誰にだって『13の理由』はある

 インターネットで仲良くしていた友だちのような人が突然アカウントを消して、ショックを受けたことはないだろうか。


 多分、SNSを使う限りは誰しもそれなりに経験することだと思う。他でもないぼくだって、多くの人からは突然だと思われるタイミングでアカウントを消したことがある。


 理由はいろいろだ。悪口とか嫌がらせもあり、考え方が変わってそれまで周囲にいた人の言動に付き合えなくなったことも。リアルの生活もちょっとだけ。


 他の人もそうだろう。なんにしたって、理由はいろいろなのだ。人は人が思うよりも複雑で、とてもじゃないけど一概には言えない。誰かの前から姿を消す時なんてのは特にだと思う。

 リバティ高校に通う――通っていた普通の女の子、ハンナ・ベイカーもそうだった。


 Netflixで配信中のドラマ『13の理由』は、彼女が自分の存在を消し去ってしまったあとの話だ。

 とはいえ、彼女が消したのはツイッターのアカウントじゃない。彼女はほんとうに、この世界に存在する自分自身を消してしまったのだ。

 ハンナの自殺によって、彼女の身の回りの人々は深く傷つく。両親、友だち、元カレ、同級生――それから、クレイ・ジェンセンも。


 クレイはこの物語の主人公であり、容疑者だ。

 大人しい男子学生で、よくわからないアメコミが好きで、ひねりすぎて意味がつかめないジョークを連発する。

 体力はないしどちらかと言えばオタク系の、悪い意味でどこにでもいそうな、主人公らしくない主人公。

 だけどクレイは半ば無理矢理に主人公の座へと就かされてしまう。いなくなってしまったハンナから贈られた、7本のカセットテープによって。


『――これを聞いてるってことは、あなたもその理由のひとつ』


 ハンナ本人が死の直前に、自殺の理由を収録した肉声テープ。

 自分を含めた友人たちに送られ回されているというそれによって、クレイは生前のハンナのまわりで起きた多くの出来事を知ることになる。

 恋愛のいざこざ、マイノリティへの差別、友達と思っていた人の裏切り、嫌がらせ、薬物、セクハラ、いじめ――ひとつひとつはどこにでもあるような、リバティ高校でのトラブルの数々を。

 それらはハンナの死の理由であると同時に、『理由』とされた本人たちにとっては罪の告発でもあった。

 学生たちは動揺し、テープの中に大きな弱みを抱える何人かはテープを葬り去って真実を隠蔽しようとさえする。


『自分には責任なんてない』『あんなのは嘘だ』『ハンナは頭がおかしくなったんだ』――そんな言葉を死者に押しつけて。


 テープを聴き、ハンナの物語を知るたびにクレイは行動し、友人たちを問いただす。ハンナが死の理由として語ったことが事実なのか。

 そのたびに彼の行動が波及して、リバティ高校の状況は錯綜する。ひとりの少女の自殺は、やがて大きな秘密を暴き出す。


 その一方で、クレイはひたすら真実を求め続ける。ハンナが最後に遺した声を聴きながら。自分の『理由』に近づきながら。

 何が真実なのか。ハンナを死に追いやったのは、彼女の死に責任があったのは誰なのか。

 あるいは、全員に等しく重い責任がのしかかるのか。


 ……だけど。

 真相をネタバレしそうになったこのへんで、ぼくの解釈を交えるならば。


 結局、本当のことなんてものは全能の神様でもない限りわからないんじゃないだろうか。


 テープで語られた出来事のうち、どれかひとつがなければ彼女は生きていたかもしれない。

 あるいは、起きたことがどれかひとつだけでも自殺は止められなかったかもしれない。


 なんにしても、ひとつの言葉で決めつけることはできない。

 確かに言えるのは「わからない」ということくらいだ。


 真実だなんだと大仰に言ったって、人間の言葉はあまりにも不確かで信用ならない。

 世間話を面白くするためについ脚色をしてしまうことくらい誰にでもある。身を守るための嘘をついたことがない人はいない。

 真偽が定かでないことや個人的な想像を断定調で語る人がいれば、その受け売りを真実として触れ回る人もいる。そして必ず誰かが傷つく。

 ツイッターなんて毎日うんざりするほどにそれの繰り返しだ。


 そんな中でかろうじて信用できるものがあるとすれば、それは本人が本人の言葉で語る、自分自身についての限定的な真実くらいじゃないだろうか。

 友人たちが、クレイが聞いてくれることを信じてハンナが遺したような。


『13の理由』はハンナが彼女自身の真実を語る物語だけれど、真実の不確かさを教えてくれる物語でもある。


 だから今、あることないことさまざまな真実のはざまで暮らしている人たちにこの番組を見てみてほしい。

 見れば、きっといろいろなことを考えるきっかけになるはずだ。

 ぼくらがいかに本当のことをわからないのかということ。一人の人間の言葉がどれほど不確かで、本当のことを語りきるのに足りていないものなのか。

 日常で誰かを傷つけてしまったときにどうするべきか。どうすればあとから後悔せずにすむのか。

 そして、自分やほかの誰かがハンナのような立場に置かれてしまったときに、どうすればその人を救うことができるのか。


 物語の起点はハンナの死で、起こってしまった悲劇は二度と覆せない。

 だけどクレイたちはその悲しみと怒りの中から、ほんの少しずつ尊い教訓を学び取っていく。

 そして手探りではあるけれど、今もって傷ついている誰かを支えたり助けたりすることを覚えていくのだ。

 そこには都合のいい奇跡もなければ、チャリティ番組で芸能人が白い歯を見せて語るような嘘くさい綺麗事もない。

 クレイたちはあくまで彼らにできる等身大の方法を使う。それはぼくらにも間違いなく真似が出来るのだ。


 クレイはどこにでもいる奴で、ハンナの死に何もできなかった情けない奴で、凄いところは特になくて、だからぼくたち自身でもある。

 だから、この物語でクレイと一緒にハンナの『理由』を知って、少しだけ考えてみてほしい。


 最初の一歩はきっと、本人にしかわからない『理由』を、聞いてもわからないかもしれないそれを、知ろうとすることだと思うから。

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冷凍人間2019 仁後律人 @25ri3

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