」

 ついには、どうやったかわからないが百歩先の相手が倒れこんだ。そして何かを悟ったかのように

 賢治は、その場で印を組んだ。精神統一をしてまったく攻撃の気配がない。

 敵は狂喜になって攻撃してくる、だがその刃は賢治には当たらない、賢治は避けることさえやめているというのに刃が届かない。

奴らはそれで本性を出した、今まで使っていた武器がみるみるうちに変わっていくあるものは雷を帯び、あるものは炎を操り、あるものは風を呼び込む。そう、彼らが使っていたのは神器。そして彼らの肉体はそれそのものが一つ、異界の者、彼らは特殊な力場を作り出したり森羅万象のすべてを操ることのできる神にも等しい存在なのだ、首を折ったり、

胸を陥没させたくらいでは死なないし、人にはできないことができる。

 そしてその力を初めて見せようとしている。

しかし賢治は、そのまま、ふわっと浮き上がった、風がめちゃくちゃに吹き荒れ、稲妻が賢治の体からほとばしりはじめ、白い聖なる光を帯び始める、そしてその光が一閃、広場にいたすべてのものを薙ぎ払った。

 そしてその光がまた賢治の中に戻っていく

輝かんばかりの肉体、目にはもはやこの世のすべてが見えている。すべてが光のオブジェのようにみえ、そしてどんな攻撃もすべて賢治の前で止まった。

 そして彼らの魔の領域にある炎や稲妻はまるでその意味をなさず、ただものすごい光を放つだけで賢治の体を少しも焼くことができない。そしてそれらをすべてを片手に受けて跳ね返した、者どもは吹き飛んだ、そして賢治が天上に手をかざすと奴らの体の奥から光がほとばしって破裂した。そして広場のすべての敵は倒れた。

「すごい……」

「伊佐、おまえにもみせてやりたい世界がまるで違って見える。だが伊佐、それだからこそ言っておく必要がある。俺たちはどうやら自分の力や周囲の人々という限定された世界で生きてきた。だけどそれでは事の真実には遠く及ばない。世界は広い。それは、写真やニュースで聞いただけでわかるものじゃない。もちろん、俺たちだって苦しい、でも俺たちが抱えている苦しみは上手くいかなくてどうしようもないという苦しみより、むしろなにもすることがないという苦しみだと思う。俺らは出ていかなければいけないんだ。外の世界へ、つまりここではないどこかだ。

そしてこの先に待つ相手にもまた会わなければならないんだ。この先にいるのは人間が敵とみなせる存在じゃない。神のみが相手ができる存在だ。伊佐お前の中にある神の器を使ってここに神を呼ぶんだ。この空間はどこまでも広がっている。そしてここから先、常人では進むことさえ困難だ。伊佐の両親と友恵はここで待機してほしい、島、お前は神だからそばにいてほしい。俺たちは信じるんだ」

「信じる?」

「そうだ、信じる力こそが神の道なんだ。祈りや瞑想、禅や巡礼それらは信じるという人間の根源的な最大の神への賛歌が必要なんだ。

信じよ、みんな、伊佐の両親と友恵、どうか祈っていてほしい、それも半端な祈りじゃだめだ俺たちを本当に神の加護を与えてくれるほどの祈りが必要だ。今世界は試される。人々が信じる心を忘れていなければ、神は人をお見捨てにはならない。さあ、世界の人々よ、

信じよ、悔い改めよ、己と己の友人と己の家族そして隣人を信じよ、今、沈黙するべきときではない。すべての経典に書いてあるとおり神はおわす、信じる神を違えどもその心は同じだ。人としてより良く生きる。この世に神などいはしないとそう仕向けるのが混乱を起こそうとするのが神に対する者たち、つまり悪魔の魂胆なんだ。やつらは人が信じるという行為をすることを恐れる。なぜなら信じてみるだけであらゆる疑問に答えは出ずとも悩むことを捨てて今の自分に必要なことをできるからだ。信じて祈ってください!わたしごときが神をかたるのは千年早いがそれが唯一の最大の恩恵なのだ」

 賢治の言葉がいろんな言語となって広がっていくのが感じられた。まばゆい光に世界中の人々が目の前で起こっている悪魔と神獣との闘いに沈黙をしていたとき、その声はもたらされた。

そして賢治は言った。

「行こう、伊佐」

「ああ、賢治」

「わても忘れないでえな」

「わたし、信じるよ!」

「友恵」

「正直、神様なんてインチキに思えるけど、なにも信じず疑ってばかりいる人生ってなんかとてもいやだもの。それに他ならない二人のためですもの。わたしは信じる!」

「あらあら、私たちはいつだって信じているわ、だって私たちの子供なんですもの、そう、人は誰だって誰かの子供、きっと神様はいうわ、お前は私の子、愛すべき子らなのだ」

「正直、信心深いほうではねえけどな、だけど信じるか、たしかにそれが一番いい。疑って疑って迷い悩むより信じてしまったほうがいい」

「いってきます、お父さん、お母さん」

「おう!」

「ええ!」

 二人と一匹は歩いた、しばらくしてものすごい重圧が押しかかる。

そしてさきほどの織花憑りついた者のような上位にいる者たちが襲ってくる。

しかしそれを伊佐が止める。

「賢治一人に負担させはしない。わたしの本当の力を思い知らせてやろう」

 敵は一瞬の光明から無量大数の攻撃を放ってくる。もはやその一撃一つ一つが神と同等であるように。

だが伊佐には当たらない。まるで伊佐の懐がどんどん、広くなってどれだけ近寄ろうとしても近寄れないようにそして伊佐自身も強く強大になっていた先ほど門の前で見せた、力の片鱗は上位の力を持つ者でさえも金縛りにさせそして卑小なほど弱く見えてしまう。

そして伊佐の二つの両の手にやつらはすっぽり収まってしまうとその両の手がゆっくりと閉じてすべてはつぶされてしまった。

残った者は伊佐に勝ち目がないとわかると賢治の方へだが。

賢治の前ではその光にふれるとまるで焼き滅ぼされるように掻き消えていく。伊佐の体からも光がほとばしりはじめ、島は神の位が上がって金色の光に包まれている。三人の光が強くなるにしたがってこのくらい洞窟は照らされすべてが明瞭に見えてきたそして見えたのは大きな神殿だった。神殿は陰気な空気に満ちていて奥にいくにしたがって、ものすごい魔力のようなものを感じた、そして地に渦巻く渦を見た。

世界の混沌が渦巻いているみたいだ。

 三人はそれに飛び込んだ。

するとあたりは宇宙の真っただ中にいるようだ。

前後左右上下の間隔がなくなり、どこまでも広がっていく銀河の星々が瞬いて見えた。

そこにはあのバハムートよりも巨大な神のような存在がいた。

「われこそが、56億七千万年後の世界に厄災をもたらすものなり!おまえたちが信じる神は国一つ民族一つ違うだけで姿形も形態もなにもかも違う。それでも神を信じるのか?

紛争や戦争をみてそれを神は救ったのか?56億七千万年後の世界になっても救いの手一つ捧げない神を信じ続けられるのか?」

「56億七千万年後の世界、わたしはその時こそ人間がその厄災を取り除くにふさわしい存在になっていることを望む。神は姿を現したり声になって道を導いたりそういうことをしてくれるから神なのではないんだ。奇跡ではなく神を信じ、世界に感謝し、平和を喜び、

争いを嫌う。人間の本性を探り、そして人間の根源的な悩みさえも救い、そして困っている人には食べ物や水を分けて上げ、そうやって良いめぐり合わせを送ってくれる神に感謝する、感謝することで素直で健全な心を養うそれが神のなさる真実ではないか?ならばおまえはなんだ?人を惑わし、混乱に陥れ、暴力で世界を覆い、心を破壊し、人と人のつながりを嫌う。おまえこそ、何故だれからも信じられない?それがお前の一番の不満じゃないか?本当はおまえだって救われたいはずだ。そうだ、神に祈ってはどうだろう、あなただって一人で生きることはできないのだ。

神様がいるから友人を信じられる、恋人を信じられる、家族を信じられる。対立する国の国民も同じように人間なのだと信じられる。

人は信じることをやめてしまった時欺瞞にあふれ人の心はあれ、そして争いを始めるのだ。

さあ、なにを怖がる、どうしてわたしたちに触れようとしない、あなたはこんなに強大なのに」

「わ、我がおそれているというのか」

「あなたの名はなんというのか、あなたは自分の力でこんな洞窟を維持して隠れ潜んでいるだから恐ろしいのだ、光の中の世界が!さあ、私たちの手を取るんだ」

「ひ、ひとつだけ教えてくれ、わたしは何者なのだ。どうしてこんなところに閉じ込められている、なぜ神は私を封印した?」

「それはあなたがそうしたいと心の内で怯えているからだ!」

 三人の体の光は強くなるそしてそのものの

体を包み込む。

 するとその体はぼろぼろになってまるでとまっていた長い時が一気に動き出したように塵になって消えていく。

「わ、われは死ぬのか?」

「ああ、だがまたいくらでもやり直せる。死は恐れることではない」

「そうか、次に生まれるならもっと無力で力を持たないそんな存在がいい。木の実や葉っぱをたくさん食べてああ、それは安らかだろう。お前たちに問う、この世界は好きか?」

「それは必ずしも好きとは言えません。でもどんなひとでもがんばっていることにわたしは誇りをもっている」

「さあ、今ひとときの安らぎを受けるがいい」

 それは、光の泡になって消えていった。

「今度こそ、終わりだ。うちへ帰ろう。伊佐」

「ああ、ああ!賢治、ありがとう。おまえがいなければ私はここまでいけなかった」

 二人は互いを抱きしめ合った。不意に目と目が合って唇が目に止まる。二人は静かに口づけを交わす。

「おいおい、あんさん。人の前でやりますなあ、お熱いこって……」

「島、そういえば恩返しの件、まだだったな」

「ああ、そうやな」

「そうだ、おまえの奇跡で俺たちとみんなをここから出してくれ」

「ふいいい、それはキツイな、でも気張ってみますかあ!」

 大狐は、キューンと吠えるとみんなの体が光につつまれそして気が付くとみんな、特殊作戦用空母「いずな」の甲板に戻っていた。

「あれ、ここは」友恵が不思議がっている。

 伊佐のお父さんとお母さんは娘をほんとに

感心した目で見ている。

「父さん、母さん。やったよ」

 織花が起きだして、明日香が飛びついてきて友恵が涙で顔をぐしゃぐしゃにしてみんなに頭をぽんぽんされて、天光がほほえましげに笑いながら駆け寄って細川さんが静かな面持ちで気が付くとみんなの中にいて友恵の顔をほおずりしている。

島は、それを見てから、ほな、おおきに、

けんちゃん。たまにはあそびにきてくれよ。

と言って空に飛んで空気に溶けていった。

 賢治と伊佐を中心にみんな、互いに抱き合ったりぶつかったりおどけあって、すべてが終わったことに心のそこから感謝した。

そんなときだった。歌が聞こえてくる。

そう、どこからともなく、バハムートもリヴァイアサンも黙示録の獣も赤き竜もいなくなっていまや、全世界の人々が歌っているのだ、神を賛美し人生を喜び、友を尊び、家族を愛す歌を。

それは見事なハーモニーで世界中のあらゆるスピーカーから流れた。

そしてこの日は伝説になった。

この日をみんなで「救われし日」となずけてその日だけはどんな国の戦争や争いもしてはいけなく人生を喜び、神に感謝し友や家族を愛す日になった。


そうそう、それからしばらくして伊佐と賢治が結婚した。

結婚式の式場はまるでオリンピックでもできるんじゃないかってくらいの巨大なドームだ。各国の首脳や宗教家や政治家いろんな人々があつまりそしてまるでお祭りのようだった。

花びらが舞って花火が上がり、いろんなところから様々な民族の音楽が聞こえる。

代表してローマ法王が祝辞を述べる。

「この世界の危機に際してそれを退けた二人とその仲間たちに今日一番の喜びが舞い降りました。私は法王としてではなく一人の人間としてこれを祝い、そしてともに喜びたいと思います」


 するとウエディングドレス姿の伊佐が現れた花さえ恥じらうほどの美しい容貌だ。

「イサさーん、おめでとーう!」

 友恵やみんなが最前列で声をかける、それに少し照れながら伊佐は手を振りかえす。

賢治が燕尾服に身を包みそしてさっそうと

伊佐の体を抱き上げた。

「お、おい賢治」

「みんな、それから島―ありがとな!」

 みんなから歓喜の声が上がる。

島は、ひっそり会場の影からうるうる涙を流してたのを友恵に発見されて前にひきづりだされた。

「さあ、婚姻の指輪を」

賢治が箱に入った指輪を取り出すとそれを

伊佐の指に通す。

 伊佐のおとうさんが涙でぼろぼろになっている。

「まあまあ、お父さん、そうだわ、これからでもおそくないわ、私もう一人くらい子供がほしいわ」

「香苗、おまえ!」

「はいはい」

 お父さんはお母さんの膝でおーいおーい泣き崩れる。

「賢治も大人になったネ、母さん?」

「ええ、でもまだ大学生活が残ってるでしょう?いったいどうするのかしら?」

「それはですね、賢治さんのお母さん」

「あら友恵ちゃん」

「それは、私たちの物語はまだまだつづいていくのですわ。お話はこれでおしまいですけど」

「あー!おまえ、一番いいとことりやがって」

「ほほほ、この天光、そういう抜け目はないのですわ」

「わたし、みんなともっと遊んでいたいわ」

「だから、みんなで同じ大学受けたんじゃん」

「そう、なんだか面白い大学であのあと世界中のさまざまな権威が結集して新たな学びの場を作るって」

「何て名前でしたっけ」

「アカデミアとかなんとか」

「そうそう、外国にあるんだろ」

「知識をいろんな国が共有できるように太平洋の真ん中に人工島を作って立てたんだって」

「へえ、じゃあ、みんなもそこへ」

「うん、なんかパンフレットみてワクワクしちゃった。経済や市場なんかも土地自体がまだまだ発展途上だから本物の市場を使った経済学が学べたりとかすごく先進的なことやってるんだよね。それにいままでの科学技術で

人の個々の可能性なんかも研究されるらしいですよ?」

「わたしのドルイドや古くから伝わる知恵も

再検討されて専門の学科ができるらしいの」

「細川さんならその学科の学院長になれるよ」

「それだけじゃないよ、いろんなスポーツや武術の発展にも貢献しているのよ、わたしは剣道。伊佐さんと賢治さんは天源流の総師範として入学するみたいだし。天光さんはその指揮能力を買われて新しくできる政治学の特別講師に選ばれてるの」

「私が教えるからには各国の政治をよりよく運営するための次世代の指導者を育ててみせますわ」

「でも私はどうなるんだろう、みんなみたいにすごい才能があるわけじゃないし、馬鹿力だけが取り柄なのに」

「なにいってるんです。明日香さんは次期オリンピックの正式選手じゃないですか学園ではもうみんなあなたの話で持ち切りですよ、どうしてあんな怪力ができるのかって運動能力だけでいえばどんな科目の選手にもまけないし」

「まあ、スポーツで負けたことは一度もないけど」

「胸を張ってください明日香さん、あなたが一番イレギュラーなんですから、黙示録の獣と赤き竜を倒した唯一の人物なんですから」

「そういえば、水が届かない荒れた国に運河やろ過した水を流す上水道の研究もやってるんですよ。水が届けば緑が復活する、そしたら戦争もなくなるんじゃないかって」織花さんもなんだか、あれからすこし堂々とするようになった。

「そう、それならお母さんは安心だわ」

「さあ、そろそろ、婚礼のキスだネ、みんな

注目ネ」

 伊佐と賢治は大観衆を見て、ひそかに手をつないでいる。

「なあ、伊佐」

「うん、なんだ賢治」

「こうしていると本当に人生っていいなあって思う、こんな世界に産んでくれた神様には

やっぱり感謝だな」

「それはこっちのセリフだよ、じゃあ、いっちょやろうか」

「あ、ああ」

 伊佐は賢治のちょっと赤くなった顔に唇を奪った。

観衆は大盛り上がり。

拍手が消えないまま、結婚式は晩餐会へ移行していった。

そのときだった、一匹の蝶が会場の上を飛んでいるのをかすかに賢治は見た気がした。

そして微笑んで、伊佐の体を抱きしめた。

まら観衆から拍手があがる。

神様もときには気の利いたことをするらしい。


     おしまい

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