第17話 知らない世界・13
彼女の優しさに感動すると同時に、アドリアンが心配するのも無理はないと思ってしまう。
さらに。
(初めて見たときから思ったけど、この人イケメンすぎる。何、今の笑顔。眩しすぎて目が眩むかと思った)
しかも自分の名前を出しても良いと言ってくれた。きっと、上層部に顔が効くのだろう。
「あ、ありがとうございます」
素直にお礼を言ってもう一度頭を下げる。
「ああ、入り口ですっかり話し込んでしまいました。さあ、どうぞ中へ」
そのやりとりを見て安堵した様子のマリアが、アドリアンを店の中に招き入れる。
「すぐに用意しますから。琴子、手伝っておくれ」
予想していたように、取り分けられていた料理は彼の分らしい。
「はい、今すぐ」
マリアがアドリアンを席に案内をして、その場で話をしている間に、琴子は手早くスープを温め直して皿に盛りつけた。
料理はまだ残っていたが、彼はスープとパンしかいらないらしい。
(夕食がパンとスープだけって、ちょっと栄養バランスが悪い気がする。成人男性だし、騎士なら身体が資本じゃないのかな……)
おせっかいだと思いつつ、いつも菓子パンを昼食にしていた里衣を見ていたときのように、気になって仕方がない。
(もしかしたら夜食っていう可能性もあるかな。うん、それなら納得かも)
きっと貴族の晩餐会などで、豪華な食事を食べているのかもしれない。だからシンプルなパンやスープが恋しくなるのだ。
そんな勝手な想像をしてひとりで後片付けをしていると、ふたりの会話が聞こえてきた。
「ピーレをフライに? あれは茹でて食べるものだと思っていたが」
「ええ。私もそれしか知りませんでした。でも琴子は、異国の変わった料理を作ってくれるんです。昨日も、ビュッフェというものを開催して……」
どうやら琴子の話をしているようだ。嬉しそうにビュッフェの説明をするマリアの声を聞きながら、ちょっと恥ずかしくなる。
「そうか。酒を出すのはやめたのか?」
「はい。代わりに琴子の提案してくれた、このビュッフェをやってみようかと思いまして」
「酒を出すと、客同士でトラブルになることがある。それは店側でどんなに気を付けていても、防げない場合もあるからな。その方がいい」
思いつきで始めてみたビュッフェだったが、思いのほか役に立てたらしい。そのことが嬉しくなる。
(誰かの役に立てるって、嬉しいな)
厨房の奥から伺っていると、どうやら彼は食事を終えたようだ。マリアと会話をして、それから席を立つ。もう帰るようだと気が付いて、琴子も慌てて見送りに向かった。
「ありがとうございました。またいらしてください」
「ありがとうございました!」
マリアと並んで頭を下げて、彼を見送った。琴子はマリアよりも先に店内に戻り、食器を片付ける。
「遅くまですまないね。あとは私が片づけるから……」
「いえ、わたしがやります。マリアおばさんこそ、もう休んでください」
そう言ったが、マリアも動かない。仕方なく、ふたりで並んで食器を洗った。
「明日の朝、さっそく届け出に行こうと思います。あの、お城はどっちの方角ですか?」
「ああ、買い出しもあるし、一緒に行くよ」
そう言ったマリアは、困ったような顔をして首を傾げる。
「すまないね。わたしはどうも、法律とかに疎くて。届け出が必要だなんて知らなかったよ。あのとき、城門ですぐに届け出をすれば琴子に嫌な思いをさせることもなかったのに」
「いえ、何も知らないのはわたしも同じです。だからこのままだと、マリアおばさんに迷惑をかけてしまうところでした」
移住が制限されているなら、おそらく不法滞在者も多いのだろう。
そして彼はきっと、それを取り締まる立場の人間だ。マリアが優しいのは事実だし、過去に彼女を利用しようとした犯罪者がいたのなら、彼が警戒するのも無理はない。
それに琴子の言い分は、自分でも怪しいと思う。他の国から来たかもしれないのに、ずっと眠ったままだったなんて不自然だ。
(何日間眠っていたんだって話よね。でも異世界だなんて言ったら、それこそもっと怪しいし)
さんざん尋問された挙句、町から追放されるかもしれない。でも、マリアに迷惑をかけるよりはましか。
「届け出を出して、この国に滞在する許可を下りればいいんですけど」
「ああ、それなら大丈夫だよ。アドリアン様と面会済みだと言えば、手続きは簡単に終わると思うよ」
だがマリアのその言葉に、琴子の不安は消えた。あのアドリアンという騎士は、やはり相当身分の高い人間のようだ。でもそんな人が、どうして町の食堂で食事をしていくのだろう。
琴子がそう思ったのがわかったのか、マリアは経緯を説明してくれた。
「アドリアン様は、私の亡くなった姉が長年お仕えしていた方でね。姉が一年半くらい前に亡くなったあとも、何かと気に掛けてくれたんだよ。そんなとき、町の外で親に捨てられたという子ども達に会って。お腹がすいたというから、ここに連れてきたんだけど……」
だがその子ども達は、窃盗団の一味だったのだ。
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