第13話

 それは混沌の街カイギュスターグの中でもとびっきり目立つ一団だった。

 傷が無ければ(個人的にはあってもチャーミングだとは思うけど)とびっきりの美人であるイグニス。

 黙っていれば(そして、その鋭い目つきさえ除けば)とびっきりの美少女であるアイリス。

 女性どころか同性でも振り向くほどの美丈夫であるローグレン。

 地味なのは僕だけだ。まぁ目立たなくても問題ないけど。


「ところで、アイリスたちは何時からこの街に来てたんだい?」

「あんっ? んなこたテメェにかんけぇねぇだろ」

「ごもっとも、けど黙ったまんまってのも味気ない。ちょっとの間くらいおしゃべりしようよ」


 街の風景を楽しもうとも、この街にあるのは血と暴力ばっかり、僕はそれに辟易して、黙々と歩を進めるアイリスに話しかける。


「ちっ、俺がこの街に来たのは、1週間前だよ」

「へぇ。飽きっぽい君にしては長居してるね」


 何だかんだ話に乗ってくれるアイリスは、実はとっても親切だ。


「あー、俺もそろそろ潮時だとは思ってるんだがな、トライスターの連中がもう少しってな」

「トライスター?」

「んなことも知らねぇのかよお前は」


 聞いたことの無い名前に僕が疑問符を浮かべていると、彼女はため息まじりにこう説明してくれた。


 トライスター、それはこの街で一番大きなマフィアであり、全国津々浦々に様々なサービスをお届けしている総合商社。

 取り扱うサービスは人間の想像力が及ぶ限りありとあらゆるもの、創業100年を誇る老舗企業だそうだ。


「つまりは、用心棒みたいなことをやってるの?」

「どっちかっつーと食客だな、この業界では俺たちと絡みがあると拍が付くんだよ」


 アリシアは未発達な胸を誇らしげに張り、自信満々にそう言った。


「おい、ローグレン貴様」


 その言葉を聞き、アイギスはローグレンに睨みを付ける。


「ふん、言っただろう。貴様の流儀は貴様の流儀。俺には関係のない話だ。

 とは言え、安心するがいい。人間どもの下らない縄張り争いには、俺も主も興味は無い」


 そいつは一安心。彼が本気を出せばこの街一つ灰燼に帰す位容易い事だろう。普通の人間は、綺麗ごとばかりじゃ生きてはいけない。必要悪とはチープな言葉だけど、この街だって需要があるから生まれたんだ。


「ところで、君たちを連れてれば拍が付くって……」


 僕の質問に、彼女はニヤリと笑ってこう答える。


「テメェのイグニスが、人類の祈りの結晶ならば、俺のローグレンは人類の欲望の結晶。

 黒き魔剣ローグレンの人間形態がこの姿って事は、ある程度モノを知ってる奴は皆知ってることだぜ」


 アイリスはそう言って誇らしげに、ローグレンの胸を叩く。

 むぅ、やっぱりか。僕たちは芸事以外で衆目を集めるのは好まないので、出来るだけ地味な生活を心がけているのだが。流石は欲望の権化、そんな事はお構いなしに、バリバリと精力的に活動している様だ。


「けど大丈夫? 名前が売れちゃうと色々と面倒くさい事も大きくなるんじゃない?」

「はっ、それだからテメェはふにゃちんだって言うんだよ。力は振るってこそだ。その気がないなら、テメェのアイギスも俺が預かってやろうか?」


 年端もいかない女の子がそんな単語を口にするのは如何なものか。けどその提案は丁重にお断りする。彼女の言う所の、ふにゃちんである僕だけど。命がけの願いを裏切るのは、少々寝覚めが悪くなると言うものだ。


「テメェらこそ何時までもおままごとみてぇなお題目を唱えてやがるのか?」

「うんそうだよ、僕たちが旅を続けているとはそう言う事だ」


 僕がそう返事を返すと、彼女はギロリとこっちを見返して……何かを言おうとした口を閉ざした。


「おらよ、着いたぞ、ここだ」


 アリシアは1軒の店の前で立ち止まる。


「俺の名前を出しとけば、多少は値引きしてくれるぜ」

「それはどうも、何から何までお世話になるね」

「へっ、ガキのお守はごめんだぜ」


 うーん、君の方が年下だとは思うんだけどな。ともあれ僕たちは、その日暮らしの貧乏旅行、安くなるのは大歓迎だ。


「ってことは、このお店は例のトライスター系列の店なの?」

「おおそうだ、間違ってもそこらの適当な店に入るんじゃねぇぞ。どんなトラブルにあっても知らねぇからな」

「了解、アリシア」


 僕はそう言って彼女に手を差し出す。


「へっ、テメェとなれ合うのは偶々だ、俺たちはそう言った間柄じゃねぇだろ?」

「うーん。そうでもないと思うんだけどね?」


 差し出した僕の手は今日もまた空振りに終わり、僕はその手で頭を掻く。

 強情で親切で気まぐれ、まるで野良猫の様な女の子だ。まぁそれを口に出したらとんでもない事になるだろうから言わないけれど。





「へいらっしゃーい」


 やる気のない店員の声が僕たちを出迎えてくれる。薄暗く湿った空気の店内はお世辞にも流行っている風には見えなかった。


「うーん、アリシアが推薦してくれたお店にしては変な店だね?」

「そうだな、マスター」


 トライスターさんって言うのは意外と儲かっていないんだろうか?


「アリシア? アリシアだって?」

「はいそうです、僕は彼女とは古い知り合いでして」


 それまで新聞を読んでいた店員が、アリシアの名前に反応し、紙面から目を外した。


「えへっへっへ。嬢ちゃんの知り合いなら、最初からそう言ってくださいよ」


 見習いたいぐらいの見事な心変わり、店員さんは揉み手をしながら僕たちを歓迎してくれる。


「あのー、ここって道具屋ですよね」

「へいそうです。ウチは3代続く道具屋でしてさぁ」


 僕は陳列棚をキョロキョロと見回す。ほこりまみれのそれは、どう見ても繁盛している風には見えなかった。


「ここって、アリシアは良く来るんですか?」

「いえいえ、滅相も無い。お嬢はウチの様な場末の店には顔を出しません」


 ふーむ何だろう、軽いいたずらにあったのかな?


「で、坊ちゃんは何用でございますか?」

「いや、薬草とか保存食とかを幾つか都合して欲しいんですが」

「ああ、表道具ですか。ええ、でしたらうちの店にお任せを」

「表道具?」

「へへっ、この街に表も裏もありませんがね。坊ちゃんは嬢ちゃんにとってよっぽど大切な人と見える。ほかの店じゃ裏道具ばかり取り扱っていますからね」


 ああ、なんとなく彼の言っていることが分かった。この街の中と外じゃ、表と裏が入れ替わっているんだ。


「マスター、裏道具とは何だ?」

「んー、イグニスは気にしなくていいよ」


 おそらくは違法薬物の類だろう。さしずめこのお店は流行おくれの駄菓子屋と言った所か。


 店員さんが、奥の倉庫から消費期限の長い新品を出してくれる。アリシア様々、持つべきものは友と言った感じだ。


 僕は彼女との友情を感じつつ、それをさらに深めるために、店員さんに色々とお話をする。


「アリシアの評判ってどんな感じなんですか?」

「へっ、嬢ちゃんですか。年若いのにこの街の流儀をよく分かっている出来た方ですよ」


 この街の流儀、即ち『欲望には忠実に』と言った所だろう、それならば彼女の独壇場だ。

 彼女は、幼いころに娼館に身売りされた身らしい。そしてそこから逃げ出す為に、ありとあらゆることをして生き延びて来たそうだ。以前、彼女自身がそう言っていた。


「それじゃ、質問ついでに、トライスターってどんなところなんですか?」


 僕がそう聞くと、彼は非常に曖昧な表情を浮かべこう答えた。


「坊ちゃんは堅気の人間でしょう? 悪い事は言わないからあまり首を突っ込むことはよした方がいいですよ」

「好奇心猫を殺すって奴ですか?」

「その通り、住み分けは大事ですぜ」


 ふーむ、ちょっと驚いた、おべっか全開で、トライスターさんの事を持ち上げるのかと思ったら、存外警戒されている様だ。

 果たしてその警戒は僕に対してか、トライスター自身に対してか。


 まぁアリシアもう直ぐに出ていくようなことを言っていたし、何より彼女には黒き魔剣ローグレンが付いているのだ、そうそう心配はないだろう。


 僕はあまりにも当たり前なばかりに、極々当然な事を忘れていた。

 ローグレンを傍らに置く彼女は無敵だ、だが、もし万が一、彼女が1人っきりになってしまったら?

 そんな事を忘れてしまっていたのだった。





「結界の準備は出来たのか?」

「はい、これで大丈夫です」


 豪華な屋敷の秘密の地下室。そこでは、とある儀式が行われていた。


「くくく、随分と手間暇はかかってしまったが、これで、あの小娘におべっかを使ってきた甲斐があると言うものだ」


 その男の名は、ルサット、マフィア組織トライスターの大幹部でアリシアを招いた張本人であった。

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