第6話 まずは交渉から

「ところで、なぜあんな誰かぶっ殺してやるみたいな空気を放ちながら、ここにきたの?」

 隣国への出発準備が進む中、僕は使節団の一人に問いかけた。

「ああ、申し訳ない。我々にとって、ドラゴンは倒すべき敵という存在。つい力が入ってしまったのだ」

「ああ、なるほど。よくある事だ。安心して、ここの子は変な事はしないから」

 僕はその使者の一人に笑みを送った。

「そのようで安心した。何しろ、天下のアルス竜騎士団だからな」

 その人は小さく笑い、僕の前から去っていった。

「まあ、ドラゴンって聞くとみんな目くじら立てて倒そうって頑張るもんね。こんないい子、なかなかいないのにさ」

 僕はみんなが出発準備を進めるのを眺めながら、僕は笑った。


 アルスの城を発った僕たちは、隣国のディーンに向かって、空を進んでいた。

 問題が起きた金鉱は深い山の中にあると聞いている。

 出発時に夕方になっていた空は、すっかり夜になっていた。

「うん、編隊に乱れなし。問題ないね」

 魔法で飛ぶ使節団の後に竜騎士の一群が続き、いつも通り背後に僕はいた。

 夜闇の中で滅多にいかない国外の景色がみえないのは残念だったが、お互いの衝突防止のために焚いてるカンテラのオレンジ色の火を眺めているのも、決して悪いものではなかった。

 どれほど飛んだ頃か、先頭を進んでいた外交団が空中に止まった。

「おっ、着いたかな……」

 僕が呟いた時、前方で火薬が爆発した小さな音が聞こえ、一筋の光が夜空に上がった。

「よし、きた。仕事仕事」

 僕は笑みを浮かべ、ファルセットを一気に地上に向けて降下させた。

「……ほかにあれしかないよね」

 夜は危険な山間部の低空飛行をしていると、山の中に明かりで点のように浮かび上がった箇所があった。

 これこそが、問題の金鉱としか判断できなかった。

 僕はそこを目がけて降下して、洞窟のようなものの前に着地すると同時に、埃っぽい地面に飛び降りた。

 なにかの機械音やら爆音やらが響く中、たまたま洞窟の外でなにかやっていた、ずんぐりむっくりな体格ですぐにドワーフと分かった数名が、僕を素早く取り囲んだ。

「なに、なんか派手な事をやったみたいだけど?」

 僕はドワーフたちが使う言語で問いかけた。

「なに、大した事ではない。人間が地底の世界に手出ししているのでな、ただ取り返したに過ぎん」

 返ってきた言葉に、僕は頭を抱えたくなった。

「……地底のドワーフに森のエルフか。こりゃ厄介だぞ」

 ドワーフという種族は地底を好むというより、自分たちの世界だと思っている。

 この金鉱を、自分たちの住処を脅かすものと捉えたのだろう。

 ついでいえば、ドワーフたちが作る金属製品は高値で売れるため、その辺の絡みもあるはずだだった。

「ところで、お前はなんだ。ここにいた人間共は、せいぜい蹴飛ばすくらいでなるべく平和的に追い出したはずだが、わざわざ戻ってきたということは、たった一人で取り返しにでもきたか?」

 囲んでいた五人ほどが笑い声を上げた。

「コホン、僕たちは争いを望みません。返せとはいいません、この地を貸して頂けませんか。まずは、その意志だけでも確認させてください」

 僕がいうと五人は怪訝な顔をした。

「貸すだと?」

「はい、ここで働く者にとっても、ここは大切な場所なのです。どうでしょうか?」

 僕が小さく息を吐くと、ドワーフたちは笑った。

「面白い事をいう人間がいたもんだが、お頭に確認するまでもないな」

「全くだ。とっとと……」

 僕はため息を吐き、腰に下げていた信号弾を手に取って上空に向けて撃ち上げた。

「……後悔しても遅いよ。選択肢は出したからね」

 僕は呟くと、素早くファルセットに飛び乗って上空に舞い上がった。

 それと入れかわるように上空で待機していた一団が、一斉に洞窟前に殺到した。

 竜騎士といっても、ドラゴンに乗ったまま戦う事は滅多にない。

 今回も地上でドラゴンから飛び降り、後は徒歩での戦闘だ。

 まさか、洞窟にドラゴンで突っ込むわけにはいかないだろう。

「さて……あとはみんなの無事を願ってだね。ドワーフ相手に、貸してくれじゃ無理だったかな。他に出てこなかったし、結局避けられない争いだったかな」

 空に戻って来たドラゴンたちを笛で操り隊列を整えると、僕は大きくため息を吐いた。

 状況が許せば、まずは交渉で。

 それが、アルス王国竜騎士団のやり方であり、真っ先に突入するのが僕の役割だった。

「ドラゴンと『交渉』するのは得意なんだけどねぇ……なかなか難しいや」

 僕は苦笑して、朝日が上ってきた空を眺めたのだった。

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