第43話 レシピ本をつくりたい・9
役所の前を通り過ぎて、そのまま王城に向かう。町を守っていた門と同じくらい大きいその城門は、重厚な全身鎧を纏った兵士に守られていた。彼らはアドルフィーの姿を見るとすぐに道を開けてくれた。
「琴子、こっちだ」
「あ、はい」
どうやら今回は本の企画ということで、謁見の間などという大きな広間ではなく、会議室のようなところで行うらしい。
(よかった……。なんか謁見の間っていうと、なんかえらい人達がたくさん並んでいて、声をかけられるまで頭を上げてはいけないとか、そんなイメージだったもの)
そんなことを思いながら、先を歩くアドリアンに付いていく。
王城は、本当に綺麗な建物だった。
天井は高く、廊下も広く、どこもピカピカに磨き上げられている。高所にある窓に嵌められているステンドグラスが、陽光に煌いていた。白くて大きな柱にも、見事な蔦模様の彫刻が施されていた。
(本当にお城だ。綺麗……)
広い廊下を進んでいくと、メイド服を着た侍女が立ち止まり、ふたりが通り過ぎるまで頭を下げて見送る。琴子も思わず会釈を返しながら歩いた。
警備兵に守られた大きな扉の前で、アドリアンは足を止めた。どうやらここに国王と王妃が待っているらしい。警備兵が開けてくれた扉から部屋に入る。
(うわぁ、広い……)
貴族の屋敷にある書斎のような雰囲気の部屋だ。四方には重厚な造りの本棚が並び、そこには本がびっしりと詰め込まれていた。きっとこれは、今まで発行してきた本なのだろう。部屋の一番奥に書類が山積みになった大きな机があるが、そこにはダレもいない。中央に大きなソファーと机があり、そこに若い男女が座っていた。
(王様と、王妃様?)
国王なのだから、勝手に威厳のある老齢の男性を想像していたが、そこにいたのはアドリアンよりも少し年上くらいの男性だった。煌く金色の髪をした思慮深そうな青年。その隣にいるのが、噂の王妃だろうか。
「え?」
隣に視線を向けた琴子は、思わず声を上げてしまった。王妃のほうも琴子を見て、勢いよくソファーから立ち上がる。
「あなたは……」
「やっぱり日本人よね? あのレシピを見たときから、もしかしたらって思っていたのよ」
彼女は、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした、まさに大和撫子と言いたくなるような、美しい日本人だったのだ。
まさか自分と同じように、この世界に迷い込んでいた人がいるとは思わなかった。
王妃は驚いて立ち尽くす琴子に駆け寄って、しっかりと抱き締める。
「私は由依よ。あなたは?」
「琴子、です」
「琴子って呼んでもいい? いつここに来たの?」
「はい、もちろんです。たしか、九月一日でした」
「九月。まだ三か月ほどね。今までどうやって暮らしていたの?」
由依の質問に、琴子は戸惑いながらもゆっくりと答えていく。
「そういうわけで、王妃様のお陰で、こうして無事に暮らすことができました」
「由依と呼んで。あなたの役に立ててよかったわ。でもその腕輪……」
彼女の視線は、琴子の腕に嵌められている花柄の腕輪に注がれていた。
「あ、違います。さすがに十五歳未満じゃないです。あまりにも大きくて、これを支給されただけです」
「ああ、そうよね。いくら日本人が若く見えるといっても、さすがにね」
「どういうことだ。ふたりは知り合いなのか?」
置いてきぼりになっていた国王とアドリアンが、戸惑ったように顔を見合わせている。
「ジーク。知り合いではないけれど、同郷の人よ。私と同じ、日本人なの」
「では彼女も異世界から召喚されたということか?」
「召喚、ではなさそうね。聖女の召喚は、五百年に一度と決められているわ。あれからまだ五年しか経過していないもの。もしかして私の召喚によって、異世界に通じる道ができてしまったのかもしれない。企画書を見たとき、そうではないかと思っていたのよ。その通りだったわ」
そうして由依も、自分の事情を語ってくれた。
彼女は五年ほど前に、神託によってこの世界に召喚され、聖女として暮らしていたらしい。当時は王太子であったジークフリートと出逢い、ともに過ごしているうちにふたりは愛し合うようになる。そして、二年前に結婚したようだ。
(五年……。五年も、この世界に)
聖女として召喚された彼女と、迷い込んでしまっただけの琴子では事情は違うかもしれない。でも由依はこの世界で結婚し、王妃となっている。そのことに多少の驚きを持つ。怖くはなかったのか。愛する人と引き離されてしまうかもしれないと、怯えることはなかったのだろうか。
(彼女はこの世界に召喚されて、招き入れられたわけだから、わたしとは違うのかもしれない)
最後にはそう思う。
国王との結婚は試練も多かったようだが、それでも前向きに、色々な改革を推し進めているようだ。
「琴子……」
アドリアンの戸惑った声に、琴子ははっとして顔を上げた。
「琴子は、王妃陛下と同じ世界から来たのか?」
彼には別の大陸から来たと説明していたのだ。騙されたと思うだろうか。焦りながらも、事情を説明する。
「ごめんなさい、黙っていて。アドリアンさんは、あんなにわたしのために色々としてくれたのに。でも、自分でもここがどこなのか、理解することができなくて。でも、眠っているうちにここに来てしまったのは本当なの」
困惑した様子のアドリアンの姿に、罪悪感が募る。
「アドリアン、琴子を責めないであげて。召喚され、すぐに事情を説明してもらえた私でさえ、混乱したもの。何も知らない琴子が事情を話さなかったとしても、それは仕方のないことだわ」
「わかっています。もちろん、琴子を責める気などありません」
由依の言葉にそう答えたアドリアンは、安心させるように、琴子に笑みを向けた。その優しさに、たとえ疑われても、自分からちゃんと真相を打ち明ければよかったと後悔する。
「もっと話したいところだけど、今はこの企画書ね」
由依が、琴子が提出した企画書を手に取る。
「読ませてもらったわ。もちろん、私は全力で支援するつもり。ジークもそうよね?」
「ああ。アドリアンがレシピ通りに作ってみせてくれた。彼が作れるレシピなら、何の問題はない。これから本の詳細について、由依と相談してほしい。本の発行を管理しているのは彼女だ」
「王妃様……、由依さんが」
「ええ、よろしくね。さっそく打ち合わせをしたいんだけど、今日は大丈夫かしら?」
「はい、定休日なので大丈夫です」
「じゃあ色々と決めてしまいましょう。アドリアン、夕方頃に琴子を迎えに来て」
「承知しました」
アドリアンはそう返答し、国王のジークフリートとともに部屋を退出した。
「それで琴子。レシピはどれくらい載せる?」
由依はさっそくそう尋ねる。
「そうですね。まずは十くらい、と思っています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます