第3話 これが一日です

 メッセンジャーの仕事を終え、アルス王国の城に戻ったのは昼頃だった。

「こんな時間じゃみんな訓練か。手早く片付けないと」

 僕はそこらにあったパンで昼食を済ませ、小屋の側に立ち並ぶ厩舎の掃除に掛かった。

 それほど汚れているわけではないが、なにしろ広大な敷地だ。

 掃除と一緒にまだ戦列に並んでいない訓練中の子や、体調が悪くて訓練を控えている子の様子を見る事も忘れない

「よし、こんなもんかな。さてと、いい加減寝ないとね」

 日常の仕事を終えると、日はもうだいぶ夕方に近くなっていた。

 それに気がつくと、途端に押し寄せてきた疲労感と睡魔に僕はため息を吐いた。

「先に寝てからやるべきだったかも……。い、いや、それじゃみんな帰ってきちゃって掃除が出来ないか」

 僕はあくびをかみ殺し、作業用のオンボロな荷馬車に乗った。

 ここは広すぎて歩きで作業するのは、あまり賢い選択ではなかった。

 半分寝たまま、馬車に任せて小屋に戻ると、僕はフラフラとベッドに倒れ込んだ。

「さて、帰ってきてからが大騒ぎなんだよね。それまで、ささっと寝ちゃおう」

 僕はベッドに仰向けに横になり、一人小さく笑った。


 夕方になって、訓練に出ていたみんなが戻ってきた。

 ドラゴンは滅多に鳴き声を上げないので、うるさいのは人間の方だった。

 僕は馬車で並ぶ厩舎を駆け回り、みんなの不平不満を聞いてはドラゴンの様子を診て回った。

「おい、全然速度が乗らないぞ。コイツ、どっか調子悪いんだろ?」

「うーん、診たところ特に異常はないよ。下手くそなだけでしょ」

 僕は小さく笑いながら、同時にしゃがむと、あたまの上を拳と腕が通過した。

「へぇ、こっちはバッチリじゃん。まあ、その程度じゃ僕には当たらないけどね」

 僕は笑って馬車に飛び乗って、一目散に逃げ出した。

「テメェ、待ちやがれ!!」

 背後でそんな怒鳴り声が聞こえたが、当然待つわけがない。

「全く、元気がいいねぇ。いいことだ」

 まあ、元々血の気が多い集団だ。

 時々、訓練でアツくなったったようで、殴り合いの喧嘩をしている者もいたが、後を引かないのであれば、こういう事もまたありだろう。

 全厩舎を回って小屋に戻ると、二十近くある隊の訓練報告書が机に山積みになっていた。

「これこそが大事ってね」

 僕は椅子に座り、報告書の山に飛びついた。

「さっきみたいに、個人の報告は当てにならないんだよね……」

 報告書には訓練で起きた事が、隊長目線で細かく書かれている。

 もし、ドラゴンについて全て任されている僕が、報告書を読んで飛行禁止といえばそのドラゴンは飛ぶ事が許されない。

 もちろん、悪用なんてしたことはないが、こうみえて結構大事な事をやっていたりするのだ。

「……異常はないね。サインしてっと」

 もちろん、竜騎士自身もそれなりにドラゴンには詳しいが、自慢するわけじゃなく事実として僕には勝てない。

 訓練報告だけで、どのドラゴンになにがあったかは大体把握できた。

「よし、問題ないね。平和が一番!!」

 僕は報告書を各隊ごとに束ね、机の上に置いた。

 これで、あとで暇になった竜騎士団長が取りにくればいい。

 簡単なようだけど、ここでドラゴンの異常を見落としたりしたら、ドラゴンも乗ってる竜騎士も命が危ないのだ。

 決して、気を抜いてはいけない作業だった。

「よし、終わったぞ。ファルセットと飛ぶのもいいけど、たまには休憩しよう」

 僕は小さく笑い、お気に入りの紅茶を淹れるべく、コンロの種火に薪をくべた。

 これが、特に何もない日の変わり映えしない出来事だった。

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