第3話:Bパート

『さて、この状況、どうやってシャトルとやらを護りきればよいのじゃ』


 レイフによって施されたプロテクション・フロム・ミサイルによって、シャトルは射撃武器によって破壊されることはななくなった。だが、重機に接近されて攻撃されてしまえば、プロテクション・フロム・ミサイルの意味はない。つまり重機部隊をシャトルに近づけさせては駄目なのだ。


『問題なのは、数が多すぎることじゃ』


 大型の重機4両は行動不能としたが、中型や小型の重機は、約100両ほど。とてもアルテローゼ一体で防ぎきれる数ではない。


『せめてゴーレムがいればの~』


 レイフは、もう二度と手には戻らぬ、筆頭魔道士時代に指揮したゴーレム部隊に思いを寄せた。アイアン、ストーン、そしてアダマンタイトで作られたあのゴーレム達があれば、あの程度の敵は鎧袖一触で蹴散らせるだろう。

 思わず0.5秒ほどゴーレム部隊を懐かしんだレイフは、そこでふと気がついた。


『そうじゃ、なければ作れば良いのじゃ』


 確かに帝国時代に作ったゴーレム部隊のような精強なゴーレムを作るのは不可能だ。しかし、単純な動作を行うだけのゴーレムであれば、レイフであれば簡単に作成できる。そう世界最高峰のゴーレムマスターであるレイフに、それができないわけがないのだ。


 …ただし、レイフにその魔力マナがあればなのだが。


『ナレーションめ余計な心配じゃ。今の儂はなぜか魔力マナが満ちあふれている。これならクレイ土塊・ゴーレムの百や二百程度作れるはずじゃ。ははは、素晴らしいぞ。栄光のゴーレム軍団を作り出してやるのだ』


 アルテローゼレイフが腰に手を当てて高笑いしていると、


「アルテローゼ、ナレーションとは誰なのですか? できれば、シャトルの機長さんにどうすれば良いのか、指示を出してほしいのですが」


 先ほどからシャトルの機長と副機長に現在の状況を説明していたレイチェルが、レイフの高笑いを聞いて、あきれた顔をしていた。

 彼女はシャトルの機長への状況説明をレイフに交代してほしかったみたいだったが、


『今は忙しいのじゃ。それにそういった説明はレイチェルの役目なのじゃ』


「また、嫁とおっしゃいましたわね。私はアルテローゼあなたのパイロットであって、嫁ではありませんわ」


 レイチェルがモニターに向かって何か叫んでいたが、レイフは無視して意識を機体の外に集中させた。


『(この滑走路とやらは破壊しない方が良いらしいの。では周りの土を使って作り出すのじゃ) さすがに印を結ばずに事をなすことはできぬか…。ふん、』


 アルテローゼレイフが気合いを込めて右手と左手をクロスさせ奇妙な印を結ぶと、滑走路脇の盛り土の部分に幾つもの魔法陣が浮かび上がった。


『土塊よ、形をなして我に従え…クリエイト・ゴーレムじゃ』


 レイフの言葉が、モニターだけではなく外部スピーカーに出力される。そのある言葉とともに魔法陣の中央の土が盛り上がると、全高3メートルほどのクレイ土塊・ゴーレムが次々と立ち上がった。

 アルテローゼのモニターには、友軍のロボット兵器として総数80体が表示された。


『うむ、なかなかの出来なのじゃ。これでようやく戦いになるのじゃ。…レイチェル、半数の指揮は預けるから、左側面の部隊を食い止めるのじゃ。儂は残りを率いて正面の敵を蹴散らすのじゃ』


「えっ、どうして突然味方が出現するの? アルテローゼ、貴方いったい何をしたの?」


『良いから、ゴーレムを指揮するのじゃ。それぐらい儂のならできるのじゃ』


「だから、嫁じゃありません。…ロボット兵器のオペレートなら任せてもらって結構ですわ」


 レイチェルは、戸惑いながらもモニターに表示されたゴーレムのオペレートを始めた。

 ロボット兵器のオペレートは、そのAIのレベルによって異なる。レイフが作り出したクレイ土塊・ゴーレムは、最低レベルのAIが搭載している扱いで、細かな指示はできず、ゴーレムの移動と攻撃の目標を指定するだけであった。

 そんなゴーレムと戦う革命軍の重機だが、数はほぼ同数で相手は射撃武装を持っており、クレイ土塊・ゴーレムは格闘戦しかできない。普通に正面からぶつかれあっという間に負けてしまうのは明白だった。


「無理に戦う必要はありませんわ。シャトルに近づけさせなければ良いのです」


 レイチェルはレーザー兵器がクレイ土塊・ゴーレムに対して効き目が薄い事を見て取ると、防御に徹した方円陣を組ませグルグルと回転させることでシャトルへ近づけないようにオペレートしていた。


『(なかなかレイチェルもやるではないか。) 儂もがんばらないとな』


 レイフはレイチェルのオペレーションを見て、なかなかやるなと感心する。そして彼自身は残りのクレイ土塊・ゴーレムを引き連れ、滑走路正面に陣取る重機部隊に突撃していくのだった。



「一体何なんだあの人型の群れは? 突然現れやがったぞ」


「俺が知るかよ。何か格好は巨人に似て無くもないが、えらく小さいな」


「しかもこっちに向かってきやがる」


レーザーは当たっていると思うが、ダメージが出ているかよう分からん」


「しばらく様子見するんじゃ」


「あれ、以外とかわいいかも…」


 アルテローゼの左側面から向かってきていた革命軍の重機部隊は、突然現れたクレイ土塊・ゴーレム達に驚き、しばらく様子を見ることにしたようだった。中にはコミカルな動きのゴーレムにかわいいと言う筋肉もりもりの土方のおじさんもいたが、それは見なかったことにしたい。

 つまり、レイチェルの指示通り方円陣を組んでコミカルに動き回るゴーレムは、時間稼ぎという目的を果たしていた。


 一方、アルテローゼレイフが突撃している滑走路上に陣取った重機部隊の方は…


「敵が攻めてくるぞ」


「なんだあの間抜けな面のロボット兵器は?」


「いや、あんなロボット兵器見たことないぞ。もしかして新型か?」


「いや、突然現れたんだ。普通のロボット兵器じゃないぞ」


「とにかく近づけるな。撃つんだ」


 クレイ土塊・ゴーレムを不気味に思ったのか、レーザー銃による射撃を行ってきた。


『ふふふ、その程度の攻撃ならクレイ土塊・ゴーレムには痛くもかゆくもないのじゃ』


 普通のロボット兵器であればレーザーを当てれば対レーザー装甲が灼熱したり、関節やセンサーに当たればダメージを負ってしまう。しかしクレイ土塊・ゴーレムは文字通り土塊から作り出されたゴーレムであり、その表皮は土である。土はレーザーで貫かれるが、ゴーレムの体を貫くほどではなくすぐに埋まってしまう。関節や目に当たってもそこも関節やセンサー、回路があるわけではないので、ダメージを負うこともないのだ。

 手足が破壊されれば動けなくなるし、胴体の中にある核を壊されたら崩れてしまうのだが、そこまで強力な射撃兵器を革命軍の兵士達は持っていなかった。時折発射される対戦車ミサイルも、アルテローゼレイフが盾でそらしてしまうため、ほとんど無傷でアルテローゼレイフクレイ土塊・ゴーレムは重機部隊にたどり着いたのだった。


『さて、ここからはお待ちかねの格闘戦じゃ。 いーっひっひっひっ。それゴーレム部隊よ、おぬし達の力を見せてやるのじゃ』


 レイフは不気味に笑うと、クレイ土塊・ゴーレム達に重機部隊の排除を命じた。ゴーレムはその巨大な土の腕を振るって、小型重機を次々と叩きつぶしていった。レイフもサボっているわけではなく、アルテローゼ自身ドリル右手で次々と重機を破壊していった。もちろん、レイチェルに怒られないように、操縦席は狙わず重機だけを破壊しておいたのは言うまでもない。


「くそっ、相手はただの土くれじゃねーか」


「俺たちゃ鉱山で堅い石を相手に戦って働いてるんだ。こんな土塊に負けるわけにはいかねーぞ」


「そんな愉快な顔をした奴らに負けるかよ~」


 最初はクレイ土塊・ゴーレムに怯んでいた革命軍の兵士達だったが、核を破壊されゴーレムが土に戻るのを見て、逆に負けるものかと張り切り始めた。


 中型のパワーローダがゴーレムを挽きつぶし、四足歩行の削岩機がゴーレムの核を突き崩す。生身の兵士に至っては、ツルハシはシャベルでゴーレムに戦いを挑んでいた。


『ぬう、以外とやるものじゃ。一時撤退じゃ』


 三分の一ほどゴーレムが倒されたところで、レイフはゴーレムを引き連れて、左方向に逃げ出した。


「よっしゃ、逃げ出したぞ」


「逃がすか。追いかけるじゃー」


「うらー、突撃じゃー」


 逃げ出したアルテローゼとクレイ土塊・ゴーレムを見て、革命軍は雄叫びを上げてその後を追いかけ始めた。





 滑走路から逃げ出したアルテローゼレイフとゴーレム達は、レイチェルが操るゴーレム部隊と合流する地点にたどり付いた。レイチェルのゴーレム部隊が合流したことで、戦力は増えたのだが、革命軍の重機部隊に前後に挟まれ、挟撃される形であり、圧倒的に不利な状況であった。正に絶体絶命の状況だったが、


『ふぅ、ここまで来れば準備完了じゃな』


「そう、もう時間稼ぎの必要はありませんわ」


 レイフの言葉に、レイチェルがクスッと微笑む。


「よし、追い詰めたぞ」


「指揮官の敵をとるのじゃー」


 そして、革命軍がアルテローゼを倒すべく前進を開始したとき、進路がクリアとなった滑走路にてシャトルが滑走を開始したのだった。


 現在のシャトルは、燃料節約のため地上ではジェットエンジンを使用し、大気が薄くなった所からロケットエンジンを点火する。しかし今は緊急事態であり、一刻も早く離陸することが求められている。シャトルの機長はロケットエンジンを地上で点火して一気に離陸するようだった。ズゥゴゴゴゴーと轟音を立てエンジンから長大な炎が吹き出し、シャトルは滑走路を一気に加速していく。


「シャトルが離陸する!」


「あのスピード、ここからじゃ…追いつけないぞ」


「まさか、このために俺達をここに誘い出したのか」


 革命軍の兵士達は、離陸していくシャトルを呆然と見上げるのだった。



 ロケットエンジンにより、通常の倍の加速で滑走路を走るシャトル。瞬く間に離陸速度に達すると、白い煙の尾を引きながら一気に大空を駆け上がっていく。こうなれば革命軍の兵士達も手を出すことはできない。それに仮にシャトルにとどくレーザー砲やミサイルを持っていたとしても、プロテクション・フロム・ミサイルの力場はまだ有効なのだ。


『よし、これで目的は達成したのじゃ。レイチェルこれで良いのじゃな?』


「アルテローゼ、ありがとう。おかげでシャトルを逃がすことができましたわ。後は私たちが逃げるだけですわ」


 レイチェルはそう言ってにっこりとモニターに微笑んだ。


『(おお、レイチェルの最高の笑顔じゃ~。記録するのじゃ~)』


 レイフは、どこから知ったのかRECボタンを押してレイチェルの笑顔を保存するのだった。


 二人が何となく和み、革命軍の兵士達は飛び去るシャトルを見て呆然としてた…その時だった、アルテローゼに通信が入ったのは。


『レイチェル、逃げるんだ。そこは危ない』


 通信を送ってきたのはレイチェルの父ヴィクターであった。


「えっ、お父様? はい、シャトルは飛び立ちましたわ。後は革命軍から逃げ出すだけですわ…」


『そんな事を言っているのではない。早くその場から逃げるんだ。早く…』


 ヴィクターの切羽詰まった通信に、レイチェルは戸惑っていた。


『一体、どうしたのじゃ』


 アルテローゼレイフは、ヴィクターが何を焦っているのかを確かめるべく、周囲を見回し、レーダー反応をチェックする。


『ん、何じゃこれは?』


 そこでレイフは、レーダーに妙な物体が映っていることに気づいた。大きさは10メートルほどの物体で、それは狙い澄ましたかのようにシャトルに向かって飛んで行くのが分かった。


『あれは…何じゃ?』


 アルテローゼレイフのカメラが捉えたのは、空を飛ぶ巨大な手だった。アルテローゼの胴体ほどの巨大な右手が、炎を吹き出しながらシャトルに向かっていく光景がモニターに映し出される。


「何なのあれは?」


 レイチェルはモニターに映った光景を見て、驚く。


 レイフとレイチェルが唖然と見守る中、右手はグーの形をとると、そのままシャトルに衝突する。まだプロテクション・フロム・ミサイルの力場は有効だが、レーザーやミサイルとは桁違いの質量なのだ、さすがに飛び道具を無効化する魔法といえども限界は存在する。いや、空飛ぶ手による攻撃は、飛び道具じゃないかもれしれない。


「お願い逃げて。逃げて…」


 レイチェルは、うなされたようにシャトルの機長に通信を送るが、ロケットエンジンで加速中のシャトルに、軌道変更などできるわけもなく。


 ズドーン


 シャトルは右手に貫かれ、バラバラに爆発四散してしまった。搭乗していた人達の運命は言わずもがなであり、助かる見込みは無かった。


「そんな…ありえま…せんわ」


 レイチェルのスティックを握る手がガタガタと震え、つい先ほどまで通信で話してた機長や副機長の顔がレイチェルの脳裏をよぎる。そしてスティックを握るその手にポタリと涙が零れ落ちた。


 突然の出来事に茫然自失状態のレイチェルに対し、レイフの方は別な理由で動けなくなっていた。


『(何じゃ、この魔力マナの高まりは。アルテローゼ魔力マナが流れ込んでくるのじゃ)』


 シャトルの爆発と同時に、アルテローゼレイフは膨大な魔力マナの流れに飲み込まれていた。人の目には見えないその流れは、シャトルの爆発地点からアルテローゼともう一つ別な場所に流れていた。


『(これだけの魔力マナが一体どうして発生したんじゃ。あの爆発した場所から発生しているようじゃが…まさか、あのシャトルとやらには大勢の人が乗っていた。それが死んだという事は…)』


 国家レベルで行う儀式魔法では大量の魔力マナが必要とされる。普通は複数の魔道士が共同作業をすることで魔力マナを確保する。しかし魔道士の数が足りず魔力マナが足りない場合、とある方法で魔力マナを得ることができるのだ。その方法は国家の間で禁忌とされ、使うことは禁止されていた。

 レイフは、帝国の筆頭魔道士としてその禁忌の方法をよく知っていた。


『ばかな、何ら下準備も無しでそんな事を起こせる訳がないのじゃ。アレを行うには、その場を固定する魔法陣が必要じゃ。一体何処にそんな物があるというのじゃ』


 アルテローゼレイフはきょろきょろと辺りを見回すが、レイフが探しているような魔法陣は何処にも見当たらなかった。





 その頃、革命軍の兵士達もシャトルが撃墜されたことに驚いていた。彼等の目標はシャトルに搭乗していた重要人物の殺害ではなく拉致して人質とすることだった。そう、殺してしまっては交渉には使えないのだ。それに非武装の政治家や民間人をあのような方法で殺してしまっては、地球連邦だけではなく月や金星、そしてマーズリアン火星人からも非難の目を向けられてしまうだろう。

 人民を味方に付けたい革命軍としては、シャトルの撃墜は悪手中の悪手だったのだ。


「…チャン、どうしてシャトルを撃墜したんだ」


 重傷を負って衛生兵から治療を受けている指揮官が、巨人に通信を送った。


「そりゃ、彼奴らを逃しちゃ駄目だからですよ。地球連邦の連中は皆殺しにしなきゃなー」


 チャンは、戻ってきた巨人の右腕を元に戻すと、格納庫を破壊しながら空港に乗り込んできた。



『あのようなゴーレムが存在するとは…。いや作った奴は馬鹿なのじゃ』


 シャトルの格納庫を破壊して空港に侵入してた巨人をみて、レイフは驚きを通り越してあきれかえっていた。


『物事には何事にも適正値があるのじゃ。もちろんゴーレムのサイズもそうじゃ。あんな巨大なゴーレムを作って、一体何と戦おうと言うじゃ。しかも構成がストーン・ゴーレムとアイアン・ゴーレムを組み合わせておるじゃと。ゴーレムという物が分かっておらんのじゃ。そもそも…』


 レイフの言う通り、巨人は石でできた人の体に金属の鎧…黒い鉄のブーツに、ブレスプレート、ガントレット、そしてローマ騎士のような鶏冠の付いたヘルメット…を着せたような姿である。

 しかし、本来のゴーレムと異なり、巨人は目にはカメラが装備され、ガントレットには先ほど腕を飛ばしたロケットブースターが付いていた。背中にロケットを背負わせれば二本のレバーの付いた送信機で操る某ロボットか、頭に操縦席のある鋼の城と言いたくなるデザインであった。


「アルテローゼ、訳の分からないことを言うのはやめなさい。あれを、あの巨人を倒すのです…」


 ブツブツとゴーレム製作の蘊蓄うんちくを語っていたレイフに、レイチェルは冷めた声で命じた。レイチェルは涙を流しながら、モニターに映る巨人を睨み付けて叫んだ。


「アルテローゼ、さっさとあの醜悪で人殺しで、地獄の獣を破壊するのです!」


 シャトルが撃墜され、その悲しみに涙していたレイチェルはもうこの場にはいなかった。今ここにいるのは巨人に対して果てしない憎しみと怒りを持った鬼であった。


『イエス、マム!』


 その剣幕にアルテローゼレイフは、直立不動で敬礼・返答し、レイチェルの命じるまま巨人に向かって走り出した。



 ◇



「くそっ、最悪じゃねーか」


「これじゃ俺たちは悪役じゃないか」


「シャトルは撃墜しちまったし、これ以上ここにいても仕方ない」


「あの人型は巨人に任せて、俺たちは行政府ビルを押さえにいくぞ」


 アルテローゼを取り囲んでいた革命軍の重機部隊は、彼らを無視して巨人に向かっていくアルテローゼとクレイ土塊・ゴーレムをそのまま見逃してしまった。いや、彼等は当初の予定通り、行政府ビルを押さえることで、首都の制圧を行うことにしたのだった。

 そして革命軍の重機達は、部隊再編のため終結したのだが、そこに飛んできたのは味方であるはずの巨人の右腕だった。

 まさか味方の巨人から攻撃を受けるとは思ってもみなかった革命軍の重機部隊は、終結していたことも災いし、一撃で部隊の半数が大破してしまった。


「馬鹿野郎、何しやがる」


「チャン、俺達は味方だぞ」


「きちんと狙え、下手くそが」


 大きな被害を受けた重機部隊の兵士から怒号が飛び交うが、


「やだな~。僕はこの連邦の人形を攻撃しているだけですよ~」


 チャンはそれをへらへらと笑いながら受け流して、今度は左腕をアルテローゼに打ち出した。巨人から見ると、アルテローゼと革命軍の重機部隊は一直線上に存在する。アルテローゼが人型ならではの機動力で左手を躱すと、それはそのまま革命軍の重機部隊に襲いかかってくるのだった。


「てめー、味方を撃つのか」


「こんな事をして、許されると思っているのか」


「後で人民裁判にかけてやるぞ」


 右と左の二回の攻撃によって、革命軍重機部隊は無傷の重機は殆どいなくなってしまった。アルテローゼとの戦いでは怪我人は出なかったのに、巨人の腕による攻撃で多数の死傷者が出てしまった。

 衛生兵に抱き起こされ、その有様を見た指揮官は、行政府ビルの制圧は無理と判断せざるを得なかった。


「チャン、この始末をどうするつもりだ」


 しかし、この指揮官の声はチャンに届くことはなかった。



 ◇


 その頃チャンは、巨人に向かってくるアルテローゼに意識を集中していた。


「糞、巨人のジェットパンチ攻撃を避けるとか、あり得ないだろ。どんな回避してんだよ」


 シャトルすら撃墜した巨人の手の攻撃をアルテローゼは紙一重で躱し、そして巨人に向かってくる。その動きにチャンは悪態を付くが、


『巨大な手を飛び道具として攻撃に使うとは、一見馬鹿らしい攻撃だが、これは厄介なのじゃ』


「アルテローゼ、もっと早く動きなさい」


レイチェルさん、無茶を言わないでほしいのじゃ。これでも設計値の120%の反応をしているのじゃ』


 アルテローゼレイフも易々と回避を行っていたわけではなかった。


 アルテローゼのAIであるレイフはその気になれば巨人の手が止まって見えるほどの速度で思考可能だ。つまり手の動きは見えている状態で、攻撃の先を読んで機体に回避運動を指示することが可能だ。

 しかし、巨人の手はその回避行動に追従して動きを変えてくるので、紙一重で何とか避けるという、レイフにとって神経がすり減る作業を強いられるのだ。



 左右の腕を避けたアルテローゼレイフは、巨人にあと一歩で手が届くところまで近寄っていた。射出した腕は背後の重機部隊を突き抜けて言ったため、巨人は今両腕が無い状態だった。


『腕が戻らぬうちに倒してしまうのじゃ』


 アルテローゼレイフが右手のドリルを振るうために、一歩進もうとした時、


「いけませんわ」


 レイチェルがスティックを引いてアルテローゼを下がらせる。


『何をするのじゃ、レイチェル


 レイフはレイチェルの指示に従って機体をバック・ステップさせながら文句を言うが、


「誰が、嫁ですか。あれは誘いです」


 怒り狂って突撃を命じていたレイチェルが、突然冷静にそんなことを言い出す。


『誘いじゃと。何を言っておる…』


 レイフが再び文句をつけようとしたところで、アルテローゼレイフの目の前に炎弾がたたきつけられた。レイフが後一歩踏み出していたら、恐らくその炎に包まれていた事は明白だった。どのような状況でも的確な判断を下せる…レイチェルが有人機動兵器のパイロットとして類い希な適正を持っていることが、再び証明されたのだ。


 一方巨人のコクピットでは、


「これでも喰らえ~って、これも避けるのかよ。ありえねーぞマジで」


 チャンは、必殺を狙った炎弾が避けられた怒りで床を蹴り飛ばしていた。

 チャンはアルテローゼが重機部隊から奪った盾を持っていることを見て、普通に炎弾を撃っても避けられると考え、地面にあえて打ち込むことを考えたのだ。しかし、その企みもレイチェルの的確な判断で失敗に終わってしまった。


『しかし、これではうかつに飛び込めないのじゃ』


 一方、アルテローゼレイフも接近すると上から炎弾が飛んでくると分かり、唯一の攻撃手段であるドリルがとどく位置まで踏み込めずにいた。

 巨人の周りをグルグルと回り隙を窺うが、巨人もその動きに軽々と追従し、そうそう隙は見せてくれなかった。


 このままでは千日手になってしまうと、レイフが思ったとき、


「いけ、ちびっ子達」


 レイチェルは、いつの間にかちびっ子と名付けていたクレイ土塊・ゴーレム達を巨人に突っ込ませた。アルテローゼに置いてきぼりにされていたゴーレム達だったが、ようやく追いついてきたところだった。半数ほどが巨人の手で破壊されてしまったが、それでも30体程残っていたゴーレム達は背後から巨人に襲いかかった。


「こんな奴らにやられるかよ~」


 背後からクレイ土塊・ゴーレムに襲いかかられた巨人は、脚でゴーレム達を蹴りつけて破壊するが、それで倒せたのは数体程度であった。残りのゴーレムは巨人の体によじ登り、その体を叩き始める。


「ええぃ、うっとうしいぞ。腕よ早く戻ってこい」


 チャンの呼び声に、腕が大急ぎで戻ってくる。そして再び元の位置に接続しようとした時に、レイチェルが叫んだ。


「ちびっ子達、腕に取り付きなさい」


 数体のクレイ土塊・ゴーレムが腕の接合部に取り付き、腕の合体の邪魔をする。しかし、腕はゴーレムを潰しながらも強引に元に戻るのだった。

 そして巨人はそろった両腕で、体に群がるゴーレム達を叩きつぶしていった。


『このままでは、クレイ土塊・ゴーレムが全部破壊されてしまうのじゃ。今のうちに攻撃するのじゃ』


 レイフは、レイチェルに攻撃を促すが、


「まだですわ。もう少し待つのです」


 叩きつぶされるゴーレム達の姿を唇を噛みしめながら見つめ、レイチェルはレイフに待つように指示を出した。


「ふっ、大したことないな此奴らは」


 巨人の装甲と質量を相手にするにはクレイ土塊・ゴーレムは小さすぎた。それに元々土から作られたゴーレムは、強度が低く、取り付いて鎧に腕を叩きつけていたが、逆に腕が壊れる有様だった。そして巨人手によって、ゴーレム達は元の土くれに戻ってしまった。巨人の体はクレイ土塊・ゴーレムの残骸により、土まみれになってしまった。


 そのときだった、


「アルテローゼ、攻撃を仕掛けるのは今です」


 レイチェルが、レイフに攻撃を命じる。


『また、炎弾が飛んでくるのではないか?』


「いいから、側面に回り込んで、攻撃するのです」


『分かったのじゃ』


 アルテローゼレイフは、レイチェルの指示に従い、巨人の左側面に回り込んで攻撃を仕掛けようとする。もちろん巨人はそれに追従し体の向きを変えようとしたのだが…。


「体が重いぜ。いってー何がおきたんだ?」


 その時になって、チャンは、巨人を重いとおりに動かせないことに気付くのだった。


 そう、巨人が動けなくなった原因は、クレイ土塊・ゴーレムの残骸である土のためだった。体に張り付いたクレイ土塊・ゴーレムを叩きつぶしたため、残骸の土が巨人の鎧の隙間にくまなく詰まってしまっていた。それが単なる土であれば問題も小さかっただろうが、クレイ土塊・ゴーレムは滑走路の側にある土で作られており、その体には細かな砂利が多数詰まっていたのだ。そんな物が鎧と本体の隙間に詰まったのだ、巨人が動こうとしても自由がきかないのも当たり前である。


『(レイチェルはこうなることを読んでクレイ土塊・ゴーレムを破壊させたのか…。我が嫁、恐るべしなのじゃ)』


「さあ、貴方の罪を数える時間ですわ」


 レイチェルの気合いの入ったスティック操作が、アルテローゼレイフに力を与える。レイフは、右手のドリルを錬金術の工作魔法陣で回転させると、左足の鎧の隙間にねじ込んだ。


 ガッ、ギリギギギギギと異音を立てて、巨人の脚にドリルが食い込んでいく。


「…クッ、パワーが足りませんの?」


 半ばほどまでドリルは食い込んだが、それ以上は進まない。レイチェルは一旦下がるようにスティックを操作するが、右手が抜けないためアルテローゼは立ち止まってしまった。このままでは、巨人の腕に叩きつぶされてしまう。


「動きが止まったな。体は動かなくても腕は動くんだぜ!」


 チャンが吠えると、巨人はその腕をアルテローゼに叩きつけるべく振りかぶった。


『そうはさせぬぞ、ドリル全開なのじゃ』


 シャトルが撃墜された時にアルテローゼレイフに流れ込んだ魔力マナをドリルを回転させる魔法陣に流し込んだ。魔力マナによってその強度と回転力を強化されたドリルは、一気に巨人の脚を貫き破壊してしまった。


「グギャーッ。俺様の脚が~」


 脚を破壊された事が、チャンにどうフィードバックされたのか、巨人は天を仰いで慟哭するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る