地雷

「今喋ってるじゃないですか……。日本語を……」


 少女はあからさまに怪訝そうな表情を見せる。


「……何言ってるんですか? 私もあなたも、ヤハネ語を話してるじゃありませんか」

 直己はあんぐりと口を開けた。


(……だめだ。何を言ったってこの子は徹底して自分の設定の中に話を持っていく気だ)


 これ以上の不毛な言い合いを避けるためにも、彼は話題を変えることにする。


「あ、君、名前は? 僕は……直己って言うんだけど」


「……そういえば名乗り忘れてましたね。私はエレーナです。直己様」


「様って!?」


「人間様には敬称をつけないとですし……」


「いやいや! そういう設定いらないですよエレーナさん!」


「さん!? 呼び捨てにして下さい! 人間様が賎しい身分のドワーフにさん付けなんて!」


「そ、そっちが呼び捨てにしてくれないならこっちも譲りませんよ!? エレーナ様」


「様になってるし!? 悪化してる! ……わかりましたよ、直己」


「あっ、よ、よかったです……エレーナ」


 二人して頬を赤らめてうつむいた。


 直己は反省する。


(ムキになって、僕は一体何を言っているんだ……)


 それからしばしの沈黙が訪れたが、エレーナが先にそれを破った。


「それとですけど!」


「はいっ!? え!? 何ですか!?」


 戸惑う直己に、彼女は続ける。


「その丁寧語もやめて下さい! 人間様なんですから、普通に喋って貰わないと気持ち悪いです!」


「きもっ!? す、すみません」


「……謝らなくていいんですってば」


「……なら、エレーナも丁寧語禁止で」


「……いいんですか?」


「うん」


「でも……」


「じゃ、じゃあ命令ってことで!」


 その瞬間「ぷはっ」とエレーナは息を吐き出すと、堰を切ったように語り出した。


「よかったぁ! 実は私、堅苦しい丁寧語とか苦手なんだよねっ! この辺りに住んでる人以外の人間と話すことなんて滅多にないし、慣れないことしたから凄い疲れちゃったよ! でも直己がいい人間でよかったぁ……」


 ガラリと雰囲気の変わったその様子にたじろぎながらも、直己はなんとか言葉を返す。

「あっ……うん。そ、そうなんだね」


(まだそういう設定でいくんだ……)


 もはや彼は呆れを通り越して、逆に褒めてやりたい気持ちにすらなってきていた。


 そんな心境の変化に気付くことなく、エレーナが思い出したように言う。


「あっ、そうそう! お腹減ってるでしょ? 私、今からごはん作るからもう少し待っててね!」


「あっ待って!」


「なに?」


「……僕に作らせてくれないかな? その……料理を……」


「えっ」


 その思わぬ申し出に、エレーナはきょとんと呆けてしまった。


 だが、直己は続ける。


「……あ、その、お世話になったお礼も込めてなんだけど、いいかな?」


 ここでようやく、エレーナは思い出したかのように驚き、大きな目を更に大きく丸くした。


「直己って料理が出来るの!? 男なのに!」



 ――男なのに。

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