ホーが無法を救う法

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ホーが無法を救う法

 衆議院新人議員、丘茂おかも A美えいみ


 18歳。


 高校中退。


 選挙権だけでなく被選挙権も18歳に引き下げられた2025年の最初の適用当選者が彼女だったのさ。


「でぃ、DVを根絶するという公約に早速取り掛かります!」


 三つ編みおさげに低身長、黒縁メガネ、ほんの少しだけ太い脚で初々しい膿グレーのパンツスーツ、白のワイシャツに清楚な紺のベストに控えめな胸の膨らみが映える彼女は、まだまだたどたどしい口どりで、けれどもきっぱりと初国会で宣言したもんさ!


 そして、その方法が度肝を抜いたのさっ!


「フクロウを、放ちます!」


 国会中継の画面が一瞬ズレるぐらいの怒号が起きたよ。


「ふざけてんのか! 国会は高校じゃねえんだぞ!」

「ちゃんと政治の勉強したのか!」

「世の中の仕組み、わかってんのか!」


 パワハラ、セクハラ、モラハラ。


 議長も止めないし、そーり大臣すら苦笑してたのさ。

 けれども、A美は強かったね。


「わ、わたしは小学校の時からずっといじめに遭ってきました。暴力が嫌いなんです。だから、人生のスタートである家庭におけるDVをなくすことは悲願なんです!」


 この一言で議場が静粛になったよ。

 A美はさあ、いじめや引きこもりで苦しんでる若年無党派層の圧倒的な得票でトップ当選してたのさ。

 議員もその票田が怖いのさ。


「で、フクロウをどうするんですか?」

「は、はい。フクロウにカメラとかGPS機能のあるアップ○ウォッチみたいな首輪をつけて、街をパトロールさせるんです」


 ・・・・・・・・・・


「ハヤテ、ただいま」


 ハヤテっていうのはA美のペットのフクロウさ。

 正確にはアフリカオオコノハズク、っていう種類で、特徴は・・・


「キュン!」


 テレビの音にびっくりして羽をきゅーっ、と細くして身を縮ませるのさ。


「ハヤテはいつまでも臆病だなあ・・・」


 18歳、高校を中退したA美はまだマンションで両親と同居してるよ。父親、母親、A美、それからこのハヤテと4人暮らしさ。

 ハヤテはもともとA美の一人暮らししてたおばあちゃんが飼ってたんだけど、高齢で同居する時に一緒にやってきたのさ。おばあちゃんは去年亡くなったけどね。


「A美。国会中継見てたわよ。いよいよね」

「ありがとう、お母さん。ハヤテが居たから思いつけたの」

「そうねえ・・・わたしもびっくりしたわよ。フクロウにDVの家庭がないかパトロールさせるなんて。議員さんたちは納得は?」

「最後までプライバシーが問題になってたけど、事態は喫緊だって渋々受け入れてもらえた」

「そう。でもフクロウは適任よ。賢くて運動能力が高くて美しくて・・・」


 そこで2人は声を揃えたもんさ。


「誇り高い!」


 まだまだA美はかわいい女の子だよ。


 ・・・・・・・・・・・・


「まずはトライアルということで、訓練されたフクロウ5羽をわたしの選挙区である豊島区でパトロールさせます。みなさん、ご協力お願いします」


 A美には味方がいるのさ。

 フリースクールに通う子たちさ。


「A美ちゃん、わたしはどの子?」

「ハヤテを頼むわ」

「やった!」


 ハヤテのパトロール担当は小学2年生のレイサちゃんに決まったよ。レイサちゃんもDVのせいでずっと学校に行けなくて、今はフリースクールで復帰の準備中さ。


「ハヤテ、GO!」


 記念すべきパトロール初日。

 A美に付き添われてレイサちゃんは大塚の青空にハヤテを解き放ったよ。


 見事だったさ。


 役目はDVの監視だけどさ、静かに、けれどもスピード速く、ビルの隙間すら高速移動する敏捷なその身のこなしはまるで美しい映画のワンシーンのようだったよ。


「小学生の女の子にやらせるなんて!」


 意外なことに噛み付いてきたのはアスリート出身の女性議員だったのさ。

 でもA美はひるまなかったね。


「で、では、これまでに成人男女がDVやいじめ根絶のために実効を挙げた客観的データを示してください!」


 ぐうの音も出なかったさ。


 ハヤテを入れた5羽のフクロウたちはすぐに街の人気者になったよ。


「ハヤテー、DV無くしてねー!」


 道すがら応援してくれる幼稚園の子たちがDVって言葉を自然に使うのさ。


 こういうシーンを見てまだ小さな子をいたぶろうなんて大人がいたら、この国はもう終わりさ。


 トライアルは順調に進んだよ。もちろん安全性の面で小さなトラブルも指摘されたけど調整しながら進めてこられたよ。

 そしてなんと2件のDVを発見して児童相談所と連携、幼い命を救うって最高の成果も挙げたのさ!


「レイサちゃん、ハヤテのこと、好き?」

「うん、好き! だってかわいいしとっても賢いもん!」

「でも、臆病だよ?」

「そんなことないよ。ハヤテは勇敢だもん!」


 トライアルの最終日。

 今日を乗り切ればついにフクロウ・パトロールが法制化されるっていうその日、いつものようにA美とレイサちゃんは大塚駅から大塚公園へとやってきたのさ。

 レイサちゃんはハヤテを入れたケージを手に提げて。


「レイサちゃん、本当にありがとうね。いよいよあと1日ね」


 A美が話しかけるけど、レイサちゃんの体は固まったままさ。

 A美が不思議に思って見おろすと、レイサちゃんはまっすぐ噴水の方を見てたのさ。

 そして、レイサちゃんは、いやいやをするようにスニーカーをタンタンしてたさ。

 ハヤテもケージの中でガタガタと羽を羽ばたかせてるのさ。


「A美ちゃん、あの子、危ないよ!」


 A美もその光景を信じられなかったのさ。


 幼稚園ぐらいの小さな女の子が泣いてる。


 その前にはタバコを吸う男。多分、父親。


 父親が、タバコの火を、女の子の手の甲に近づけてるのさ。


 A美はレイサちゃんの持つケージに倒れこむようにすがり、ハヤテを解き放った!


「ハヤテ、GOーっ!!」

「ピーーーッ!!」


 ハヤテは弾丸バレットのように飛んださ!


「げえっ!」


 父親の手に爪を食い込ませ、女の子を救った!


 レイサちゃんは泣いてた。


「ハヤテ、ありがとう・・・」


 A美はすぐに救急車を呼び、それから警察も呼んだ。


 そして、ハヤテの殺処分が決定したのさ。


「なんで!? どうしてっ!?」


 殺処分の日、レイサちゃんは泣き叫んだ。A美はこう言うしかなかったさ。


「・・・ヒトに危害を加えたからよ」

「あんなの、ヒトじゃないよっ!」


 そう、同感さ。

 ハヤテの方が、よっぽどさ。


 でも、それだけじゃないのさ。


「フクロウを使用したDVのパトロールに関する法案は否決されました」


 議長の事務的な言葉を背に、国会議事堂の、正面の道にふらふらと出てきたA美は青空を見上げて、立ち尽くしたのさ。


「ハヤテ・・・!」


 真上に向けた両目から、A美は涙をあらん限り溢れさせたのさ。

 泣きに泣いたのさ!

 けれども、声は押し殺して。


「A美さん、わたしたちがやります!」


 突然聞こえた声にA美は涙でぼやけた視界を、ゴシゴシ手でこすりながら見たのさ。


「わたしたちが、パトロールします! 日本じゅうの家庭が暖かくて笑顔溢れる家になるまで!」


 それは、レイサちゃんやフリースクールに通うDV被害の子たちの里親たちだったのさ。


 レイサちゃんを引き取ってくれた新しい両親が、声高らかに宣言したのさ!


「みなさん・・・ありがとうございます」


 A美はもう一度青空を見上げて、泣いたよ。

 今度は声あげてわんわんとねえ!


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