嘘だろ来世

立見

嘘だろ来世



「僕、来世の君の恋人なんだよ」

「頭大丈夫?」

「今の君も変わらんなぁ。相変わらず冷たい」

「そっちこそ会ったときから変わらないし、そのネタ」

「ネタて」

「そろそろ他の口説きネタ考えなよ。ていうか、「前世で恋人だった」っていう方がメジャーじゃない?」 

「メジャーじゃなくても、僕らは来世で恋人だったんだって」

「来世で恋人、は流行んないよ」


 そう彼女は鼻で笑う。本気にしない割に、邪険にされることもない。一応相手はしてくれるだけマシだろう。




 家の為の結婚だった。来世のことを過去形で語るのはおかしな事だと思うものの、今現在より先に在った記憶なので仕方がない。

 妻になる女性とは、ろくに顔を合わせる機会もないまま籍を入れた。正直、この先何十年も一緒に暮らしていくなど上手く想像ができなかった。

 だというのに、我ながら単純だと言う他ない。端的に言うと一目惚れだった。凛とした美人で、おまけに性格はなかなか気が強い。振り回されるのさえ嬉しいと感じるようになったのだから、明らかに何らかの扉を開いてしまった。ものの数日でこちらは陥落済み。あっという間に幸せな新婚生活の始まりというわけだ。

 彼女の方からは、あまり好かれていた自信はない。何しろ、初めて彼女の笑顔を見たのが、こちらが大通りですっ転んだときなのだ。別に運動音痴でもなく、足場が悪かったわけでもないのに、気づけば地面に五体投地。彼女の笑った顔は最高に可愛かった。

 

 ありがとう、と言われるだけで内心舞い上がった。

 手をつなぐだけで、死ぬかと思うほど顔が熱くなった。

 まだ夫婦とはとても言えない。未熟すぎる気持ちでも、日々幸福であったことには変わりない。

 どうして来世の記憶があるのかは分からない。けれど、前世のものでなくて良かったと思う。あの幸福は終わったものではなく、これから先に確かに存在するのだから。

 そして、こればかりはただの我が儘だと自覚しているものの、今の世で彼女に出会ったからには、共に居たいと願ってしまう。


「来世で、僕は君の恋人なんだよ」

「はいはい。で?」

「だから、付き合ってください」

「それでハイ付き合いましょうってなるわけないじゃん。……そういや、私のどこが好きなの」

「んー、一目惚れに近かったからな。すぐに全部好きになった」

「顔がきっかけ?」

「言い方がアレだな。……まぁでも、中身ももっと知りたかった。好きなものも、嫌いなものも知らなかったし」

「来世では恋人だったんでしょ。そんなことも聞かなかったの?」

「まぁね。だから、今のうちからこうして君と一緒にいたいんだ」

「ストーカー行為は犯罪です」

「ちょっと待って。今のところ合意でこうして話してるんだよな?嫌なの?これって付きまとってることになるの??」


 彼女は口唇をニヤッと吊り上げる。来世でも何度か見ることのできた希少な笑顔だ。凶悪的に可愛い。

 満面の笑みは、来世では見ることはできなかった。もっと笑わせたかったし、幸せにしてもらったぶん、沢山幸せをあげたかった。

 せめて、今世で彼女に他に大事な人ができるまでは、どうか共に居続けることを許してほしい。

 

 僕は今日も、来世の恋人に愛を捧げる。








――――幸せな結婚になるとは、夢にも思わなかった。けれど、夫となった男はどうやら私が好きらしい。冷淡に思えた顔が、いっそだらしなく見えるほど緩んで笑いかけてくるし、傍にいたがって暇があれば買い物にもついてきた。傍目にはびしっとしたスーツ姿の夫が、なぜか平らな道で五体投地をキめたときには死んだと思っていた表情筋が復活したほどだ。

 他人に好意を抱いたことはほとんどなく、気持ちを表すことは更に苦手だった。夫が臆面もなく渡してくれた愛情の、その十分の一も返すことはできなかったと思う。素直に大事にしたかった。そう、できるようになりたいと願えるようになった矢先、夫は事故であっけなく死んでしまった。

 

 打ち切られる幸せなら、いっそ要らない。ずっと共に生きてくれないなら、始めから傍にいて欲しくなんてなかった。

 出会いたくなかったと泣いて、死んでから後悔するほど好きだった来世の夫。

 今世で会うなんてどんな悲劇、否、喜劇だというのだろう。しかもなんの逆行因果か、相手も来世の記憶持ち。茶化さないとやってられない。


 しかも今世でも、彼は私が好きらしい。

 けど、彼の気持ちに応えるつもりはない。

彼の来世では、こんな不器用な私と結婚しなければいけないのだ。今世くらい、もっと明るくて素直な女性と結ばれてほしい。

 

 私は今日も来世を呪い、来世の夫に恋をし続けている。

 

 

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