第3話:巨人の慟哭

第3話:Aパート

 右手を失ったアルテローゼに対戦車ミサイルの群れが迫ってくる。これを一発でもまともに食らってしまえば、まともな装甲がないアルテローゼは、大破どころか木っ端微塵となってしまうだろう。


『何か手はないのか。何か…』


 この危機的状況において、レイフの頭脳はかつてないほど高速に思考していた。それは100メートル/秒で飛翔する対戦車ミサイルの動きが、まるで静止している様に見えるほどだった。

 いや、事実レイフの思考はアルテローゼの演算装置と結びついていると考えると、その思考速度は電子頭脳並みということになるのだ。


『選択子としては、以下が考えられるじゃと?

 1.回避行動を選択

  すべてのミサイルを回避できる確率が0.01%じゃと。そんな確率に命を賭けられるのは、運の良い勇者ぐらいじゃ。

 2.頭部レーザー機銃(?)で迎撃

  頭部のどこにそんな物装備されているのじゃ。大体目や耳センサーが集中する頭部にそんな武装をつけるのは、バカのする事じゃ。

 そして、

 3.速やかに脱出

  脱出すればレイチェル(嫁)は助かるが、機体はどうなるのじゃ…』


 レイフの思考に沿って、アルテローゼの戦術支援プログラムが状況の打開策を提案してくるが、どれも実行不可能か、成功確率が低い物ばかりであった。どれも選択するに値しない…いや3だけはレイチェルのために最悪選択すべきかなと、レイフは候補として残しておいた。


『しかし、バリスタの矢を超える速度で飛んでくる炎の上級魔法とか、この世界の武器は質が悪いのじゃ。この世界の兵士はどうやって避けているのじゃ? ん、撃たれる前に撃てじゃと。そんなこと今更言われるまでもないわい。何か他に手はないのか…。ん?あれは、あの文様は…もしかして魔法陣ではないか?』


 レイフは対戦車ミサイルを発射した兵士の背後の重機が、奇妙な模様…魔法陣を描いた盾を持っていることに気づいた。その魔法陣の描かれた盾は、連邦軍との戦闘で戦車砲やレーザー機銃を逸らし弾いていた物である。帝国の筆頭魔道士であったレイフは、その魔法陣の意味を即座に理解した。


『盾にあの魔法陣を描いているということは、つまり戦いに使えると言うことか。あのミサイルとやらも矢の一種と考えるなら、そう、使えるかもしれぬ。しかしこの短時間で魔法陣を描いて発動できるのか…。ええぃ、迷っていても仕方ないわい。こうなればやるだけじゃ』


 レイフは、この状態を打破できる手段を敵の盾を見て思いついた。後はそれがこの短期間で発動できるかが勝負の鍵だった。

 何しろ、ミサイルはあと一秒とかからずにアルテローゼに命中するのだ。レイフは魔法使いとして、錬金術師としての能力を振り絞った。


魔力マナよ我が命に従い、陣を描け。その陣はプロテクション・フロム・ミサイル』


 レイフが力ある言葉…この場合は、思考なのか演算なのか分からないが…を発すると同時に、アルテローゼの足下に、直径10メートルほどの魔法陣が一瞬で描かれる。その魔法陣が輝くと、見えない力場のような物が機体を包むのをレイフは感じ取った。

 そしてアルテローゼを覆った、力場の効果なのか、対戦車ミサイルは全て命中寸前に逸れてしまい、命中したミサイルは一つも無かった。


『まさか、本当にこの一瞬で魔法陣の構築と発動ができたのか?』


 レイフは破れかぶれの状態で行った魔法陣の構築ができたことに驚くが、革命軍の指揮官は彼以上に驚いていた。


「まさか、本当に巨人と同じか事ができるのか。…これは本当に無視するわけに行かなくなったぞ」


 司令官は、自機のである重機の操縦桿をギリッと握りしめ、


「部隊を二手に分けるぞ。大型重機はあの連邦軍の巨人…いや人型を食い止めろ。それ以外の中型と小型機はシャトルの離陸を阻止するのだ」


 部隊を二手に分けるように指示を出した。未だに名前が不明のモブっぽい指揮官だが、状況判断と的確な指示を行った。


 その指示に従って、全長15メートルとかなり大型の重機が4機アルテローゼに立ち向かい、その他の重機は再びシャトルが離陸するのを阻止に向かった。


『飛び道具はもう使わぬか。ふぅ…それは助かるが、この大型重機デカ物は手強そうなのじゃ』


 アルテローゼに迫る四両の重機のうち、まずはホイールローダのような重機が正面から突っ込んできた。土砂をすくうためのバケットは、高度の高い鋼鉄製であり、その重量で体当たりされれば、連邦軍の主力戦車ですらひっくり返すことが可能である。


『威力のある攻撃じゃが、鎧猪のような直線的な攻撃では、アルテローゼには当たらんのじゃ』


 装輪や無限軌道と二足歩行の機動力の違いは、自由な方向移動能力である。突っ込んできたホイールローダの攻撃をサイドステップで躱すと、アルテローゼは背後に回り込んだ。


『ガラス張りのコクピットは危険なのじゃ』


 重機の強化ガラス張りの操縦席にアルテローゼレイフは、抜き手をはなって操縦者を叩きつぶした。


 操縦席に座っていた革命軍の兵士は、もちろんミンチより酷い状態となったわけだが。


『自分の手でやるというのは、やはり気持ち悪いモノじゃが、…何かこう、違う感じがするのじゃ』


 レイフは帝国の筆頭魔道士としてゴーレムを操り戦いに参加していた。ゴーレムに命じて人を叩きつぶすというのは当たり前の話で、戦争ともなればもっと悲惨な光景や死体を見ていた。そのレイフが、アルテローゼとなって初めて人を殺したとき、何か・・依然と違う感情…いや感覚が胸の奥に生じるのを感じるのだった。

 その感覚が何なのか分からないまま、レイフはアルテローゼの手自身の手に付いた血潮を呆然と眺めてしまった。


「きさま同士を殺したな」


「同士の敵め」


「ぶっ潰す」


 一方、仲間を殺された革命軍の兵士達は、仲間の残酷な死にたいして怒りの感情をつのらせた。


『いかん、いかん、ぼーっとしている状態ではないのじゃ』


 レイフが油断している間に、左から双腕のパワーショベルが右からは掘削機、そして正面からは頭がドリルになった四足歩行獣のような重機が襲いかかってきた。


 この状況ではアルテローゼのとれる行動は後ろに下がるしかないのだが、ドリル頭の重機の突進スピードはかなりのモノであり後退して避けきれるとは思えなかった。


『むう、面倒な』


 正面には魔法陣の描かれた盾が邪魔であり、アルテローゼの手では操縦席まで届かない。しかも三両の重機の操縦者の息は合っており、タイミングをずらして避けるのも難しかった。


 突進を躱しきれずアルテローゼは左右の重機のアームに挟まれ、そこに四足歩行重機のドリルが迫ってきた。


「「「殺った」」」


 アルテローゼがドリルに貫かれる、そう三両の重機の操縦者が確信した時、


『甘いわ』


 レイフは、魔法陣をアルテローゼの機体を飛び上がらせた。


「「「人型が飛んだ!」」」


 アルテローゼが、重力を無視して空高く飛び上がった事に、操縦者達は我を忘れそれを見上げた。


 アルテローゼが飛び上がった、それは機体が飛行機能を持っていたとか、ロケットバーニアが付いたランドセルを背負っていたという話ではない。アニメや漫画ではないのだから、そんな機能をアルテローゼに装備するほどヴィクターは非常識ではなかったのだ。いや予算があればつけていたかもしれないが、その予算がなかったのだ。


 では、どうやったかというと、そこは魔法の力を借りたのだ。いやそっちの方がよほどアニメや漫画より非常識と言ってはいけない。物理法則を無視できるのは、それ以外の力が必要と言うことだったのだ。

 アルテローゼの足下にはレビテートの魔法陣がまだ輝きを失わず残っている。その力でアルテローゼは空に舞い上がったのだ。ちなみにレビテートの魔法は、術者の体を上空に持ち上げるだけの魔法であり、自由に空を飛べる物ではない。魔法陣として使用すれば上手く使えばエレベータの様に使用できるのだ。


『連携がとれていたことが、逆に徒となったのじゃ』


 三両の重機は連携がとれすぎていたために、ぎりぎりのタイミングで飛び上がったアルテローゼレイフの動きに対応できなかった。ドリル頭の重機は左右のアームを貫き、動きが取れなくなってしまった。


 アルテローゼレイフはその背後に着地すると、動きのとれない重機の操縦席を左手で潰した。操縦席の兵士が迫り来る左手から逃げだそうとしていたが、それを揺るレイフではなかった。


『見苦しい。人を殺して良いのは、殺される覚悟のある物だけなのじゃ』


 戦場で多数の人を殺傷してきたレイフにとって、覚悟のない兵士は見苦しい存在だった。


『レーザー照射の警告じゃと?』


 残り二両の兵士も潰そうとした時、アルテローゼレイフは機体がレーザー照射を受けている事に気づいた。


「そいつらまで、やらせはせんぞ」


 アルテローゼレイフにレーザーを照射していたのは、巨大なレーザートーチを装備した重機だった。革命軍で最も高価なその重機には指揮官が搭載していた。


 本来なら、レーザー砲の攻撃は、プロテクション・フロム・ミサイルによって機体に命中しないはずなのだ。しかし、レーザートーチを改造してレーザー砲としたレーザの出力は、射程外への攻撃ではせいぜいセンサーはカメラを破壊するだけの威力しかなかった。魔法がどのようにして威力を評価しているのか不明だが、それは飛び道具とは認識されなかったらしい。

 幸いアルテローゼレイフは背面から攻撃を受けたので、メインカメラは無事であり、サブカメラの幾つかが壊されただけだった。いやレイフにとっては貴重な目が潰されたことになる。


カメラだけを潰す兵器か。かこれではうかつに近づけぬぞ』


 普通のレーザー砲や機銃などであれば魔法で無力化できたが、この状況ではカメラやセンサーを壊されて、アルテローゼレイフは盲目となってしまう。つまり、接近してコクピットを破壊するという戦法が使えない。つまり今のアルテローゼレイフには打つ手がないと言うことだった。


「射程外で装甲すら抜けないか。だが奴の気は引けた。今のうちに脱出するんだ」


 革命軍の改造レーザー砲は、意図せずアルテローゼレイフに対して有効な兵器となっていたが、指揮官はそうとは気づかなかった。しかしアルテローゼレイフの気を引けたことで、動けなくなった重機の兵士を脱出させることに成功したのだった。


『ぬぅ、このままでは動きがとれんのじゃ。何とかあの兵器を無力化するには…。そうか盾を持てば良いのじゃ』


 レーザー砲にカメラを向けることができないため、重機を遮蔽物として様子をうかがっていたアルテローゼレイフは、重機が持っている盾を構えれば良いと気づいた。盾そのものは平坦な鉄板であり重機に直接溶接されており、アルテローゼレイフに持たせる事ができなかった。しかし、そこは錬金術師の本領発揮で、手頃な鉄の機材を融合させて持ち手を作りあげた。


『これならあの兵器も怖くないのじゃ…と、これでは攻撃ができないのじゃ』


 左手に盾を装備したアルテローゼレイフだが、そこで右手がないため攻撃ができないことに思い至った。

 アルテローゼレイフは肘から先がなくなった右手を見て、それからドリル頭の重機を見た。


『これは使えるかもしれぬ』


 アルテローゼレイフは、重機のドリルを根元でへし折ると、右手に無理矢理錬金術で融合したのだった。盾とドリルという、一体どこが近代兵器なのだろうかと、開発者のヴィクターの嘆きが聞こえそうな姿にアルテローゼレイフは変貌を遂げるのだった。


 右手にドリル、左手に魔法陣を描かれた盾を装備したアルテローゼレイフは、レーザー砲を照射し続ける重機向かって駆けだした。


「馬鹿な、あの人型は何をしたんだ?」


 重機でレーザー砲を操作していた指揮官は、その光景に自分の目を疑った。

 そう、ついさっきまで右手が壊れ、左手には何も持っていなかった人型機動兵器が、原始的とはいえ武装を装備したのだ。そんな事は常識的に考えで不可能である。自分たちが射撃武器に対して無敵の盾を…しかも魔法という非常識が技術で作られた物を持っていたはずなのに、指揮官は魔法という非常識な物を信じてはいなかったのだ。


「ええい、この化け物目~」


 盾を構えて、まるで人間が走るような華麗なフォームでアルテローゼは駆けだした。

 指揮官が乗る重機との距離がどんどん縮まる中、彼は重機を後退させながらレーザー砲を撃ちまくる。しかしレーザーはことごとく盾に阻まれ、命中しない。


『これで終わりじゃ~』


 そして拳が届くほどに近寄ったアルテローゼレイフは、右手のドリルを突き出し、レーザー砲ごと重機を串刺しにして破壊するのだった。


 ズガーン


 レーザー砲にエネルギーを供給していたバッテリーがショートしたのか、エネルギーキャパシタが爆発して重機は爆発し燃え上がった。


 ちなみに、この時代の重機やロボット兵器は内燃機関を搭載しておらず、常温超伝導物質を用いたバッテリーをエネルギー源としている。そのため燃料の引火による爆発は発生しない。バッテリーも何重もの安全装置が施され、漏れ出した電力や磁力による災害が起きないように設計されているのだが、回路の閉鎖が間に合わず電流のショートでエネルギーキャパシタが燃え上がり爆発する場合があるのだ。


 燃えさかる重機から、重傷を負った指揮官が何とか逃げ出すが、それを見たアルテローゼレイフは、逃がすものかと脚を振り上げた。


「何をしてるの、アルテローゼ! やめなさい」


 アルテローゼが指揮官を踏み潰そうとした脚を止めたのは、コクピットで意識を取り戻していたレイチェルだった。


『なぜ止める。敵は徹底的に叩きつぶすのじゃ』


 レイフが帝国の筆頭魔道士であった頃、帝国は敵の殲滅は徹底的に行うという方針であった。もちろん彼もその方針にのっとり、敵を確実に殲滅し、それにより帝国は版図を広げたのだ。

 

「例え戦争であっても、無力な人を殺すのは駄目ですわ。そう、人を殺しては駄目なのです…」


 アルテローゼはレイフが機体を制御していいる。しかし、その行動の優先順位はコクピットで操縦桿を握るパイロットの方が高く設定されている。それはAIを搭載したロボット兵器を運用する上で、AIの暴走による事故を引き起こさないための絶対のルールであった。

 つまりレイチェルが操縦桿を握っている以上、アルテローゼの行動は彼女によって制御されてしまう。アルテローゼのシステムを全て把握したレイフであっても、その原則を変更することは、現状不可能だったのだ。


『人を殺すなと? レイチェル、何を言っておるのじゃ。今は戦いの最中なのじゃ。それにアルテローゼは兵器じゃ』


 レイフにはレイチェルの言っていることが理解できなかった。レイフにとって、敵の殲滅は正しいことであり、アルテローゼの戦術支援プログラムもそれを推奨していた。まさか意識を取り戻したレイチェルが自分の行動を止めるとは思ってもいなかったのだ。


「それでもです。武器さえ壊せば戦えなくなるのですから、人は殺してはいけませんわ」


 平和な世界で暮らしていたレイチェルにとって、人を殺す事は最も忌むべき行為だった。これは大戦において多数の人が殺された事から起こった人命尊重という思想が蔓延したことが原因であった。


『武器だけ壊して敵を殺さぬとか、儂には気が狂ってるとしか思えないのじゃ。まあ、どうせこのまま放置すれば彼奴は死ぬだろうがな』


 レイフは理解できないと、仕方なくアルテローゼの脚を普通に下ろすのだった。革命軍の指揮官はその光景をみて助かったと思ったのか、気絶してしまった。


「アルテローゼ、それよりシャトルを助けに向かいなさい」


 レイチェルはアルテローゼの視線をシャトルの方向に向けると、そう叫んだ。


『うぉ、急に向きを変えるでない。それにシャトルとは…あれは星の世界・・・・に向かう船じゃと? 本当にそんなことが可能なのか』


 レイフは、視線の先にとらえられたシャトルをみて、宇宙という自分が知らない世界にこの世界の人達がたどり着いていることに驚くのだった。


「はやく、早くしないと、シャトルが危険ですわ」


 レイチェルが叫ぶとおり、中型から小型の重機がシャトルが離陸する滑走路に入り込み、離陸させまいとしていた。また革命軍の指揮官が倒された為に、興奮したのかシャトルに向かって発砲している者達も少なからず存在していた。シャトルは連邦軍所属の軍事用のもので、ある程度の装甲が成されているため、対人向けのレーザー銃程度では傷つかないが、さすがに重機によって直接攻撃されれば破壊されてしまう。


「アルテローゼ、急ぎなさい」


『分かったのじゃ。レイチェルは人使いが荒いのじゃ』


「誰が嫁ですか!」


 アルテローゼレイフはやれやれといったポーズを取ると、シャトルの方に向けて駆け出すのであった。


「早くしないとシャトルが壊されてしまうわ。アルテローゼ、もっと早く走れないの」


 レイチェルが、操縦席の操作スティックを倒して、もっと速度を出せとせかすが、


『こんなバランスの悪い状態で、全力で走るのは危険じゃ。転んでしまうぞ』


 今までAIが起動したことのないアルテローゼには、走るためのデータが足りていなかった。そして今のアルテローゼレイフは右手に巨大なドリル、左手に盾と走るにはバランスが悪い状態なのだ。機体の平衡状態を維持するバランサーは、データ不足で全く役に立たない、そんな状態で転倒することなく走っていられるのは、元は人間だったレイフがバランサーの代わりをしているからであった。


「お父様も、アルテローゼにインラインスケートでも履かせてくだされば良かったのに」


 レイチェルがスティックをガチガチと前に倒しながら、ぼそりとつぶやく。


『インラインスケートじゃと? ……もしかして、これのことか?』


 レイチェルのつぶやきを聞き取ったレイフが、アルテローゼのデータベースを漁ったところ、一件だけ該当する画像が出てきた。それはレイチェルが研究所の手前の滑走路で、インラインスケートで滑って遊んでいる写真だった。なぜそんな物がアルテローゼに保存されているかというと、父であるヴィクターが、レイチェルの姿をカメラで撮る代わりに、アルテローゼのメインカメラで代用したためであった。公私混同も甚だしいが、レイフはレイチェルの姿が多数データベースに残っているのを見て、後でよく見ようと別なフォルダに複製しておくのだった。


「ええ、これですわ。これをアルテローゼが履いていれば、もっと早く…走るより高速に移動できますのに…」


『ふむ。面白い機構じゃの』


 レイフのいた世界では、車輪は馬車などで使われていたが、人が履く物に付けられるほど小型化はできていなかった。それに、ベアリングもサスペンションも未発達だったため、不整地だらけの地面で使うには車輪は使いづらいものだった。

 だが、今は滑走路という舗装され平坦な地面である。脚に車輪が付けば、高速に移動できるということはレイフにも理解できた。


『なら、試す価値はあるのか』


 滑走路を走っていたアルテローゼレイフは、突然走るのをやめて止まった。


「えっ、どうして止まるのですか」


『まあ、黙って見ているのじゃ』


 アルテローゼレイフが止まったのは、そこにトーイングカーが止まっていたからである。飛行機やシャトルは、滑走路上を自力で移動するのが苦手である。エンジンを噴かせば前進はできるが、空港内でうかつにエンジンを動かすと事故が起きてしまうし、またシャトルのロケットエンジンでは後退することは難しい。そんな飛行機やシャトルを牽引して移動させるのがトーイングカーである。

 旅客機やシャトルといった重量のある航空機を引っ張るためのトーイングカーは、全長六メートルほどで4輪の巨大なタイヤが付いていた。管制室からのリモートコントロールで動作するタイプで簡単なAIが搭載されているものだった。


『儂に従うのじゃ』


『ピューィピュルルピュッィ』


 レイフはアルテローゼに従うようにトーイングカーのAIに指令を出したが、「管制室からのパスコードが無ければ従えないと」AIは答えてきた。


『ええぃ、面倒なのじゃ』


『ピーーーーーー』


 レイフはゴーレムを従わせるときに使う魔法式コードを、トーイングカーのAIに送り込み、AIを強引に従わせた。どうしてゴーレムの為の命令である魔法式コードが、最先端科学の結晶であるAIに通用するのか、レイフには分からなかったが、今は結果が重要であった。


 従順になったトーイングカーの側によると、レイフは構造上不用な部分を右手のドリルと左手で取り除いていった。


『インラインスケートとかの形状だと、脚で普通に歩くときに安定しないのじゃ。よってこうすれば…』


 レイフは、アルテローゼを組み上げた時と同じ魔法陣を展開すると、まずは脚の踵にトーイングカーのタイヤを二つ融合させた。そしてトーイングカー残りの部分はタイヤが付いたランドセルのようなコンパクトな形にまとめ、飛行機を接続するクレーン状のジョイント部分をアルテローゼ背面のマウント・ラッチに接続したのだった。

 これによって、背中のランドセル駆動部分を機体の背後に下ろせば高速な車輪装甲ができ、背中に背負わせれば普通に歩行できるという形態にアルテローゼが再構築されたのだった。


『これが、新しいアルテローゼじゃ。そうじゃな、この形態をグランドフォームとでも名付けるのじゃ』


 アルテローゼレイフが立ち止まってから、10秒とかからずにトーイングカーと融合してしまった。融合した形態は、レイチェルの目の前のモニターに表示されたが、レ彼女にはどんな構造なのか、今一つ理解できていないようだった。


「…とにかくシャトルまで急いで」


『分かっておるのじゃ』


 キュイーンと甲高いモーター駆動音を響かせランドセル駆動部のタイヤが空転して白い煙を上げる。タイヤが空転するのも束の間で、アルテローゼはF1マシンのスタートダッシュのように飛び出していった。


 ◇


 一方シャトルを食い止め人質の確保に向かった、中・小型重機の部隊は、


「ウォー、指揮官殿の敵を取るんじゃー」


「地球連邦の奴らをいてこましてやるんじゃー」


「みんな待つんだ、シャトルは破壊せずに、占拠して人質に取るんだ」


 革命軍の兵士達は、指揮官の大型重機が倒されたのを見て、興奮状態に陥っていた。

 部隊は、アルテローゼを迎撃しようと向かってくる者とシャトルに攻撃を仕掛けようとする者、そして当初の目的通り人質を取るためにシャトルに近づこうとする3部隊に分かれていた。


 レイチェルの目的はシャトルを守ること。レイフはレイチェルの意思を尊重してシャトルを守るために進んでいるが、その前方に10機あまりの小型重機が立ちふさがってきた。

 全長五メートル以下の重機とはいえ、10機も集まれば格闘戦しかできないアルテローゼも苦戦するし、倒しきるまでに時間もかかってしまう。その間にシャトルが破壊されたり占拠されれば、レイフには打つ手がなくなってしまう。


『レイチェル、跳ぶぞ』


「へっ? 跳ぶ?」


 重機から対戦車ミサイルやレーザー銃やライフル銃の弾が飛んでくるが、全て盾の魔法陣でそらしす。そして重機部隊と接触する寸前、アルテローゼレイフはレビテートの魔法陣を足下に描いて、機体を飛び上がらせた。

 スピードが十分に乗った機体は、高度二〇メートルほどの高さで重機部隊を飛び越え、そのまま放物線を描いてシャトルの近くに着陸するのだった。


 向かってきた重機部隊の兵士達は、自分の頭上を飛び越えていくアルテローゼの姿を信じられない様子で、口を開けて見上げるのだった。



 ◇



『まずはシャトルの護りを固めるのじゃ』


 シャトルの前に陣取ったアルテローゼレイフが行ったのは、プロテクション・フロム・ミサイルの魔法陣を設置してシャトルを飛び道具から守ることだった。シャトルは全長60メートル余りで、アルテローゼの時に描いた魔法陣の6倍の規模で構築する必要がある。

 レイフは魔力マナが足りるのかと一瞬躊躇したが、先ほどから魔法を行使し続けているのに魔力マナ切れの気配を感じていないことから、何とかなると信じて魔法を発動させた。


『本当に何とかなるものじゃ』


 シャトル全体を覆う魔法陣が浮かび上がり、シャトルはプロテクション・フロム・ミサイルの力場に包まれた。


『こちらシャトル機長です。そこの軍の?方、一体この機体に何が起きているのですか?』


 シャトルの前で盾を構えるアルテローゼに、緊急回線でシャトル機長から切羽詰まった声で問いかけがきた。


魔法・・で守っただけじゃ』


 とレイフが答えると。シャトルの機長は「魔法?」とハトが豆鉄砲を喰らったような顔になってしまった。


『あの、今の魔法・・というのは一体なんでしょうか? まさか軍の秘密兵器の隠語でしょうか?』


 フリーズした機長に替わって、今度は副機長らしい若い男性が通信を送ってきたが、


『今忙しいのじゃ。レイチェルよ対応をしておくのじゃ』


「また、誰が嫁なのですか? …すいません、こちらの話です。えっと私にも何か起きているのか分からないのですが、取りあえずシャトルは護って見せます…見せますわ。えっ魔法って何かの隠語ですか…」


 レイチェルが副機長の応対を始めたのを横目で見ながら、レイフは正面と左側面から迫ってくる重機部隊をどう料理するか考えていた。

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