錬金世界の召喚獣

七四六明

最終決戦――【梟魔帝】ネザウォルド・ココヴァギア、飛翔

「情けなし。人類最強の錬金術師も、我が【滅龍帝めつりゅうてい】の前では成す術もなしか」

 人類最強の錬金術師が、【滅龍帝】を前に膝をつく。

 彼のも合わせた数百の召喚獣と戦ったはずの【滅龍帝】には、傷一つない。

 人類最強にして人類最後の希望が崩れ落ちたことで、人類側の士気は大きく崩れ、もはや誰もが諦めの言葉を口にして上を、前を向いて敵と対峙することすら適わない。

 戦うための気力が、振り絞れない。

【滅龍帝】を従える悪魔は、高笑いが止まらない。

「情けない! 情けないぞ人類! 我を生み出したのは貴様らぞ! 我を作り出したのは貴様らぞ! 創造主としてもう少し粘らんか! もっと足掻く姿を見せないか! ちっとも面白くないぞ、人類!」

 悪魔に鼓舞されたわけではない。

 だが彼の言う通り足掻かなければ、人類はあの悪魔の手に堕ちる。

 戦わなければ、死んだまま生きるような世界になってしまう。

 わずかに戦う意思を残した数名だけが、力の限り立ち上がった。

 その中には彼女――アビゲイルの姿もあった。

 すでに錬金術に必要な素材すら、ほとんど持ち合わせていない。

 だが諦めることだけは出来なかった。諦めれば、すべてが終わってしまうから。

 何より自分は任されたのだ、この戦場を。

「アビゲイル様、お逃げください!」

「そうです、せめて王女様だけでも!」

「私は、彼と約束をしたのです! もう逃げないと! 国を捨て、世界を捨ててまで生き恥を晒すことこそ、歴代王女への侮辱となりましょう! だから私は、逃げません!」

「王国の王女か……鬱陶しいっ……!!!」

【滅龍帝】が吐く灼熱が、アビゲイルへと襲い掛かる。

 防御の手段は、ない。

 せめて後ろの者達だけでも護ろうと両腕を広げ、盾になろうとして目を閉じ――

「スイッチ・ゴレム!!!」

 突如現れた土塊の巨兵が、岩板を盾のように操って灼熱から皆を、王女を守る。

 その肩に乗っている青年を見上げた王女は、安堵から涙を零した。

「間に合った」

「ティルくん……!」

 青年ティルは颯爽と飛び降りる。

 彼の側を飛ぶ光をまとった妖精が、桃色の粉を人間達に振り撒くと、粉は鮮やかな光で輝き始める。

「力が……湧いて来る」

 そして勇気が湧いて来る。

 錬金するための素材はもうないが、土塊でも何でも利用すればまだ戦える。

 そんな気力まで湧いて来る。

 そして、彼が妖精と共にいるということは――

「妖精石は手に入れたのですね!」

「あぁ、待たせたな王女様。ここからは俺に任せてくれ」

「本当です……待ったんですから、本当に……」

「……スイッチ、みんなを守ってあげてくれ」

 ゴーレムに皆を任せ、一人悪魔と対峙するティル。

 灼熱を吐く口にビッシリと並んだ牙を剥き、唸る【滅龍帝】に狼狽える様子はない。

 以前ならば真正面から吠えられただけで、膝が笑って立てなくなっていたというのに――

「幾分かは成長したということか……人間」

「そうだ。おまえを倒すため、俺は――いや、俺達は強くなった。見ろ、これが俺の成長した結果。俺がおまえ達と戦っていった中で、成長した証だ!」

 腰の袋から散布された赤い液体が、自動的に錬成陣を描いて輝く。

 そこに並べられる七つの素材。

 これまでの戦いでティルが獲得した素材は、錬成陣の中で淡く輝き、溶けていく。

「冥府より出で立ち飛び立つ神鳥! 二対四枚の翼を広げ、静寂の中に悪魔を滅す! 【梟魔帝きょうまてい】ネザウォルド・ココヴァギア、錬金召喚!!!」

 赤い錬成陣が黒へと変わり、そこから勢いよく召喚獣が飛び上がる。

 四枚の翼を雄々しく広げ、三つの足に鋭い刃の爪を携えた白銀の巨大梟。

【滅龍帝】に負けず劣らずの、梟とは思えない凄まじい咆哮で鳴く召喚獣は、音無く羽ばたいてティルの頭上へと飛ぶ。

「【梟魔帝】……まさか天帝クラスの召喚獣を召喚するとは――冥府の神鳥とは、面白い! 喰らえ! 燃やせ! 【滅龍帝】ラグナローグ・ドラゴニス!」

「冥府へいざなえ! 【梟魔帝】ネザウォルド・ココヴァギア!」

 二体の召喚獣が飛翔する。

 漆黒の鎧鱗を持つ【滅龍帝】が【梟魔帝】よりも速く上昇して頭上を取ると、鋭い爪を持って襲い掛かる。

 身を翻して躱した【梟魔帝】はそのまま【滅龍帝】の背後を取り、四枚の翼を覆う装甲の端から光の束を放って襲う。

 後方から来る攻撃を優雅さすら感じさせる飛行で交わした【滅龍帝】は、勢いよく回転。今度は【梟魔帝】の背後を取ってみせた。

 口に灼熱の火炎弾を蓄え、放つ。

 躱してもすぐ側で炸裂する火炎弾に呑まれまいと、【梟魔帝】は速度を上げる。

 連続で放たれる火炎弾が、上空で爆発して凄まじい量の火の粉を降り注がせてくるが、地上ではただの土と石から錬成されて作り上げられたゴーレムが、人間を必死に守っている。

 ただ二人――ティルと悪魔だけが、二体の召喚獣の戦いを見上げていた。

「破滅と終焉を司りし崇高なる王者! それが【滅龍帝】である! 冥府を司る神鳥であろうと、恐るるに足らぁず!」

「ココは俺達の力の結晶だ! 俺達が紡いできた冒険のすべてだ! 負けるもんか、ただの破壊なんかに、ただの暴力なんかに、終わらせられるものかぁぁっ!!!」

【梟魔帝】が吠える。

 突然の急降下、から急上昇。

【滅龍帝】の下に潜りこむと、火炎弾の弾幕を突っ切って鎧のように固い鱗すら跳ね除けるように突き上げる。

 そして眩い光に包まれたかと思えば、数十体に分身。

 漆黒に荒ぶる力をその身にまとい、突く、突く、突く。

 ダメージを受けて態勢を崩し、落ちていく【滅龍帝】の上空で、【梟魔帝】は吠えた。

 四枚の翼から放たれる光線が螺旋を結び、【滅龍帝】に突き刺さる。

 断末魔の咆哮の後、核を破壊された【滅龍帝】は爆炎の中に散っていった。

「馬鹿な……我が、我が【滅龍帝】が……」

「これで終わりだ! 行け、【梟魔帝】ネザウォルド・ココヴァギアぁぁぁっ!!!」

【梟魔帝】が吠える。

 荒ぶる漆黒を再びその身にまとって、悪魔へと突っ込む。

「おぉ! おぉぉぉっっ!!! 終わらぬ、終わらぬぞ! 終焉は再び訪れる! 貴様ら人間は必ず繰り返す! そのときこそ覚えていろ! 我は、我はぁぁぁっ!!!」

【梟魔帝】の突撃に呑まれ、悪魔は力に散った。

【滅龍帝】、並びに悪魔の消滅を確認し、人類は合わせたかのように歓声を上げる。

 同時、ティルは悪魔の消滅を確認したことで安堵したようで、溜まっていた疲労が噴き出してその場に尻餅をつく。

 だがすぐさま、何かが勢いよく襲い掛かって来た。

 それはとても柔らかく、温かい、王女アビゲイルの胸だった。

「ティルくん――!」

 気付けば、王女に抱擁されている。

 突然のことに驚き、赤面したティルは動揺を隠せない。

 そこには悪魔を倒し、世界を救った英雄の姿はなかった。

「ありがとう! 本当にありがとう――!」

「く、苦しい王女様……! 息が、息ができない!」

 人々は称える。

 称賛の呼び声は空高く響く。

 英雄ティルと、彼の召喚獣を称えて、地上すべてに届かんとするかの如く、大声で。

 女王に抱き締められるティルが戸惑う中で、【梟魔帝】は吠えた。

 英雄の誕生と、主人の勝利を祝うかの如く、梟らしからぬ咆哮で――

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