第6話

「それでは! この数奇な出会いに神への感謝を!」


 乾杯! とサーカス団の皆は陽気にグラスをぶつけ合う。眼前に並ぶのは豪華なパーティ料理の数々。僕たちを歓迎するために特別に用意してくれた品々だ。


「にゃー、客人が客人のままに終わってしまうのは残念だがしかたがにゃい、兎に角飲むにゃ!」


 開始早々、驚きのスタートダッシュで酔っぱらっているチェミットさんがエールを片手に絡んで来る。

 エールを片手に、もう片手は僕の肩に回し豊満な体を密着させて来る。僕も健全な青少年なのでそのサービスはありがたいが、イグニスの手前辛抱せざるを得ない。

 まぁ等のイグニスは、僕をほって置いて黙々と食事を食べているのだが。


「あははは、僕は未成年なのでリンゴ水で勘弁してください」


 と言うか、チェミットさんも未成年なんじゃなかろうか?


「にゃーご! テントの中は治外法権! あちきが許すから飲んでみるにゃ!」

「あははは、そう言うのはイグニスが担当ですから」

「にゃーご! あちきは客人と飲みたいのにゃ!」


 これこそまさに猫なで声。キャットピープルの皆さんは一度気を許した相手には過剰なスキンシップを取ってくる傾向がある。彼女は喉をゴロゴロと鳴らしながら、僕に頭を摺り寄せて来る。


「ちょっとチェミット!」


 絡まれている僕に助け舟を出してくれたのは、僕の腰位の背丈しかないホビット族の少女だった。


「にゃご、にゃんだリリアノ? 羨ましいにゃか?」

「だーれがですか。この団の品位を貶める様な行為は控えてくださいと言っているんです」


 リリアノと呼ばれた少女は、腰に手を当てながらぷりぷりとそう注意する。

 険悪な空気になるのかなと思いきや、毎度毎度の騒動みたいで、団員たちは皆笑いながら彼女たちを囃し立てる。


「にゃーご、リリアノは何時も五月蠅いにゃ、ちょっとぐらい目を瞑るにゃ」

「そう言う訳にはいきません。貴方は我が団の花形なのです、風紀の乱れは技の乱れです」

「客人ー。リリアノがイジメるにゃー」

「こら! 言ってる傍から!」


 チェミットさんは僕の陰に隠れてリリアノさんの非難から逃れようとする。


「こら! 済みませんお客人。ウチの酔っ払いが迷惑をかけて」

「あはははは、いえいえ、こんな美人に絡まれて嫌と言える男は居ませんよ」

「にゃー、客人は良い事言うにゃ、あちきの魅力に溺れると良いにゃ♪」


 調子に乗ったチェミットさんは、僕を心棒にポールダンスを踊る様にクルクルと僕に纏わりつく。


「こら! チェミット!」

「にゃはははははは」


 猫と鼠の追いかけっこならぬ。キャットピープルとホビットの追いかけっこ。僕と言うイレギュラーを肴に、2人はクルクルと回り続けた。





「ふぅ、酷い目にあったよ」

「そうなのか、マスター」


 割り当てられた客室で、食事を終えた僕とイグニスは食後の休憩を行っていた。もっともひたすらに食事をとり続けたイグニスとは違い、僕は殆ど食事をとれなかったけど。


「そうだよイグニス。ちょっとは助け舟を出してくれても良かったのに」

「そうなのか、マスター?」


 そうなのか、と真顔で言われると困ってしまう。遊びとは言え美少女二人に囲まれるのは悪い気持ちがしなかったのは確かだが。まぁ、イグニスは何時も真顔だけどもね。


「それで、イグニスはどうだった?」

「うむ。満足だったぞ」

「そうじゃないよ」とお腹をさすりながら言う彼女に苦笑いする。


「そっちじゃなくて、この団の雰囲気だよ。ここはある意味で僕たちが目指す理想郷なのかもしれないって事」


 皆笑顔で一つの目標に向かってまい進している。ここは一つの大きな家族、小さな諍いごとは在るだろうけど。それを笑って許せる環境にある。


「ここが、旅の目的地なのか?」


 彼女はそう言って僕をじっと見つめて来る。ここが旅の目的地、彼女が目指した平和な世界。

 彼女が心身を削り勝ち取った、争いや犠牲の無い平和な世界。


「……の一つだと言えるだろうね」

「そうなのか……ここが」


 僕の微笑みに、彼女は実感なさそうに、そう呟いた。

 平和な世界とは黄金色に輝く理想郷、そんなイメージがあったのかもしれない。だけどなんてことの無い日々こそが掛け替えのない平和な世界。そう言った側面もあるのだ。


「まぁ、今日は初日だ。結論を出すのはまだ早いけどね」

「そうだな、マスター」


 彼女は何処かほっとした様に、そう呟いた。


 テントの中は平和な世界、だけどテントの外はそうでもない。人が多くなれば、それだけ競争や争いが生まれてくるのは避けようが無い。

 この街には道路暮らしの人たちが沢山いた。大戦で親兄弟を無くした遺児たちだ、彼女はそんな事を思い出して、言葉を濁したんだろう。





「客人。昨晩は済みませんでした」「済まなかったにゃー」


 僕たちが朝ごはんを頂いていると、チェミットさんを連れたリリアノさんが頭を下げにやって来た。


「あははは、構いませんよ。それはそうと、チェミットさん、お酒が残った状態でブランコを飛ばないで下さいよ」

「にゃししししし。そこら辺は心得て居るにゃ。あちきは酔うのが早ければ冷めるのも早い体質にゃ」

「馬鹿言わないで下さい、二日酔いでのたうち回っていたのはどこの誰ですか」

「にゃ……にゃししししし……」


 まぁ、そんな便利な体質がある訳はない。解毒魔法か酔いざめ薬でも処方してもらったんだろう。


「まぁ、あちしの事はどうでもいいにゃ。それよりも客人は今日、何をするつもりだにゃ?」


 形勢不利なのを悟ったチェミットさんは、話題をすり替えるべく、僕たちにそう話を振って来た。


「そうですね、ここに居てもお邪魔でしょうし、ちょっと街の方をブラブラとしてきます」


 本番前のサーカス団の忙しさなど想像も及ばない。僕たちの様なイレギュラーが居ては練習に身が入らないだろう。


「そうそう、その話なんですけど」


 僕がそう言うと、リリアノさんがグイッと顔を寄せて来た。


「公演に参加ですか?」

「そうです! 御二人の芸なら十分通用するレベルです。外から眺めているだけじゃ分からない事があると思います!」


 彼女はそう言って熱弁する。うーむ、この流れは拙い、ここで参加すれば、ずるずると離れ辛くなってしまう予感がする。


「ああ、勿論大丈夫です、雇用期間は3日後まで、その事は確約いたしましょう」


 僕が言葉を濁していると、彼女は先手を打って書類を取り出した。


「……随分と準備が良いんですね」

「いえいえ、団長やチェミットを始め、この辺りの事をおざなりにする人ばっかりなだけです。いいですか、客人、契約は神聖なものなんですよ」


 彼女はそう言いながら人差し指をピンと立てる。


 リリアノさんは、楽隊のリーダーだったはずだが、団のマネージャー的な役割も兼任しているんだろう。


「御二人の腕前と場馴れは十分な合格点です、旅の思い出と思って是非いかがですか!」

「うーん……どうしようかイグニス」

「マスターの思うようにすればいい」


 悩むこと暫く、僕はリリアノさんから契約書を受け取った。


「やった! サプライズイベントゲット!」

「あはははは、リリアノさんには敵わないな、けど保証はしませんからね」

「うふふふふ。損はしませんよ。お互いにね」


 そう言ってリリアノさんは僕にウインクを飛ばしたのだった。

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