ムーンダストを君に

イリネコ

プロローグ

「第303飛行隊全滅・・・・・・全飛行隊全滅確認です」


「クソッ!!」


怒鳴るとともに強く握りしめた拳を机の上に振り下ろす。強く握り過ぎたせいか手のひらから血が滲み出てきたが気にする様子は無かった。


「黒峰本部長、お気を確かに」


「そんなことぐらい分かっている!しかし・・・・どうしろというのだ!」


補佐官である広末政士郎ひろすえせいしろうの心配を余所に、危機的状況にも関わらず冷静な広末にイライラを隠せない様子で災害対策本部本部長の黒峰銀鉤くろみねぎんこうが言う。


突如日本全国で起こった未曾有の大災害。それは首都である東京にも直撃し、国会や省庁が壊滅状態になったことでで十分な対応も出来ず行方不明者・死者を合わせて3000万人以上にものぼった。

首相含む主要閣僚は全滅し、国会議員も半数以上が行方不明となっていた。


そんな中唯一被害を受けなかった石川県に遊説していた法務大臣の黒峰銀鉤を長とする緊急対策本部が神沢市に設置された。


黒峰は60代にしてようやく二回目の大臣に任命された。ただの派閥間の数合わせや所謂年功序列による任命だと噂され、過去にも大臣を務めていたが、その時の優柔不断な態度で起こった事件から閣僚内でも多くの批判があった。


黒峰自身大災害を期に大臣を辞任しようとしていた。自分の指揮力ではかえって現場を混乱させてしまうのではないかと判断したからである。しかし、他の生存していた大臣達からの後押しという名の押し付けをされて災害対策本部の本部長に就任した。


━━どうなっているんだ。突然空に現れた裂け目から出てきた少女に米軍はおろか自衛隊すらも壊滅させられるとは・・・・・あいつは一体何者なんだ


黒峰の見つめる先━━大型のテレビモニターには自分の身の丈と同じぐらいの大きさの鎌を持った少女がニコニコとしながら空中に浮遊している姿を映しだされていた。



「あらあら、もう終わりかしら?随分と弱いのね・・・・・人間って奴はね」


少女はクスクスと笑っている。少女は自分に向かって飛んでくる戦闘機やミサイルを怯むことなく巨大な刃を持つ鎌で真っ二つにしていた。時間にして20分かからないくらいで自衛隊や米軍を壊滅させた。少女はカメラで撮影され、黒峰の元へ情報が伝わっているのを知っていたがあえて壊さず、カメラに圧倒的な戦力差を見せつけていた。


「・・・・・・ん?」


次の瞬間、バンッと凄まじい銃声が轟いた。ニコニコとしていた少女の表情は一瞬で能面のような無表情になっていた。


「今の・・・・・貴方が撃ったのね?」


少女は下の方を見ると銃を震えて構えている男性を見つけた。そして自分の肩を軽く撫でた。手のひらは血濡れており、肩からは血がどくどくと流れ出ていた。


少女の体が小刻みに震えたと思うと次の瞬間、狂ったように高笑いをした。


「いいわ・・・すごくいいわ!ゾクゾクしそう・・・!!そうね、勇気ある勇者様には私のとっておきを見せてあげるわ!」


そう言うと手に持っていた鎌を男性の方へ向けるとブツブツと何かを言い出した。すると少女の背後から無数の裂け目が現れた。裂け目の中は亜空間となっていて、全てを黒で塗りつぶされたかのように真っ黒で中がどうなっているのかは分からない。


「舞台は整ったわ、華やかしく死になさい!━━百年ハンドレッド応報ブライディング!!」


鎌を振り下ろすと同時に裂け目の中から電車の車両や道路標識、トラックといった物物が次々と勢いよく飛び出してきた。


「・・・・・・」


男性の頭上に電車の車両が迫っているが恐怖で腰がぬけているのか動けずにいた。


電車の車両が目の前まで迫った瞬間男性は一瞬だけ少女の顔を見た。少女の表情は人が死ぬ瞬間だというのに万遍な笑みを浮かべていた。心の底からの愉悦を感じていたと思った。


「―――――ッ!!!」


車両に押し潰されると同時に男性は声にならないくらいの断末魔を上げた。


地面にめり込んだ物物の下からはどくどくと血が溢れ出て、男性は見る影もなかった。


「ふーん、人間って随分と汚く鳴くのねー」


少女は関心が無くなったのかつまらなさそうに欠伸をした。






「そんな・・・馬鹿な!」


モニターで一部始終を見ていた黒峰は絶句した。自衛隊は愚か最新鋭の武器もってしてでも撃退することができないことにも驚愕したが、現実では考えられない浮世離れした攻撃を見せつけられて呆然としていた。魔法というものは知っていはいたが、所詮は漫画やゲームの中だけの世界、科学が進歩した現実世界において魔法の存在など有り得るはずも無かった。しかし、実際に目の前で見せつけられて信じざるを得ない。


「さっきからずっと見ているそこの貴方」


モニターのカメラ目線に話しかける少女に黒峰はハッとする。モニターのカメラは隠してあった筈なのにその存在を認知し、その向こう側まで把握していることに驚きを隠せなかった。


「まさか、こちらの様子が見えているのか?」


「当然でしょ?じゃないとこんなものに話しかけないわ。━━━それに貴方が話している会話は全てこちらにも聞こえているわ」


黒峰の問いに少女はクスクスと笑いながら応える。モニター越しの様子はおろか音声すらもあちら側に聞こえるはずがないのだが、ついさっきの魔法を見た後のせいか変に冷静にいられた。


「単刀直入に聞く、君の狙いはなんだ?」


黒峰は両手を口の前で組むと真剣な眼差しで尋ねた。これだけ米軍や自衛隊を壊滅させる圧倒的な力があり、日本を滅亡寸前まで追い込んでいるのだから何か目的があるのではないかと黒峰は考えた。


「狙い?そんなもの無いわよ。ただの余興よ、余興」


「余興・・・?」


「えぇ、そうよ。今までのはただの前座。今からこの私・・・『聖帝』がこの国を乗っ取るのよ!最高にゾクゾクしない?」


少女は楽しそうにケタケタと笑った。少女からは悪意は微塵も感じなく、ただ純粋に楽しんでいるところに恐怖を感じた。


「聖帝・・・・」


「そうよ、私のような選ばし者がなることが許される神聖にして不可侵の存在。━━貴方達のようなゴミにも劣らない人間の存在なんて眼中にないのよ」


「何だと!」


黒峰はモニターに映っている少女を精一杯睨みつけた。黒峰はこんな状況で何もできない自分に、どうしようもない苛立ちを覚えた。


「まぁ、拒否権はないけどね。・・・・・もうそろそろかな?」


「そろそろ・・・?」


黒峰が尋ねようとした瞬間、地震が起きたかのように大きく揺れた。机の上に乗っていた山積みの書類はバサバサと床に落ち、マグカップが倒れコーヒーが机から滴っていた。立っていた黒峰はバランスを崩し壁に後頭部をぶつけ苦痛の表情を浮かべた。


「それでは、新しい世界をお楽しみに!」


「ま、待て・・・・・・」


黒峰は少女が鎌で空間を切り裂き、裂け目の中へ消えていくところを見て意識が途絶えた。





「黒峰本部長!黒峰本部長!」


どれくらい時間が経ったのか分からないが広末に体を揺らされ、黒峰は目を覚ました。辺りはバラバラに広がった書類や割れた窓ガラスの破片、倒れた機材等で散らかっていた。


「広末・・・・・なのか?」


黒峰はまだ後頭部が痛むのか手で押さえて確認した。意識がまだはっきりしきっていないのか視界がぼやける。


「はい、広末です。お怪我の方は大丈夫でしょうか?」


「あぁ、大丈夫だ。━━━それより私が気絶している間に何かあったのか?」


「えぇ・・・・・まぁ、そうですね・・・」


口ごもる広末に黒峰は怪訝そうな顔で見た。


「何かあったのか?」


「・・・・・・説明するよりも実際に見ていただいた方が早いと思います」


広末が意を決したような面持ちになると扉を開け上へ向かった。あの時の揺れの影響からか上に続く階段には電気ひとつついてなく真っ暗だった。


広末と黒峰両者が階段を無言のまま登っていくと、隙間から光が漏れている重層感漂う扉があった。広末がドアノブを捻りギギギと音をたてながら扉を開けると辺り一面に光が差し込んできた。


「何だ、これは・・・・・・」


黒峰は思わず息を呑んだ。目の前に広がる光景があまりにも非現実的だったからだ。神沢市内は変わりなかったが一歩外へ出ると雲を貫くような高層ビルや鉄筋造りの建物ありふれていた街並みはほとんどなく、森や平原が広がっておりコンクリートで舗装された道が無くなっていた。ファンタジーの世界でしか見たことのない石造りや木造の家屋が並んでおり、神を祀るための大聖堂が建っていた。

そして、スライムやゴブリンといったゲームの中だけにしか存在しない魔物が平然と歩いており、空は緑色の鱗で覆われたドラゴンが炎を吐きながら空を飛んでいる姿が見えた。


「これが・・・・・奴の言っていた新しい世界なのか」


黒峰はただ立ち尽くすしかなかった。

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