さすがフクロウ、私の恋の切り札!

いなばー

さすがフクロウ、私の恋の切り札!

 大友君は、恋の相手としてはかなりの難敵だ。

 私みたいな初心者では攻略なんて難しそう。

 それでも私はやる!

 ふたりっきりの帰り道というチャンス、逃してなるものか!


「大友君。私、これからクッキー作ろうって思ってるんだ。もしよかっ……」

「小早川は事あるごとに甘い物だな。そんなんだから太るんだ」


 ぐっさああ!!

 いきなりのクリティカルヒッッット!!!

 いや、確かに私はスリムじゃないけれどっ。


「わ、私……太ってはないよ? 先月二キロも減ったし!」


 と、大友君が銀縁メガネの真ん中に中指を当て、くいっと上げた。


「キミ、焼け石に水という言葉を知っているか?」


 ええっっ!!

 私の努力をもっと評価して! 夜の十時以降の間食を絶った私の努力を!


 一方で、私は胸の内に異様な感覚が広がっていくのを感じていた。

 言葉にすると、ゾクゾク?


 大友君が私を見下ろしながら言う。


「まぁ、キミの体重の話はこれまでにしよう」


 あ、なんだかんだで気を配ってくれるんだ?

 大友君のこういうふと見せる優しい……


「あまりに哀れだ」


 そう言う大友君の視線はシベリアみたく冷たかった。

 私は思わずゾクゾクしてしまう。ゾクゾク?


 そしてふたりの会話?は無残、終了してしまった……。


 いやいや、ここで引き下がっては大友君相手に恋なんてできない。

 なんとかして話題を……話題……。


「思い出したけど、もうすぐ期末テストだね?」


 どうにかひねり出したのはまるで色気のないもの。

 いや、大友君は常に勉学に励んでる優等生。この話題には食い付いて……


「思い出したけど? 一週間前に迫った期末テストの存在を、うっかり忘れていたというのか、キミは?」


 などと言われてしまう。

 ああ……液体窒素みたいなその視線……ゾクゾクしちゃう……。

 だから、ゾクゾクって何?


 まぁいいや。とにかく、これ以上彼に軽蔑されるのは勘弁だ。

 なんとか言い訳を試みる。


「わ、忘れてはないよ? ちょっと話を振っただけ? みたいな?」

「とはいえ、僕とキミとでテストの話ができるとも思えない」

「え? どういうこと?」


 思わず首を傾げてしまう。

 ふたりとも同じ高校の同じ学年なんだし、期末テストは数少ない共通の話題なんでは?

 大友君がため息をついて頭を左右に振る。

 そして私を見た。


「レベルが違いすぎるだろう?」


 高等生物が下等生物を見る目。


 はあぁ~~~ん。


 声が出かけてかろうじて踏み止まる。

 私はようやく知った。今、胸を痺れさせるこの特殊な感情……。


 私ってMなんだ?


 そして大友君はS。

 自覚のないナチュラルなSのようだ?


 え? ええ?

 私、恋してるんじゃなくて、Sに虐げられたいだけのMなの?


 ちょっと待って、ちょっと待って!

 そんなことないよ、私!

 彼に恋した瞬間を、よぉっく思い出して?


 ええっと……あれは半年くらい前の梅雨時?

 大たわけの私が、梅雨にも関わらず傘を忘れたんだよ。

 朝は曇りだったのに帰ろうとしたら大雨に……。

 そこへさっそうと現われたのが大友君!


『この季節に傘を忘れるとはな』


 と、侮蔑に満ちた眼差しを私に向けて。

 侮蔑?

 いやいや、とにかく私に折りたたみ傘を貸してくれたんだよ。


 ほら! この優しさに、ドキドキしたんだよ!


 よし! よしっ! 私のは恋だ!

 Sを求めるMの本能じゃないっ!!


 ギリギリ過半数で恋だと可決した私は、大友君との会話の継続を試みる。


「ま、まぁ……私と大友君とじゃ、成績が違いすぎるよね」

「そのとおりだな」


 富士山のてっぺんから見下ろすような彼の言葉にダメージを受けつつも、私は続ける。


「だ、だからあ……私に、勉強……教えて、欲しいな……?」


 すっごい勇気を振り絞って言った。

 よくやった私!

 このまま、ふたりっきりのキャッキャウフフな勉強会目指して……


「いくら出す?」

「はいぃぃ???」


 アマゾンかどっかにいる珍しい動物みたいな声を出してしまう私。


 しかし大友君は私の奇声なんて気にせずに、おっきな手のひらをこっちに向けてきた。

 彼は本気マジである。


「お、お金ぇ~ですかぁ~」

「勉強を教えるんだ。当然だろう?」

「そうかもしれませんがぁ~」


 なんか、思いっきりカツアゲされてるみたいな状況だけど、彼の主張はある面で正しかった。

 私と大友君は、無償で勉強を教えてもらえるような関係ではないのだ。


 距離を見誤った……。


 いいや、よく考えるんだ、私!

 逆に言えば、お金を出しさえすれば、ふたりっきりの勉強会が成立する!

 この際、見てくれなんてどうでもいいじゃない!


 しかし……さらによく考えた私は、厳しい現実にぶち当たる。


「お、お金……ないです……」

「甘い物を作ってばかりいるからだな」


 まったくもってその通りです。

 私の趣味は甘い物を作ることだけど、その材料はタダじゃない。どころか、完成品を買うより高くついた。


 万策……というか金策尽きて、私は涙目になる。

 こうなれば、フクロウ……フクロウだけが、私の切り札だ。


「なっ! なんだと!?」


 突如、大友君が声を上げる。

 彼がこんなふうに狼狽するなんて?


「どうしたの?」

「魔女の、使いがぁ!」


 ワナワナと大友君が指差した先にいたのは……カラス?

 私達の行く手にカラスがいる。

 それ以外には何も?


「カラスしかいないよ?」

「奴こそ! 魔女の使いぃ!」

「え?」


 片手で魔女の使い(?)を指さし、片手で銀縁メガネのツルを掴んでいる大友君。

 かわいそうなくらい手が震えちゃって、メガネがカクカク音を出しちゃってる。


 どうしたもんだか分からないまま大友君を見つめていると、それに気付いたらしい大友君がこっちを向いた。

 あれ? 彼の視線。あんなにも私をゾクゾクさせたSのものでなくなってる?


 この時、私の胸に去来したもの。

 実はたいしたSでない大友君に対する失望感?

 いいや、違った!

 普段厳しい彼の意外な一面に対するキュンキュン!


 やっぱり、私は大友君に恋してるんだ!


「お、おい! なんでニヤニヤしてるんだ!」

「ゴメンゴメン」


 両手を振って謝る私だけど、ニヤニヤはまだまだ続く。

 とにかく私はMかもしれないがSではない。

 愛しの彼の窮状を救おう。


 私はスキップ混じりに歩いていき、カラスに向かって片手を振った。


「ほらほら、向こうへ行った行った!」


 と、カラスがカァと鳴く。

 それを聞いたか、さらに二羽舞い降りてきた!?


「ふ、増えたあ!」


 後ろから情けない声が聞こえてくる。

 しかし、私の恋心は微動だにしない。


「ほら~、まとめて向こうへ行け~!」


 両手を広げてカラス目がけて突進すると、さすがに向こうは飛んで逃げた。

 ふん、下等生物どもが。


「き、消えた……」


 大げさに言う大友君。

 彼の方へと振り返ると、もうしゃんと背筋を伸ばしたいつもの大友君がいた。


「カラス、怖いの?」

「こ、こここ、怖いわけじゃないっ!!」


 調子に乗って失言した。

 大友君がプライド高いの知ってるでしょ、私。


 近付いてきた大友君が軽く咳払いをする。


「鳥類ごときを怖がる僕ではない。単に、連中を穢らわしく思っているだけだ」

「なるほど。穢らわしいのはカラスのみ? 鳥類全体?」


 大友君が銀縁メガネのアーチに指を当てながら言う。


「鳥類全体だ」


 そっか、鳥類全体が怖いんだ?


 なかなか難しい少年である。

 これはいよいよ切り札のフクロウに頼らねば?




 そして私の家にたどり着く。

 玄関の扉を開けると、上がってすぐのところで中学生の弟が待ち構えていた。

 私を指差して言う。


「おおっ! ふたり仲良く下校デートっすか!?」

「デ、デート!? 何言っちゃってんの、あんた!」


 両手を振って懸命に否定する私。

 そこへ後ろから大きなため息が聞こえる。


「まったくだ。くだらん」


 大友君の毒舌。

 くだらんはちょっと勘弁して欲しい。


「でも、お姉って大友先生のこと、好きなんすよ?」

「おいいいっ!!」


 弟の口を塞ごうと前のめりになって、スッ転ぶ私。

 あ、スカート……セーフ。


 廊下に這いつくばった体勢で大友君の様子をうかがう。


「な、何言っている……好き……? バカな……」


 なんか複雑な表情をしていて感情が読み取れない。

 やっぱり、今の段階で好きとかアウトだよ。


「でも、ホントに好きなんすよ。俺が先生に勉強見てもらってる時、あれこれ言い訳作って俺の部屋に来るでしょ? 先生も、それだけで分かりそうなもんす」

「なん……だと……?」


 大友君、ぎろりと私を見る。

 え? 怒ってる?


「僕を家庭教師に雇ったのは、キミのくだらない恋心の為だと言うのか!?」


 これはいけない!

 大友君のプライドを傷付けてる!


「ち、違うよ。フクの成績が悪いのホントだし、私が知ってる中で一番勉強できるのは大友君だし、だから……だから、家庭教師にって推薦したの!」

「下心は!?」


 大友君から怒りに燃えた目で睨まれて、私はちょっぴり視線を逸らしてしまう。


「四十三パーセントくらい?」

「そこそこあるんじゃないか!」


 怒鳴られた私は頭の中グチャグチャ。

 思いきって大友君の腰にすがり付いた。


「ゴメン! でも、好きだから!」

「くだらん!」


 払い除けられる! ……と思ったけど、乱暴にはしてこない。


「大友先生だって、お姉が作ったクッキー、うまいうまい言って食ってるじゃないっすか」


 え、そうなの?


「あ、あれは……疲れた脳が糖分を欲しただけだ!」

「でも、包んで持って帰ってるじゃないっすか」

「あ、あれは……夜食にっ!」

「いいからいいから、もうくっついちゃってくださいよ。横で見てるだけで小っ恥ずかしいんすから」

福郎ふくろう! いい加減にしろっ!」


 弟にそう言う大友君は耳まで真っ赤っか?

 銀縁メガネがズレちゃってて?


「お姉。行けるぜ、この恋!」


 ぐっと親指を立てる中学生。

 ……やらかしたことは無茶苦茶だけれども、結果かなり前進したっぽい?


 さすが福郎、私の恋の切り札!

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