直己、やる気になる

 ――男なのに。


 それは直己が嫌いな言葉だった。


「お前、男なのに料理が趣味とかマジかよ!?」


「カマホモなんじゃねーの?」


「オリーブ油とかいっぱい使っちゃうんすか? 玉子で閉じちゃうんすか? ウケるわー!」


 そう教室で馬鹿にされたことを、直己はこの言葉で思い出してしまったのだ。


 一連のベタなイジメにも、そこまで動揺することはなかった。


 しかし、こと料理に関して馬鹿にされたことだけは、好きゆえに許しがたい程の怒りと、悔しさを覚えていたのだ。


 そんな事情から、エレーナの何気無い一言にショックを受けてしまった直己。


 更に悪いことに、迂闊にもそれを顔に出してしまっていた。


 それに気付いたエレーナが、わたわたと慌てながらもフォローする。


「あ、あの、男なのに珍しいなって思って! 女の仕事を手伝ってるってことだよね? 優しいんだね!」


 しかし、これも逆効果。


 直己は乾いた声で「はは」とだけ笑った。


 エレーナは空回りながら、なおも頑張る。


「あ、わかった! 直己は料理人かな?」


「違うけど……」


「あ、あれ? 違った? あ、あはは……? で、でもね、誰かに料理を作って貰うのって久し振りだから、私、なんだか凄く楽しみだなー!」


 まるで台詞のようにそう言うエレーナを見て、直己の心にほんのりと小さな火が灯った。


(……好きで料理をやって、何が悪いんだ。好きこそものの上手なれってところを見せてやる! 絶対に美味しいって、言わせてやるんだ!)


「……こことは違う世界、日本の料理を食べさせてあげるよ」



 ◇



 料理をするためにキッチンを借りるべく、部屋から出た直己は室内を見て驚いた。


(な、なんだこの家!?)


 そこには近代的な電化製品や家具、装飾品の類が一切無かったのだ。


 天井からぶら下がる昭明はランプ。


 テレビの中でしか見たことが無いような、焼き煉瓦造りの暖炉。


 もちろん、テレビや冷蔵庫やエアコンなどあろうはずも無い。


 そしてキッチンとおぼしき場所にもやはり焼き煉瓦製の竈が。


 その隣には調理台。


 足元には水瓶があった。


(電気やガスどころか、水道も通ってないなんて……。昔ながらの生活をしようってコンセプトなのか? それとも……)


 直己の脳裏に、先程のエレーナの言葉がよぎる。


(ここは本当に、異世界……なのか?)


 難しい顔で室内を見回す彼に、こんな声が掛けられた。


「そ、そんなにジロジロ人の家を舐め回すように見ないでよ!」


 見ればエレーナが、顔を赤くして恥ずかしがっている。


「あっ、ごっ、ごめん、つい……。ええと、キッチンはそこだよね?」


「……そうだけど」


「じゃ、じゃあ、使わせて貰うね!」


 そう言って竈の前に立ったはいいが、直己は悩んでいた。


(鍋を置いて調理出来る台が二つか……。っていうか、竈なんて使ったことないんだけど大丈夫かな? 何が出来て何が出来ないのかすらよくわからない……。でもまずは、食材だ! それを見てみて、何を作るか決めよう!)

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