飛べ! 福郎くん!

宇部 松清

福郎くんにお願い

『福郎くん、今日もお願い』


 そんな声が聞こえる。


 ホホホ、お任せあれ。


 宙に舞う一通の手紙を、はっし、とくちばしで捕らえると、自慢の羽をばさりと広げ、わたしは飛んだ。


 すいすいと網のように張り巡らされた狭い通路を迷うことなく飛ぶ。ここを右、ここを左、もう一回左、しばらくまっすぐ、最後に右、と。


 そうして目的のところへたどり着くと、地面に下り、とことこと歩いて、咥えてきたものを、つい、と差し出すのだ。すると、ぷかぷかと浮かんでいる『カーソル』がそれを捕まえてくれる。これでわたしの任務は完了。


 ふぅ、我ながら、今回も完璧な仕事ぶりであった。


 と、気を抜くわけにはいかない。


 大体の場合、『仕事』は1回では終わらないからだ。


 わたしは一度『画面』の外で待とうか、と直立不動のまま考えたが、どうやらこの依頼人は仕事が早いタイプの人間らしい。いや、それとも『定型文』でもあるのだろうか。わたしにはその内容を覗く権利なんてないからわからない。


 だけど、先程の差出人は文面を完成させてからも、ややしばらく『←』をうろうろさせていたのである。これで良いかな、ちゃんと返事来るかな、なんて考えているのが伝わってくる。


 もちろん、相手が返事をしたためるならば、それは責任をもってこのわたし、福郎くんが届けましょうぞ。


 そんなわたしの声が届くことはないんだけど。


 申し遅れたが、わたしの名前は『福郎くん』。あけぼの文具堂という会社のメールシステムに住んでいる。もう随分前に『アソビゴコロノアル・エンジニア』という男によってわたしは作られた。


 ひとり一台支給されるノートパソコンのデスクトップ、そこに『MAIL』という白い封筒のアイコンがあるだろう? そう、その、真っ赤なハートのシールで封がされているやつだ。そこをクリックするのだ。そうすれば、メールの作成画面が、ぱっ、と開く。わたしはその右上、画面の端からにょきりと伸びる枝の上にちょこんととまっている。


 うんうん、『←』で少し触れてくれても構わない。わたしは撫でられるのも大好き。真ん丸の目を、きゅっ、と細めているのがわかるかな? こんな表情もなかなかキュートだろう? 『アソビゴコロノアル・エンジニア』氏は、わたしが単なる配達屋ではなく、皆から愛されるようにと、機能もつけてくれたのである。

 例えば――、


 おお、おお、あまり長いこといじられるのは……いささかくすぐったい……!


 ――クワッ!!! もう限界っ!! 


 長時間『←』で撫でると、わたしは顔を真っ赤にして羽をばさばさと動かし、怒り出すのだ。そして、『←』が離れると、乱れた羽毛をちょいちょいと手入れする。


 最初にこれを発見した社員は「おい皆! 福郎くんが怒ったぞ!」と立ち上がって声を上げたものだ。何だ何だ、と人が集まり、皆してわたしを撫でまくるものだから、いやはや、あの時は本当に辟易した。


 しかし、諸君。

 わたしにはまだまだ隠れた機能があるのだよ。何せわたしを作ったのは、あの『アソビゴコロノアル・エンジニア』氏なのだ。


 なぁに、難しいことではない。

 例えば、足を右、左、右、と触れるだとか、

 あるいは『←』をわたしの目の近くでくるくると動かしてみるだとか、

 それから、ふふふ、これはとっておき。実はメール作成画面を20分ほど出しっぱなしにすると――、


 いや、よそう。

 わたしは所詮メールシステム。

 諸君らの業務を妨害するのが目的ではないのだ。


 でも、そうだな。

 もし、もしも、ついうっかり、休憩中にでもメール画面を出しっぱなしにしていたら、だ。


 画面の下、そう、右端からピンク色のハートが現れるのだ。そいつは、ぽいんぽいんと弾みながら左端へと移動する。さぁ、諸君。これが何かわかるかね。


 実は、それはわたしのご飯なのだ。

 わたしはそれを見つけると、まずは少々泳がせておく。ハートそいつが真ん中辺りを通過したところで、羽を広げ、目にも止まらぬ速さで獲物を捕らえるのである。ふふん、どうかね、この華麗な狩り。


 しかし、気付いてくれる者がいないので、わたしの食事はいつも画面の外だ。本当は皆にも見せてやりたいのだが、メール作成画面というのは、そんなに長時間出しっぱなしにするものではないらしい。

 いつか誰かに気付いてもらいたい、そんなことを考えたりするわたしだ。

 

 楽しみはあるのかって?

 そりゃあ、ありますとも。ホホホ。


 わたしにはね、そのキーボードを通じて、諸君らの心の声が聞こえてくるんだよ。さっきもね、『飛べ、福郎くん! 健闘を祈る!』なんて聞こえてきた。お任せあれ、ホホホ、ホーウ。


 これでもね、わたしは、社内ではキューピッドなんて言われてたりもするのだ。


 実はこのメールシステム、わたしを消すことも出来るんだ。表示をOFFにすれば良い。それだけ。

 だけどね、それまでOFFにしていた人でも、好きな人に送るメールは必ずわたしをONにするんだよ。そして、『お願い、福郎くん』なんて願いを込めて送信する。内容はきっと会議の連絡とか、書類の確認とか、そんなものだと思うけどね。


 だからわたしは、差出人の想いも乗せてメールを届けるんだ。伝わらないかもしれないけどね。でも、届けーって、一生懸命念じるよ。


 そしたらね、気付けば2人の距離は縮まってるってわけ。まったくやりがいのある仕事だよ。


 わたしの予想だとね、この2人ももうすぐだよ。いまは差出人の方が一方的に好意を持っているだけみたいだけどね。うん、きっともうすぐ。


 わたしはこの画面の中でこっそり応援しているよ。

 だからもし、諸君も、社内に気になる子がいたら、わたしの表示をONにしてくれたまえ。恋の切り札福郎くんが、諸君の恋を応援するからね。


 ただし、私用のメールはご法度だよ。

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