第38話

 初めて入る遺跡の中は、四方八方訳の分からない金属ばかり。


「くそ! 煙が酷くて前が見えない」


 室内に籠る真っ黒い煙、排煙装置は働いているが、それ以上に煙が充満しきっている。


「うわ!?」


 突如室内に雨が降り出した。なんだろう、これも遺跡の正常作動何だろうか。兎に角雨のおかげで、多少は煙の勢いが緩んできた。


「イグニス! 生存者が何処にいるか分かる!?」

「探索中だ、マスター!」


 この煙の中じゃ、息をするのだって一苦労。そんな時は呼吸を必要としないイグニスの存在はありがたい。


 煙に覆われた視界の中、僕が精一杯目を凝らしていると。


「分かった! 奥だ! 奥に進んで!」


 イグニスの小脇に抱えられたロメオさんが、鍵に映った何かを指し示しながらそう言った。


「イグニス! ロメオさんの言うとおりに!」

「了解した、マスター!」


 足手纏いなんてとんでもない。僕たちはロメオさんの指示通りに、先の見えない込み入った通路を右へ左へと進んでいく。


 せまっ苦しい、あるいはだだっ広い通路を、ゴム毬の様に飛ぶように駆ける。奥へ奥へ、ひたすら奥へ、そして僕らは、目的地へとたどり着く。だが、そこでは驚くべき光景が広がっていた。


 ギンギンと金属同士が打ち合う音、鳴り響く悲鳴。それは、魔道兵器同士のぶつかり合いだった。


「イグニス!」

「了解だ、マスター!」


 イグニスはロメオさんを安全な所に放り投げ、自由になった右手で剣を抜き放つ。

 片方の魔道兵器には人間が乗っていて、もう片方には人間が乗っちゃいない。それから推測されることは唯一つ。


「魔道兵器が暴走したのか!」


― 瞬 ―


 イグニスは手にした剣を投擲、それは一番後ろの魔道兵器の背中に深々と突き刺さる。百発百中の投擲術は、一撃でもってその脊柱を寸断した。

 その魔道兵器は、異音を発しながら、ガタガタとバランスを崩す。だが、彼らは一台では無い。通路を埋め尽くさんばかりの魔道兵器の群れだ。

 その群れは、一撃でもって友軍を沈黙させたイグニスを優先すべき脅威と認定。一斉にこちらの方へと振り向いた。


「マスター!」

「ああ、分かってる!」


 この煙の中に長時間いてはどんな影響があるのか分からない。迅速に事態を収拾する必要がある。


「行くよ! イグニス!」

「了解だ! マスター!」


 僕はイグニスの背中に手を当てる。紅蓮の炎がそこを中心に広がって、僕は焔に包まれた。


「おおおおおお!」


 イグニスの力を解放した僕は、一時的に聖剣を携えた勇者となる。黒くくすんだ髪は、太陽の様な金髪に、全身に力が漲り、意識もそれ相応に広がっていく。


 右手に持つは、折れた聖剣。紅蓮の炎を纏いし聖剣を翻し、僕は魔道兵器の群れへと突進した。


「はっ!」


 折れ、傷ついたと言え、夢想の聖剣、それは易々と魔道兵器を切り裂いていく。だが


 爆発音、切り倒した魔道兵器の一体が炎を吹き上げ、大爆発を巻き起こす。


「くそっ! こんな所で!」


 腕力も、剣術も、僕は一時的に勇者レベルまで引き上げられる。だが、経験は付いてこない。何処を攻撃したら、魔道兵器が爆発を起こすのか、そのノウハウなんて持っちゃいない。


 兎に角、ここでこれ以上爆発なんて起こす訳にはいかない。この魔道兵器たちのすぐ後ろには逃げ遅れた人たちが肩を寄せ合い震えているのだ。


 戦場を移す。


 幸い僕たちの脅威は十分にアピールできた、ならば僕たちが動けば、魔道兵器たちもついて来るだろう。


「こっちだ!」


 僕は、魔道兵器を引き連れて、方向転換。ついて来る彼らの手足を切り飛ばしながら、奥へ奥へと進んでいった。





「ジュリエッタ! 大丈夫かい!」


 イグニスに放り投げられたロメオは、その一部始終を目撃していた。そのあまりにも人間離れした身体能力から。只者ではないと思っていたが、剣へと変わる、あるいは、剣へと戻るとは思わなかった。

 だが、そんな事今は重要な事ではない。彼は、魔道兵器の残骸が山となる通路を這うように進みながら、奥へ、彼の大切な人が居る奥へと歩を進めた。


「ジュリエッタ! 大丈夫かい!」

「ロメオ!? ロメオ様なのですか!?」

「ジュリエッタ! ああ、ジュリエッタ! 大丈夫かい!?」


 魔道兵器のバリケードの向う。避難者たちの盾となる様に、最前列に位置していた彼女は、顔を煤で真っ黒にしながらも、それでも気丈夫に返事を返した。


「ロメオ様、どうして此処に」

「ああ、そんな事はどうでもいいんだ、君が無事でよかった」

「いえ、わたくしの事はどうでもいいことです。それよりも救助隊はどこですか、中には怪我を負っている方もいらっしゃいます、今すぐ地上へ運び出さないと」

「……済まないジュリエッタ、来たのは僕たちだけなんだ」


 ロメオのその言葉に、ジュリエッタは顔を青くする。張り詰めていたものが崩れ堕ちそうになる。数十人の避難民、その全てを彼女の華奢な両肩で背負っていたのだ。


「だけど、大丈夫。暴走した魔道兵器は僕の友達が引き受けてくれた。次は僕の番だ、避難経路は把握済みだ」


 ロメオはそう言って、鍵を掲げたのだった。





「ここまでくれば大丈夫かな!?」


 魔道兵器を引き連れて、幾つもの壁を貫きながら奥へ奥へと進んでいき、大きな倉庫のような場所へとたどり着いた。


 反転攻勢、僕は逃げるのをやめて、彼らを迎え撃つべく、イグニスを構える。その時、壁が動いた、いや壁じゃない、壁と見間違うほどの大きな魔道兵器がその倉庫には鎮座していたのだ。


「くっそ、こんなのが暴れ出したら!」


 それは、身の丈10mは超えるだろうか、今まで目にしたどんな敵よりも大きな敵だった。こんなものが暴れ出したら、ましてや爆発した時には、この遺跡ごと木端微塵になってしまうかもしれない。


「刺激しない、刺激しないよう……に!?」


 だけど僕たちを追って来た魔道兵器たちはそんな事お構いなしに、魔力弾を撃ち込んでくる。


「バッ馬鹿! やめろって!」


 大巨人を背中に背負った僕は、何とかその攻撃が背後にそれないように、片っ端から打ち返す、だけど!


 バキバキバキと脳天に響くような金属音が背後より響いて来る。ガラガラと巨大な鉄の塊が雹の様に降り注ぐ。


「やばい、やばい」


 ちらりと背後を覗くと、はるか高みに、さっきまで存在しなかった真っ赤な光点が。大巨人が目覚めてしまったのだ。


 音が消える――

 続いて振動――


「!?」


 床ごとぶち抜いた大巨人の攻撃により、僕たちはみんな纏めてはるか下へと落っこちて行った。





「うっ、うわああああ!?」

「きゃああああああ!?」


 ロメオのナビゲートによって避難経路を進んでいた一行は、突如訪れた大震動に身を震わせた。


「なっ、何ですの? 今の振動は?」

「さっ、さあ……」


 ロメオはジュリエッタの手を握りながら、鍵に目を落とす。鍵には遺跡の全体マップが表示されていた、それは至る所にアラームが表示されていて、無事な所を探す方が楽な方だ。


 そして、その中でも最新の、そして最も赤が濃い場所。それは、彼の友達が逃げて行った場所だった。





「うわわわわわって!」


 真っ黒い穴を何処までも落ちていく。そしてそこに光が差した。


「って! ここは外か!」


 床をぶち抜いた大巨人の攻撃は、床一枚にとどまらず、遺跡の底までぶち抜いていたんだ。


「チャンスだ! ここなら被害を気にしなくてもいい!」


 僕は空中で姿勢を制御、イグニスの力を解放して、一足先に地面へとたどり着く。


「行くよ! イグニス! 全力解放!」


 大きく背後に跳び横一閃、ボトボトと落下して来る魔道兵器たちを紅蓮の炎が包み込む。砂漠の夕闇はより濃い紅へと姿を変えたのだった。





「もう行っちゃうんだね」


 僕たちを見送ってくれるのはロメオさんとジュリエッタちゃん。2人は仲良く手を繋いでみているこっちが微笑まし……いや犯罪臭は拭えないなー。

 今日はこの街に来て三日目。調子に乗って長時間イグニスを解放していた僕はイグニス解放に伴うフィードバックによって丸一日寝込んでしまった。


 あの事件に置いて貴重な魔道兵器を片っ端から燃やし尽くしたと言う罪(特に、あの大巨人は未発見の物だったらしく、あるいはあれが人類に変革をもたらす品だったのかもしれないとの事)、大勢の避難者を救い出す手伝いをしたと言う功績。天秤はどちらに傾いてもおかしくは無かったけど、ロメオさんとジュリエッタちゃんの口利きのおかげで、何とか僕たちは無罪放免と相成った。


「まぁ西から東風任せの風来坊です、いずれどこかで出会えることがあるかもしれません」


 今回の一件で男を見せたロメオさんは重要な仕事を任せられる事になるそうだ。そうすれば、街の外へも色々と出歩くことも増えるだろう。


「君は……いや、何でもない、君は僕の大切な友達だよ」


 ロメオさんはそう言って僕とイグニスにゆっくりと視線を送る。あの時ロメオさんはイグニスが変身した瞬間を見て居る筈だ、だけどその事は彼の胸にしまってくれるそうらしい。


 この街は、古き因縁が蔓延る街だった。今回の事がきっかけになるとしても、それは一朝一夕には解決できる問題では無いだろう。だけどそれは永遠に解決しない問題では無い。その事を結んだ手と手が教えてくれる。


 僕たちは平和な世界を求めて旅をする。ロメオさん達が教えてくれた、進み続ければいつかそこへとたどり着けると。約束の場所へと。

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