第9話

「気色の悪い! エンバック! その化け物を退治しろ!」


 カザットさんは用心棒にそう命じる。


「オーケー、ボス!」


 エンバックさんはそう意気込むと、ドシリと腰をおろす。するとどうだ、彼の体に刻まれた数々の刺青が青い光を放ち始めた。


「付与魔法ですか」


 僕の呟きに、彼はニヤリと笑みを浮かべる。体に刺青を刻み込むことにより、無詠唱で即座に付与魔法を発動できるようにしているのだろう。


 ギャラリーと化した騎士団はその様子を見て、急いで彼から離れる。どうやらとびっきり危険な状態になっている様だ。


 雄々とエンバックさんが雄叫びをあげ僕たちに突進して来る。その速度は正に電光石火、生身の僕だったら、何が起こったのか分からないうちにやられているだろう。


「行くよ、イグニス」


 僕は、折れた刀身に炎を纏った聖剣イグニスを構え、それを迎え撃つ。

 拳を掻い潜り、背後に回る、裏拳を反らしてかわし、続くフックを離れてかわす。

 その怒涛の連続攻撃は、エリシアさんよりも数段速い。


「どうしたどうした、その剣は見た目通りのガラクタか!」


 一方的に攻め立てるエンバックさんは、余裕たっぷりにそう吠える。


 ガラクタか、ある意味ではその通り。聖剣イグニスは人の希望、人の守護者、その刃は魔を断つもので在るが故に、人を切る事は出来ないのだ。

 そう、イグニスは人間相手には無力になってしまう。

 だが、その為に僕が居る。


「済みませんね退屈させて、どの程度手加減すればいいのか計ってたんです」

「なに――」


 剣を振れなくても、拳がある。僕はすり抜けざまで彼の顎を揺らす。

 掌底が彼の顎を貫いた、彼は糸の切れた操り人形の様に、その場に崩れ落ちた。





「ばっ馬鹿な! エンバックがやられただと!?」


 決着は一撃で終わった。どれだけ強化を重ねようと、この状態の僕がただの人間にそう簡単に後れを取る筈がない。なにせ僕が手にしているのは魔王を撃ち滅ぼした伝説の聖剣なのだ。


「くっ、来るな! この娘が――」

「その娘は返してもらいますね」


 僕はリリアノさんに掛けられた手錠を切断すると、騎士団から彼女を奪い、一瞬のうちにその場を離れる。


「今だ! イグニス!」


 離れた瞬間、僕はイグニスの力を開放する。紅蓮の炎が壁となり、騎士団と僕たちを分断した。


 僕はちらりと背後を振り返る。チェミットさんと目が合った。彼女は涙ぐみながら、こくこくと頷いた。僕はそれに頷き返し、リリアノさんを連れて、駆け出した。





 人を隠すなら人の中、僕たちはリリアノさんの案内でスラム街に潜伏していた。いや、そこまでたどり着くのがやっとだった。


「ぐっ、ぐぅうう」

「だっ、大丈夫ですか!?」


 イグニスの力を解放した後遺症だ、僕は全身が焼爛れる様な傷みにさいなまれる。

 僕は所詮勇者では無い何処にでもいる旅芸人だ、イグニスの膨大な力に耐えられるような器ではない。


「かっ、回復魔法を」


 リリアノさんが僕に魔法をかけてくれるものの、それは正に焼け石に水と言った所。全身を苛む痛みにはほとんど効果を発揮しない。


「はっ、はぁ、つくっ、うがっ……」


 僕は歯を食いしばりながら痛みに耐える。


「はぁ、はぁ、大分、楽に、なったよ……ありがとう」


 僕の精一杯の強がりは、リリアノさんにはまるわかりみたいだ、彼女は歯を食いしばりながら、回復魔法をかけ続ける。


「……済まない、マスター」

「ははっ、はっ、僕と、イグニスの、間柄、じゃないか」


 僕はそう言ってイグニスの頬をなでる。イグニスの力を使う決断をしたのは僕だ、彼女が責任を感じる必要は何一つとしてありはしない。


「リリアノ、さん、逆転の、方法は、何か、あるんですか」


 このまま時僕たちはお尋ね者になってしまう。僕たちだけならばなんとでもなるが、彼女を巻き込むのは忍びない。

 あの時契約書は炎の中に消えていったが、あれが本物の契約書だと言う保証はない。いやそもそもカザットは契約書を偽造していたのだ、二枚三枚と別の物が出て来てもおかしくはない。


 僕の質問に、リリアノさんは黙り込む。彼女がカザットの家に忍び込んだのだって、追い詰められてからの一か八かの賭けだったのだ、そうそう新しいアイデアなんて出てはこないだろう。


「……マスター。あの男を退治すればいいのじゃないのか」

「あははは、そうできれば手っ取り早いんだけどね。そう簡単に行かないのが人間の世界ってものだよ」


 これは魔王退治の話ではない、法と契約の話だ。


 けどそうだな、イグニスが言う通り、奴を上手い所失脚させることができれば、この話は曖昧な事になってくれるんじゃないだろうか。

 奴にしたって、こんな事は初めての事じゃないだろう。叩けば山ほど埃が出て来る身だと見た。


「……そちらの話は、団長が探っていると思います」


 成程、団長は正攻法で、リリアノさんが短絡的な方法で、其々解決に向かっていたと言う事か。


 ふらりとリリアノさんの姿勢が崩れる。


「僕はもう大丈夫、リリアノさん、魔法の使い過ぎだよ」

「いえ、もう少し」

「お互いやせ我慢はやめとこう、リリアノさんはもう限界の筈だよ」


 彼女は回復魔法の専門家と言う訳じゃないだろう。その青白い顔が彼女の限界を物語っていた。





「僕たちの事を聞かないんですね」


 リリアノさんの回復魔法のおかげで、いつもより心持速く回復した僕は、彼女にそう尋ねた。

 世にはラミアなど変身能力を持つ魔獣は在れど、剣に変身する人間はそう居ないだろう。まぁ、正確には人間に変身する剣なのだが。


 すると彼女は困ったような笑顔を浮かべて、「客人たちはただの旅芸人、そう言ったじゃないですか」と言ってくれた。


 そう、今の僕たちはただの旅芸人。イグニスはもう十分戦ったのだ、僕は彼にそう頼まれたのだ。


「ありがとう、だけど一宿一飯の恩義を忘れる様な薄情ものじゃない」


 住居侵入罪のリリアノを騎士団から強引に奪取、僕たち3人は立派なお尋ね者だ。だがそれはカザットの権力合っての話。あいつを権力の座からこけ下ろせれば、何とか旨い具合にうやむやに出来るかも知れない。


「まぁ、何とかなるさ」


 僕はそう言って立ち上がった。





「先ずは、カザットの狙いを探らなきゃいけない」

「どういう事だ、マスター。奴はサーカス団を手に入れたいんじゃないのか?」

「んー、よくよく考えたらおかしなことなんだ。サーカス団の宝は何と言っても団員たちだ、こんなあこぎな手段で経営権を獲得しても、彼の下で働こうと言う団員は、今の団にはいないんじゃないかな?」


 僕の疑問に、リリアノさんはこくこくと頷いた。サーカス団は自由を愛する、それを無理矢理束縛した所で使い物になる筈がない。


「そうでしょうね。だから彼の狙いは、もっと別の所にあると思うんだ」


 それは何だ? スコットサーカス団と言うブランドが欲しいのか?

 だが、それも団員合っての物種だ。空の器を手に入れてもどうしようもない。


「リリアノさん、サーカス団のメリットって何ですかね?」

「メリットですか?」

「そうです、サーカス団と言う器を手にすることで、どんなメリットがあるのか教えてほしいんですが」

「……そう言った面で団の事を考えたことはありませんでした。団は家族であり、帰るべき場所です、世界中に驚きと笑顔を届ける素敵な場所、そう言う風にしか捕えてきませんでした」


 ふぅむ。まぁ内側からの意見ではこう言うものか。納得するがそれ以上の事ではない。


「その、世界中に届けると言う所が鍵なのかもしれないな」

「団長!」「おや」


 僕たちが頭を悩ましていると、そのセリフと共に、物陰から団長が現れたのだった。

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