第5話

 町はずれに設営されていたテントは、彼が言うよりも数段大規模なものだった。


「ふわー、凄いじゃないですか」

「はっはっは、そうかいそうかい、それ程でもないさ」


 彼は口ひげを撫でつけながら、自慢げにそう言った。


 この半分なんて贅沢は言わない。この十分の一の規模でも、何時かは自分のグランギニョールを開いてみたいものだ。


「にゃー、この忙しいときに、何処ほっつき歩いてたんだにゃー団長?」


 僕が入り口で馬鹿みたいに大口を開けていると、奥からやって来たキャットピープルの女性が、団長にそう挨拶をかわしてくる。


「んにゃ?団長、それは誰かにゃ?」

「ああどうも初めまして、そちらの団長に拉致されてきた大道芸人です」


 僕はそう笑って頭を下げる。


「にゃしししし。ウチの団長は強引だからにゃ」


 彼女はとてもチャーミングな笑顔を浮かべ、僕に握手を求めて来る。


「ようこそ、ゴードンサーカス団へ、あちきは大ブランコを担当しているチェミットだにゃ」


 ブランコ芸はサーカスの花形だ、この規模のテントでのブランコだと、さぞや迫力があるだろう。


 彼女と挨拶をかわしていくと、物珍しさからか、ぞくぞくと団員たちが集まって来た。

 にゃんにゃん、みゃーみゃー、随分と亜人が多い団のようだ。


 僕がその事を伝えると、団長は笑いながらこう言った。


「まぁそれはそうだよ、肉体能力と言う面に関しては、我々人族は大きく亜人に劣る」


 確かにそれはその通りが、だが、場所によっては、亜人は魔族の手下と見なされ迫害されるケースもある。馬鹿げたことだとは思うが、場の空気には逆らえない。


 それにしても、この団は盛況な団のようだ、キャットピープルのチェミットさんを始め、ワーウルフ、バニーピープル、リザードマン、ホビット等々、多種多様な人種が入り乱れて、おまけに誰もがとびっきりの笑顔で僕たちを歓迎してくれる。


「良い空気だね、イグニス」

「そうだな、マスター」


 誰もがみんな笑って暮らせる場所、それは正しく理想郷。僕たちの望む平和な世界だ。





 一通り、挨拶が済んだところで、団長が、僕たちの為にリハーサルを披露してくれると言う。僕たちは喜んで、その提案を受け入れた。


 力自慢のリザードマンが、大樽を使ってジャグリングをする。バニーピープルが、妖艶なダンスを踊る。ヒューマンとホビットが滑稽なピエロを披露する。キャットピープルとワーウルフが大迫力のブランコで宙を舞う。

 どれもこれも完成度の高い素晴らしい芸だった。

 拍手喝采、大喝采。僕はイグニスの分も込めて、手が真っ赤になるまで拍手をした。


「いやー、凄い、凄いですね団長!」

「はっはっは、皆、自慢の団員たちだよ」

「けど、これだけの完成度です、僕たちの場所なんて無いでしょう」

「いやいや、サーカスに完成なんて存在しない。我々は何処までも上を目指し続けるのさ」


 団長はニヤリと笑ってそう言った。


「何処までも上をか」

「そう、どこまでもさ!」


 イグニスの疑問に団長は両手を大きく広げてそう答える。

 そう、人間はそう言った生き物だ、現状に満足せずに飽くなき挑戦をし続ける、上へ、どこまでも上へ。だが世界は有限だ、そのしわ寄せは必ずどこかに押し寄せられる。その事が不幸や犠牲を生む可能性には目を瞑りながら人間の歩みは止まらない、それは人間の性なのだ。

 人間が人間である限り、真に平和な世界なんて訪れっこないのかもしれない。

 それは僕だって同じこと。様々な矛盾や陰陽を備えた存在が人間と言うものなのだ。


 それは、聖剣として完成した存在であったイグニスには、不思議な事に映るだろうけど……。


 そして、僕たちはお礼として一芸を披露した。イグニスの運動能力は団員達も目を見張るものだった。

 それに比べて、僕のリュートの方は平々凡々なものだ、もしかしたら、いや、もしかしなくても、足を引っ張っているのは僕の方かもしれない事に、心の中で冷や汗をかきつつも、何とか笑顔で演奏しきった。


「にゃー、にゃかにゃかの物だったにゃ」


 芸を披露し終わった僕たちにチェミットさんがそう声を掛けて来る。


「いやー、ありがとうございます。皆さんの演技に比べればお恥ずかしいものですよ」

「にゃにゃ、そんにゃことは無いにゃ。娘さんは、笑顔が全く無く、カッチカチの人形見たいにゃ演技だったけど、技は本物にゃ。いや、芸だけにゃら、うち等を上回るかもしれないにゃ」


 彼女の大絶賛にも、イグニスは無言で通す。彼女はその事に苦笑いをしつつも、評価を続ける。


「客人の演奏は、多少脇が甘い事はあれど、その年でその演奏が出来れば上等にゃ。ウチは演奏関係に厚みが薄いんで、十分合格点を上げれるにゃ」

「ははっ、ありがとうございます」


 甘い採点でも合格は合格、気分が悪くなる筈は無い。


「にゃー、それで客人たちは何時から練習に参加するのにゃ?」


 チェミットさんは期待満々に目を輝かせながらそう言ってくる。


「いやいや、残念ながらそう言った話じゃないんですよ。今日はあくまで団長に拉致されただけ、僕たちは旅を続けようと思います」

「にゃー、なんでにゃ、なんでにゃ? 旅ならばウチに入っても続けられるにゃ。って言うか旅ばかりにゃ」


 まぁそれもそうだろう。サーカス稼業は巡回稼業、僕たちよりも遥かに規模は大きくとも同じことだ。

 それでも、僕は今の所はこの生活が気に入っているし、平和な世界をイグニスに見せてい上げると言う大目標がある。小回りの利かないサーカス生活に参加する訳にはいかないのだ。


「にゃー、決心は固いのかにゃ?」

「ええ、残念ながら」

「にゃー」


 彼女は目に見えてしょぼんとした顔をしながらそう言ってくる。


「そうか、残念だ。実際にこの目で見れば、君たちの考えも変わるものだと思ったのだがね

 まぁ、お互い自由を愛する風任せの旅稼業。何時かはその道が交わる事もあるだろう」


 団長は、眉根を寄せつつ僕の肩に手を置いた。話が分かる人で良かった、まぁ無理矢理入団させた所でトラブルの種にかならない事なんて、彼の様な立場なら分かり切った事だろうけど。


「そうですね、いつかどこかでお会いすることもあるかもしれません」

「だがまぁこれも何かの縁だ、この街にはしばらく滞在するんだろう?」


 団長は表情を切り替え、髭をしごきながらそう聞いて来る。


「ええ、3日程お邪魔しようかと思います」

「ふむ、それは丁度いい。3日後にこの街での公演が始まるんだ、それを土産に旅立つと良い」


「なぁ皆」団長はそう言って団員たちの方を振り向いた。強面の、一見すればどう見ても堅気の衆には見えやしない団長だけれども、その人望は確かなものみたいだ。みんな笑顔でその提案に頷いてくれる。

 サーカス団は一つの家族、とは言え単純に家長の命令に無理矢理したがうと言う訳で無く。みな心から納得してその提案を受け入れてくれているように見える。これもさっき団長が言った様に自由を愛するが故に、他人の自由も尊重すると言う意識が根付いているんだろう。


 袖振り合うも他生の縁。こうして僕たちは、この街に居る3日間、サーカス団の世話になる事になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る