オレオ~完結編~

太刀川るい

歴史修正主義を許すな

「なんなんだよこの歴史はァ!!!!! オレオがどこにもねぇえじゃねぇかよぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!」

 俺の目の前でその女は激しく吼えると、一瞬で天井近くまで跳躍した。ぎろりと剥いた凶暴な目が俺を睨みつける。

「チィッ! なんだぁ? この動きは!」俺は慌てて鉄パイプを構えた。

「気をつけてくれ、後輩はオレオのことになると身体能力が極限までアップするんだ!」

「妖怪かよ!?」

 女が繰り出した手刀を鉄パイプで受け止めると、手がしびれるほどの強い衝撃が走った。こいつマジで人間か?


「後輩! 落ち着け! もうあのオレオは無いんだ!」

「勝手に消すんじゃねぇえええええええええ!! この歴史修正主義者がァ!」

「言っていることがよく解らねェけど、とりあえず、止めさせてもらうぜ!」

 俺は鉄パイプの両端を持つと、突進してくる女をいなし、そのまま回転して首を絡め取った。背中に回した鉄パイプにがっちりと女の首をはさみ、そのまま締め上げる。

 女は鉄パイプにがりがりと爪を立てていたが、男に液体を手際よく注射されると、途端に目を閉じて穏やかな表情を浮かべた。


「ふう、助かったよ。すまないせっかく依頼を受けて来てくれたのに、こんなことに……」女をそっと薄汚いベッドに寝かせると、男は俺に礼を言った。

 四角い眼鏡をかけた短髪の優男。今回の依頼主だ。

「どうも三周年だっていうから、特設のサイトを見ていたんだが……そこにオレオがなかったことに腹を立てたらしくて……」

「よくわからないが、まあそれは置いておいて、さっきの注射は何だ?」

「ああ、オレオのエッセンスだよ。彼女はオレオ欠乏症でね……だからこそ君の助けが必要なんだ」

「オレオ欠乏症? 聞いたことがないな」

「どこから話せば良いものなのか……」眼鏡の男は目を閉じると、静かに語り始めた。


「2016年、オレオが生産中止になったのは知っているね」

「オレオは今でも売っているんじゃないか?地元のカスミでも見たぞ。今は品薄だそうけど」

「いや、あれは前のオレオとは微妙に違うんだ。名前だけ一緒でも製造元が違う。なんていうかな……そう、一期の人気を受けて、監督を変えて二期を制作したものの、結局コレじゃない感が出てしまったのけものアニメ的なそんな感じなんだ」

「危険な話題だな。つまり今のオレオでは満足できないと?」

「ああ、彼女は特にね。そして、ついにオレオ欠乏症を発症してしまったんだ。これを治療するためには一定以上のオレオが必要なんだ。それも2016年以前のものがね」

「そんな古いもんが残ってるのかよ。賞味期限は大丈夫かぁ?」

「エッセンスを取り出すだけだから、平気さ。それに、心当たりはある」

 メガネは、崩れかけた窓から荒野の向こう、東京を指さした。


 江戸川の水は今日も雑巾から滴り落ちた水を集めたような色をしている。

 双眼鏡の中には天まで届くようなスカイツリーと、巨大な国立競技場が見えている。江戸川の河川敷には「東京、オレオリンピック2020」の看板が並び、「即刻中止せよ」との落書きがスプレーでされていた。


「まったく、ふざけたイベントやってくれるわね」あれからしばらくして、女は目を覚ました。錯乱状態が収まれば普通の女の子だ。

「大体オ○ンピックネタにしたらJ○Cがうるさいんじゃないの」

「隠しきれてねェな」

「大丈夫。あれはオ○ンピックじゃなくて、オレオリンピックだから。オレオの祭典だから。あそこなら、きっと昔のオレオも集められているはず……」

「細かいことはいいけれどよォ……」俺は双眼鏡から目を離す。「どうすんだ? 今は特別警戒中だぜ。千葉方面から入るのは難しい。何かあてはあるのか?」

 メガネはうなづくとあるき始めた。「ああ、ついてきてくれ」


 オレオ女が薄汚いビルのドアを叩くと、たちまち屈強な男たちが敬礼で出迎えた。

「これはジェネラル!お疲れ様です!」

「東京はどんな感じかしら?」

「状況は極めて悪いです。小礼緒川おれおがわ総理は市民からオレオを取り上げ、レジスタンスのメンバーが次々に投獄されています」

「トンネルは?」

「完成しています。こちらにどうぞ!」男は建物の奥へと引っ込んでいった。


 建物の地下から伸びるトンネルは共同溝というところにまで続いていた。高速インターネッツの光ケーブルや都市に電力を供給する高電圧線を通す為に作られた場所だそうで、オレオ女の説明によると、東京のど真ん中まで通じているらしい。


「彼女は、オレオを真に愛する地下組織のリーダーなんだ」

 薄暗いコンクリートの通路に靴音が響く。俺たちはもう数時間あるき続けている。

「今、日本は慢性的なオレオ不足に苦しんでいるわ。東京が大量のオレオを独占しているからよ。まあ、私には今のオレオはオレオであってオレオじゃないんだけれど……とにかく、この流れを断ち切らないことには……」

「みんな止まれ」メガネが片手を広げた。


 暗い通路の向こうから、物音がする。何かが近づいてきている。

「ビター&スイートノ……ステキナ……オイシサ……」

「管理用AIだ! 逃げろ! 消されるぞ!」次の瞬間、俺は鉄パイプを握りしめると、スマホのロゴを彷彿とさせる不格好なロボ野郎に思いっきり振り下ろした。

「オラァッ! 鹿島仕込みの茨城県民舐めんなやコラ!」

 プラスチックが砕け、フレームが歪む。たちまちロボは動きを止めた。

「すぐ、他のが集まってくる。今すぐ地上に上がろう! こっちだ!」メガネについて、俺は狭いハシゴを登る。

「しかし、なんであんな場所に機械がいやがったんだ?」

「わからない。センサーが設置してあったのかもしれない。……もしかするとこれは……」メガネが言い終わるより先に、強い光が俺たちの顔に投げかけられた。


「そう、お察しの通り。罠だよ」

 スーツを来た男がハシゴを上った場所に顔をのぞかせている。

 オレオ女が唇を噛んだ。「小礼緒川……総理!」


「オレオを欠乏させれば、君たちのようなオレオ狂いが全国から集まってくると思ってね」黒塗りの高級車の中で、俺達は総理と対面していた。


「次の元号はオレオが良いと思うんだが、どうかな。オレオ元年」

「オレオ天皇になる次の陛下が気の毒だな」

 俺の嫌味を総理は聞き流して次の質問に移った。

「君たちはオレオをなんだと思っている?」

「菓子」

「元職場」

「人生……かな」

「重っ!」

 総理は首を振った。

「君たちは何も解っていない……オレオ……それは異世界から到来した未知の生命体なんだ」

「そうなの!?」

「あれを見給え」総理は、外を指さした。オフィスビルの前に巨大なオレオが浮いて回転している。

「ま、まさかこれは……オレオクリッカー!」

「そう、大量のオレオエネルギーを生み出す謎の存在だ。今あれは1秒に1那由多のオレオを生み出している。まったく恐ろしい存在だよ」総理はクククと笑った。

「間違いなくこの世界のものではないのだ。さて、貴様らは今からこのオレオクリッカーの一部となってもらう。そして一億総オレオ社会の礎となるのだ!」総理は俺たちを車外へと連れだした。周囲はサングラスの黒服にぎっちりとかためられている。俺は奪われたままの鉄パイプを凝視した。チャンスはあるだろうか。


 突然、オレオ女が口を開いた。

「ここまで来るのは苦労したわ」

「ほう……ずいぶんと余裕だね。なにか切り札でもあるのかな」

「ええあるわ。切り札は……私自身よ」オレオ女は突然、手近にいた黒服の腕を取ると投げ飛ばした。黒服は木の葉の様に宙を舞い、そのまま地面に落ちて動かなくなる。


「こ、この怪力! まさかコードネーム・ミネルヴァ! 殺戮のフクロウとはお前のことか!」周囲の黒服がどよめく。そう言えば、言っていたっけ。オレオのことになると、この女は身体能力が極限まで上がるって。

 たちまち周囲は大乱戦となった。

「トラックだ! トラックはないか!」

「なんでトラックなんだ?」

 俺は鉄パイプを振り回しながら叫ぶ。

「あれは異世界から来た存在だ! 異世界にはトラックをぶつけんだよ!」メガネが吼える。

「そ、そうか! ……あ、あったぞ! トラックが! でもやたらピカピカしている!」「背に腹は変えられん! 行くぞッ!」


 ブイ!! エー!! エヌ! アイ! エル! エル!エー!

「すまない。音の止め方がわからない」

「どけどけどけェ! 転生されてェか!」俺は逃げ惑う黒服にクラクションを連打する。求人! 高収入! 景気の良い音楽に乗ってけたたましいホーンがストリートに響く。

「角度速度共に問題はない。さあいけ!」

 俺はアクセルを思いっきり踏み込んだ。


 突然空間に亀裂が入る。オレオクリッカーはターミネーターみたいにぼこんと

 歪むと、まばゆい光と共に消滅し、周囲に大量のオレオを撒き散らした。

「ば、バカな!!オレオが!!!敗北するだと!?」

 驚愕の表情を浮かべる総理を、オレオ女が締め落とす。

「あなたも、オレオに踊らされた被害者の一人だったのかもしれないわね」

 オレオ女はなんとも言えない表情を浮かべた。


 オフィス街には大量のオレオが散乱している。オレオ女はそれをそっとつまみ上げて口に運び、驚愕の表情を浮かべた。

「これは……あの味よ! 私達が作っていた!」

「なんだって!? ほ、本当だ! あの衝撃でオレオが浄化され、真の姿を取り戻したのか!」メガネとオレオ女は手を取り合って喜ぶ。

「新しいオレオには別の名前が必要よ! 何がいいかしら!」

「ノアールってのはどうかな」メガネがシャレオツなネーミングを提案すると、オレオ女は顔を輝かせた。


 いつの間にか集まってきた市民が、次々にオレオを口に含み顔をほころばせている。いや、今はノアールか。

 俺はその様子を見ながら、自販機によりかかってノアールをかじった。

 ビター&スイートの素敵な美味しさが疲れた体に広がっていく。Milk's Favorite Cookie。悪くない。まあ、たまにはこういうのもいいかもしれないな。


 空は秋晴れ、街にはオレオが溢れていた。

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オレオ~完結編~ 太刀川るい @R_tachigawa

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