第8話:Bパート

 船長室でパイロットスーツの装着に悪戦苦闘していたレイチェルだったが、何とか装着することに成功していた。鏡の前で装着の具合を確かめていたレイチェルだったが、ため息をつく。


「このスーツ、お尻と胸が窮屈ですわね。また育ったのかしら」


 ウェットスーツのような素材でできている気密タイプのスーツは、プロポーション抜群のレイチェルには窮屈に感じられた。実際、父親であるヴィクターがスーツを作る際に使用したデータより、今のレイチェルは微妙にサイズが異なっていた。それは、アルテローゼに搭乗するためにパイロットとしてのフィジカルトレーニングを行った結果であった。しかし、肉体的に引き締まったのはウェストサイズだけで、バストとヒップのサイズがアップしてしまったと知れば、他の女性から嫉妬の目で見られること請け合いであった。


「そんな事言っている場合ではありませんわ。急がないと。…アイラさんは、そのまま寝ててくださいね」


 アイラがまだベッドで寝ていることを確認し、レイチェルは船長室のドアを開けた。


 そのドアが開くと同時に、通路から複数の男女が室内になだれ込んできた。


「きゃぁ!」


 レイチェルは、戦闘の男に突き飛ばされて、室内に押し戻される。倒れなかったのは、レイチェルの運動神経のたまものであった。金髪ドリルでお嬢様風の容姿のくせに、レイチェルの運動神経はとても良かった。伊達に有人機動兵器のパイロットとして類い希な適正を持っているわけではないのだ。


「おとなしくしてもらおう」


「そうすれば、貴方に危害は加えません」


 部屋になだれ込んできたのは、マーズ海運会社の社員五名…男性四人に女性一人の構成であった。そして彼らはどこで入手したのか、その手に拳銃を構えていた。


「貴方たちは、マーズ海運会社の社員では? この状況で、一体どうしたのです?」


「我々は火星革命戦線のメンバー、そしてレイチェル・エルゼレッド…つまり、君を拉致しにきたのだ。おとなしく我々に付いてきてもらおう」


 レイチェルの問いかけに対して、リーダーと思われる三十代ぐらいの男性社員が、レイチェルに拳銃を向けて恫喝する。


「火星革命戦線? マーズ海運会社の社員ではなかったのですか?」


「ふふっ、もちろんマーズ海運会社の社員だよ。だが、それは生活のための仮の姿であり、本来は革命の独立に命を捧げる革命戦士なのだ」


 リーダーの言葉に、残りのメンバーも頷く。男性は真剣な顔をしていたが、唯一の女性は少し苦笑いしていた。男性は革命軍のシンパのようだったが、女性はどうも違っているようだった。


「それで、その火星解放戦線の方が、私に何のようなのです? 今は取り込んでますの」


火星革命戦線・・・・・・だ! …先ほども言ったように、君を拉致しにきたのだ。おとなしく我々と同行してもらおうか」


 リーダーはレイチェルの間違いを訂正すると、脅迫するように銃を向ける。他のメンバーも銃をゆだんなく構えていた。


「…今、火星タコがこの船に向かってきてますの。その状況で、私を拉致すると…。そんな事が可能なのですか。どうやって船から逃げ出すおつもりなのですか?」


「取りあえず、両手を挙げてもらおうか。おっと、ヘルメットには触るなよ。…それと、火星タコがこの船を襲ってくるのは想定内なのだ。火星タコの襲撃、それが我々が行動を起こす合図だったのだ」


 レイチェルが妙な行動を取らないように両手を挙げさせると、リーダーが自慢げにそう教えてくれた。


「(つまり火星タコの襲撃は、革命軍が仕組んだことなのですか? まさか、革命軍は火星タコを操れるとは思えませんが…。それで、火星タコの襲撃に便乗したとして、船からどやって逃げだすつもりなのでしょう?)」


 レイチェルは、黙ってリーダーの話を聞くフリをして残りのメンバーの様子を伺うが、五対一の状況ではレイチェルが逃げ出す隙など見つからなかった。


「(しかしヘルメットを被っていなかったのは失敗ですわ。何とか外に連絡できれば、この状況も打開できるのですが…)」


 ヘルメットを被っていれば、レイフや巡航船のAIと連絡が付くのだが、今は被っていなかった。しかも船長室はセキュリティが高いため、通信端末もレイチェルが操作しないとこちらから音声を送れないのだ。今の船長室の状況をレイフやディビット達が把握できない状態であった。


「まあ、お喋りはこのぐらいにして、さっさとこちらに来てもらおうか。そのまま、動くなよ。おい、さっさと拘束するんだ」


 リーダーが背後の男に命じる。二十代に見える若い男は、拳銃を隣の男性に渡して手錠を取り出すと、レイチェルに近づいてきた。もちろん手錠をかけるのはレイチェルの両手だろう。そうなってしまっては、レイチェルが彼らから逃げ出すのは難しくなる。


「(手錠あれを付けられる前に何とかしないと。…そうですわね、あの男性が近づいた時がチャンスですわ)」


「申し訳ないけど、拘束させてもらうね」


 若い男は、レイチェルの美貌とスタイルに視線が釘付けであった。何しろそして、パイロットスーツはウェットスーツのように体の線がもろに出てしまうデザインなのだ。女性に慣れていなそうな若い男には、正に目の毒である。若い男は、自分の視線がレイチェルの体に釘付けになるのを恥じて、目をそらしながら手を取った。


「(ここですわ…)い、痛い」


 レイチェルは、若い男が手を握るのと同時に、痛がる振りをする。


「ごめん、痛かった?」


 若い男は、慌てて手を離してレイチェルに頭を下げで謝るが、それは彼女が反撃をするための絶好の機会であった。


「えぃっ!」


「えっ! 何をするんだ」


 レイチェルは、若い男の手を逆に捉えると逆手にとって自分の正面で固める体勢に持っていった。つまり、レイチェルは若い男を盾にしたのだ。こうすればリーダーや他の連中は、若い男に当たるのを恐れて銃を撃てない。この体術は、火星まで乗ってきた宇宙船内で教わった護身術の応用である。しかし、幾ら護身術を習ったとはいえ、この場面でそれを実践できるレイチェルもさすがである。


「お退きなさい」


「いてて、やめて、撃たないで~」


 レイチェルは若い男を盾にすると、船長室のドアを目指して突進する。


「馬鹿野郎、何をやっているんだ」


 リーダーが焦って銃を構えるが、若い男が邪魔でレイチェルを狙えない。残りの三名も、狭い部屋の中で男を盾にしたレイチェルに銃を向けるが撃てなかった。いや、元々レイチェルを拉致するのが目的なのだから、撃てるわけがなかった。つまり、レイチェルは彼等が銃を撃てないことを見越していたのだ。


 レイチェルは、盾にした若い男をリーダーにぶつけ、倒れる二人を飛び越えた。そして船長室のドアにたどり着く。


 レイチェルが、ドアの開閉スイッチに手を伸ばしたが、その手はそこで止まってしまった。


 何故レイチェルが手を止めてしまったのかというと


「この子の命が大事なら、おとなしくしなさい」


 唯一の女性が、ベッドに眠るアイラに銃を向けてそう叫んだのを聞いたからであった。男性がおたおたとする中、彼女は冷静にレイチェルを押さえるために行動していた。


「(あの女性は油断がなりませんわね) 卑怯ですわ。それにアイラさんは貴方方の仲間ではなくて?」


「大義の為には、我々は卑怯にでもらっきょうにでもなってみせるのだ。アイラには悪いが、君をおとなしくするための人質になってもらおう」


 リーダーがなぜか親父ギャグを入れてくるが、それで場が和んだり、しらけたりするような状況ではなかった。リーダーは男から手錠を受け取ると、レイチェルに近寄った。


「今度は余計なまねはするなよ」


 アイラを人質に取られたレイチェルには、頷く以外の選択子はなかった。



 ◇



 アイラを人質にされ、抵抗できなくなったレイチェルは、手錠をかけられた。アイラは眠っている間に毛布でグルグルと簀巻きにされてしまった。

 アイラは途中で目を覚まして、「な、なんだよお前達は」と騒ぎ立てたが、


「我々は、火星革命戦線のメンバーだ。サトシの命令で任務を遂行中だ」


 とリーダーが言うと、おとなしくなってしまった。


「あたいを助けに来てくれたの?」


「いや、この娘の確保が任務だ。お前アイラについては、サトシリーダーから特に何も聞いてない。大体、お前がこの船に乗っていたことは、想定外なのだ。とにかく我々の邪魔をしないようにしていろ」


 とリーダーは冷たくアイラにそう言った。


「そんな、サトシはあたいのことを見捨てたの…」


 アイラは、サトシに見捨てられたと感じたのか、うなだれてしまった。

 歩く気力も無く、人形のように立ち尽くすアイラは、簀巻きの状態のまま大柄な男性メンバーの肩に担がれてしまった。


「あと少しで火星タコがこの船に取り付く。そのタイミングでこの船から脱出するぞ」


「了解」x4


 リーダーは手のウォッチ型端末を見て、全員に脱出タイミングを伝える。


「一体どうやってこの船から脱出するおつもりなのかしら? もしかして救命ボートを使うつもりなのかしら。よるの海にあんな小舟で乗り出すとか、危険ですわよ」


「ふふ、救命ボートそんなもので逃げ出してどうする。あっという間に追いつかれてしまうだろ」


「では、一体どうやって逃げ出すのかしら」


「それは見てのお楽しみだ」


 リーダーは、薄笑いを浮かべてレイチェルの質問をはぐらかした。


「(脱出には、何か特別な手段を準備していると言うことなのかしら。でもそんな物があれば、レイフや武装偵察小隊の方達が見逃すわけはないと思うのですが…)」


 レイチェルは、リーダーの自信ありげな態度を不審に感じた。レイフは別格としても、ちゃらんぽらんに見える武装偵察小隊のメンバーは、意外にも兵士としての能力は高いのだ。彼らが愚連隊扱いされているのは上司への不服従が原因であり、そんな兵士であっても軍隊にとどめておくほど、小隊の面々は、各分野でのスペシャリストである。そんな彼らが見通しのよい海上で敵を見逃すとは思えなかった。


「そろそろお喋りの時間は終わりだな。ヘルメットの通信機は壊したな、よしヘルメットを被らせろ」


 パイロットスーツのヘルメットは、通信できないように細工されてしまった。機密性の高いヘルメットを被ってしまうと、声が外に聞こえなくなってしまった。これでは部屋を出て声を上げてもレイフに声は届かないだろう。


「(レイフ、どうすれば良いの)」


 状況は、レイチェルにとってどんどん不利な方向に進んでいくが、彼女には打てる手がなかった。



 ◇



『(ええい、レイチェルは何をやっているんだ。幾ら女性の準備着替えが遅いと言っても、限度があるぞ)』


 アルテローゼの中で、レイフはなかなかレイチェルが来ないことに焦りを覚えていた。何しろ船に近づいてくるのはあの・・クラーケンである。もしレイフの知っている魔獣のクラーケンであれば、この鉄の船とて簡単に沈められてしまうのだ。


『ホァンに任せず、儂が整備用ロボットを操って、行くべきだった』


 アルテローゼレイフはそう言って、手近の整備用ロボットを操ろうとしたところで、そのロボットがいなくなっていることに気づいた。


『ん、整備用ロボットは、何処に消えた。それにマーズ海運会社の社員達も何時の間にかいなくなっているぞ』


 火星タコとレイチェルに気を取られている間に、つい先ほどまでアルテローゼの装備状況をチェックしていた、マーズ海運会社の社員の姿も見えなくなっていた。


『もしかして火星タコとの戦いが始まるから、船室に戻ったのか?』


 レイフが、社員達の動きをモニターすると、彼らは艦橋に向かっていた。


『事前の打ち合わせでは、火星タコとの戦いの間は船室に待機する手はずになっていたはずだが。あの者達の動きは、何かおかしいぞ』


 レイフは、社員達のその動きに不審な物を感じとった。監視カメラでその姿を捉えると、彼らは銃を持って、艦橋に向かう通路を走っていた。


『これは、もしかして反乱…いや彼奴らはもしかして革命軍なのか? ディビット、今艦橋に敵が向かっている。何とかするんだ』


「はぁ、敵って火星タコが来るのは分かってるぞ。レイフは何を言ってるんだ?」


火星タコが向かっているのは分かってるって。レイチェルさんはまだなのか?」


 ディビット達は、敵=火星タコと勘違いしているようで、レイフの忠告に「何言ってるんだ?」という対応であった。


『とにかく、これを見るんだ』


「ん? どうして社員の人達が…って、彼奴ら銃を持っているじゃないか」


「え、マジ?」


「あちゃ、ディビットがカードでカモったから、怒ったんじゃないの?」


「馬鹿なこと言ってる場合じゃないぞ。多分アイツら革命軍だ。マーズ海運会社は革命軍に協力していたんだよ」


 レイフは、艦橋のモニターに監視カメラの画像を流す。それを見たディビット達は、社員達が実は革命軍の兵士であることにようやく気づいた。


『儂が緊急隔壁を下ろす。しかし、隔壁を手動で解除するのは、AIから止められないが、時間稼ぎにはなるだろう。それまでに火星タコを何とかする方法を考えてくれ』


 レイフは、そうディビットに伝えると、艦橋に続く通路の隔壁を閉じるようにAIに命令する。


『なっ、閉まらないだと』


 一体どのような仕掛けをされたのか、隔壁はAIからの支持に反応しなかった。


「なんてこった。こりゃ、ハードウェアに色々細工されているじゃないか」


 ディビットが監視カメラの画像を見て、隔壁の制御コンソールが細工されている事に気づいた。しかも、レイフはディビットに気付かれないように、隔壁を閉めようとするまでAIに警告が出ないような凝った細工がなされていた。マーズ海運会社から艦船に詳しいと紹介されていたが、確かに彼等はその手のエキスパートだったようだ。


『うーむ、その手の仕掛けでは儂にはお手上げだな』


 レイフはAIを制御することはできても、この世界のハードウェアに詳しくはないため、そのことに気づけなかった。ディビットがチェックしていればそれに気づけたのだろうが、彼は巡視船の制御にかかり切りで、それをマーズ海運会社の社員達に任せていた。その社員達が小細工をしたのであれば、たとえAIが指揮下にあっても気づかないのは当然であった。


「これはまずいな、このままじゃ直ぐに艦橋にやってくるぞ。艦橋のドアは…さすがに細工されていないか。取りあえずロックしたが、何時まで持ちこたえられるか分からないぞ」


 艦橋の前にたどり着いた革命軍の兵士は、ドアがロックされていることに気づく。しかしそのことも彼らは予想済みで、用意していたレーザーカッター取り出し、ドアの切断を開始した。軍艦のドアは頑丈だが、レーザーカッターの切断に耐えられるだけの強度はない。つまり、ドアが破壊されるのは時間の問題と言うことだった。


「まさか、生身で戦う羽目になるとはな~」


「これを撃つのは、新兵の訓練以来じゃないか?」


「トホホ、拳銃の残弾殆ど無いぞ」


 ディビット達は、護身用の拳銃を持っていた。それを抜くと椅子やコンソールの影に隠れて、ドアが焼き切られ、革命軍が入ってくるのを今かと待ち構えることになった。



 ◇



 その頃、レイチェルを迎えに行ったホァンは、もう少しで船長室にたどり着くところだった。


「レイチェルさんは、何をしてるのかな~。もしかしてまだ着替え中とか…。背中のファスナーが上がらないのなら僕がお手伝いしますよ~」


 何も知らないホァンは、脳天気にそんな事を考えていた。ちなみに、パイロットスーツに背中のファスナーはない。


 浮かれている彼は、そのままノックもせずに船長室のドアを開いた。ホァンは、ドアがロックされていると分かっていたのだが、もしかしてというスケベ心で、手が勝手に動いてしまったのだ。


「あれ、開いちゃった? って、皆さん、何をやってるんですか?」


 ドアが開いたことに驚いたホァンは、そこでレイチェルを拘束してる社員達改め革命軍の兵士と相対する。


 火星タコが船に取り付いてから、船長室を出るという計画であった兵士達は、突然現れたホァンに驚いた。レイフに気づかれないように船長室に閉じこもっていたため、ホァンの接近に全く気づいていなかったのだ。


 真っ先に行動したのは、レイチェルだった。彼女はアイラを抱えていた巨漢の男に、体当たりと足払いをかけて引き倒した。


 「うぉっ」とうめき声を上げて倒れる巨漢の男は、女性と若い男性を巻き込んで倒れ込む。そして巨漢の男に抱えられていたアイラは、簀巻き状態から解放されると、レイチェルの前に転がった。


「(アイラちゃん、お願い。レイフの、アルテローゼの所に向かって!)」


 レイチェルはヘルメットを被っているため、声は他の人には全く聞こえなかった。しかし、常人より耳の良いアイラには、ハッキリと聞こえた。


「あたいは、革命軍なんだよ」


 アイラは、サトシに見捨てられたが、まだ自分は革命軍と思っていた。だか、そこで再びサトシに見捨てられた事に思い至り、目から光が消えていく。


「(おねがい、このままじゃ船が沈んでしまいますわ。それでアルテローゼが、いえレイフがいなくなったら、ガオガオも復活できないのよ!)」


「ガオガオ……」


 しかし、ガオガオというレイチェルの言葉に、アイラの瞳に光が戻ってくる。アイラにとってガオガオは、サトシ以上に大事な存在だった。


「(アイラちゃん、お願い、アルテローゼとこの船を守って)」


「分かったよ。金髪ドリル、あたいは行くよ。でもこれは、ガオガオのためだからね」


 意思を取り戻したアイラは、獣のように四つん這いになり、ドアに向かって走り出した。その姿は、猫、いやガオガオ獅子を彷彿とさせる素早いものだった。


「待て、アイラ。我々を裏切るのか」


 リーダーがアイラにそう問いかけるが、彼女は振り返ることもなく、ホァンを突き飛ばして船長室を出て行った。もちろんアイラの向かう先は、アルテローゼのいるヘリ甲板である。


 そして、残されたホァンは、


「降参します」


 リーダー達に銃を突きつけられて、両手を挙げ投降の意思を示していた。



 ◇



『レイチェルが、狙われた?。社員達革命軍の目的は最初からレイチェルだったのか。何故アルテローゼではなく、レイチェルを狙うのだ?』


 船長室付近の監視カメラの映像から、レイフはようやくレイチェルが狙われていたことに気づいた。しかし、それに気づいたとしても、操る整備用ロボットもなく、アルテローゼも動けない状態であるレイフに打つ手はなかった。


『このままでは、不味い。しかも火星タコは…もう取り付いたぞ』


 そして、更に状況は悪化する。ついに火星タコが船に取り付いたのだ。火星タコは、触手を伸ばすと巡視船の船首に貼り付けて甲板に乗り上げてくる。その力は強く、艦首にあった機関砲が瞬く間に鉄くずに変わってしまった。しかしディビット達は、艦橋に向かった兵士の相手で手一杯であり、何も手を打てない。


 このまま、巡視船は破壊され、アルテローゼも海に沈んでしまうのか…。


 しかし、この危機的状況を乗り切るための鍵があった。


「ジャジャーン、やってきたよ~」


 獣のように四つ足で走ってきたアイラが、かけ声と共にヘリ甲板に現れた。


 そう、その鍵とはレイチェルによって逃がされたアイラであった。


『(まだこの娘が信用できるとは分からぬが、今は仕方ない) 待っていたぞ。アイラ、早くコクピットに乗り込むんだ』


「分かったよ~」


 レイフに急かされ、アイラはアルテローゼのコクピットに乗り込む。アルテローゼのシートは、アイラの小柄な体格に合わせて最適なサイズに変化していく。


『アイラ、スティック操縦桿を握るんだ』


「分かってるよ」


 アイラがスティック操縦桿を握ると、レイフはアルテローゼの機体を起動させる。レイチェルがコクピットに座らなければ正常に動作しないはずの機体が、レイフの思い通りに動き始める。

 そう、アイラは、アルテローゼを正常に動かすことのできる二人目のパイロットだったのだ。


『さて、アイラ。まずはクラーケン火星タコを始末して、巡視船ふねを救うぞ』


「それから金髪ドリルおねーちゃんをたすけるんだよね」


 二人の思いが一致すると、マリンフォームに変形したアルテローゼは、海に飛び込んだ。

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