第26話 芹沢 夏杜希ひた走る。

 早朝。

 まだ涼しさを残した至福の時間。


 ドタドタ。

 バタバタ。

 ドッカンドッカン。


 ……。なにものかが俺の腹の上で小躍りを踊っている。


「あーちゃんあーちゃん起きるんだ朝なんだ!!」


 このパターンには既視感がある。

 起きたくないよー。

 絶対禄でもなく早いんだ。

 まだまだ、寝たりないんだ。

 別をあたってくれ~。


「みずねー昨日の夜からぷりぷりしちゃって声かけづらいんだよ~こんなのあーちゃんにしかお願いできないのー」


 そんなこと言っても騙されません。

 後で絶対に後悔する。

 もっと寝てればよかったって、後悔する。


「早起きはのとくって言うんだよ~」


 なにそれ……なにを朝っぱらから召喚するんだ?


「ううむぅ~」


 とうとう腹上でうなり声を上げ始めた。

 梃子てこでも腹の上から退くきは無いらしい。

 どっかりとお腹の上に乗っかっているのがリアルに分かる。


 ……なんとなくいつもと感触が違う。

 いつもより、より密着感がはっきりしているというか、お尻の形が分かるっていうのか……。


「むぅむぅ~う……」


 寝ぼけた頭では夏杜希がどうなっているのか分からない。

 なんだかかわいそうになってきたから、諦めて起きるか。


「ほわたっ!?」


 勢い良く跳ね起きた俺の上から夏杜希が弾かれて床に転がる。


「あわたたた……急に起き上がるなんてひどいよ~。お尻うっちゃった……」


 さすさすとお尻をる夏杜希がそこにはいた。

 まあ、当たり前か……。

 って!


「夏杜希? その格好はなんだ?」


 ぴっちりぱつぱつなスパッツ。

 上に着てるのも……それって見せちゃっていいの? と思うスポーツブラってやつか?

 いつものツインテールは両サイドでまとめてお団子にしている。

 際どすぎる格好に眠気が一気に吹っ飛んだ。


「夏杜希さんは、どこかでストリートファイトでもするのですか?」


 混乱する頭でろくな考えも浮かばず、格ゲーとかでありがちな際どいスタイルがよぎって思わず声に出してしまう。


「あーちゃんはなにをいっているのかな? ランニングだよ、ランニング」


「ああ、それってランニングフェアってやつか……」


 健康的に引き締まったお腹が丸見えなのが気になって気になって仕方がない。

 きゅっとくびれて華奢って程ではないのがいいと思う。

 夏杜希は小柄な方だが、出るとこはしっかり出ている。

 颯希ねーちゃんに似ているんだと思うけど……そんなぴっちりしたランニングウェアなものだから身体のラインがくっきりはっきり分かってしまう。


「おまえその格好で外に出るの?」


「え? なにかへんかな?」


 きょろきょろと自分の身体を確認する夏杜希。


「いや、変っていうか……そんな際どい格好で外に出るのは、ちょっと心配かなって」


 すると夏杜希はこてん、と不思議そうに首をかしげて、


「思ったんだが、あーちゃんはこういうの好きだよな」


 ぶふっ!!

 かなりエグ目に俺のテクニカルな部分を打ち抜いてきた。


「べべべ、べつにそーいうわけじゃないけど」


「あーちゃんはこういうぴちぴちしたの好きだと思うんだ。みずねーの水着。特にお尻の辺りに並々ならない情熱を感じることがある!」


 はっきりと言い切りやがった。


「ちょっとちょっと、そうやって決め付けるのはよくないと思うんだけど」


「違ったか? この辺とか好きだろ?」


 スパッツのお尻に手を添えてけらけら笑いながら見せ付けてくる。

 いやなんていうのかな……。

 本当に。本当に小柄で華奢な娘だったら、それこそみんなの妹的立ち位置の夏杜希を可愛いと愛でることができるだろう。


 しかし、


 あえて言わせてもらおう。


 この芹沢夏杜希という娘は小柄で活発な妹キャラとしては些か育ちすぎているのだ!


「だー! もう、そうやって見せ付けるな! まわりがどういう風に思ってるか分からないんだぞ!」


「むう……別にだれかれ構わず見せ付けたりしないんだもん」


 ぶーぶーと口を尖らせてブーイングしてくる。

 てか、その言い方だと俺だからそういう無防備な姿を見せる、的な?


「とにかく。ランニングなんだよランニング! あーちゃん早く準備して外に来てね」


 そう言ってたたた、と階段を駆け下りていく夏杜希。

 なし崩し的に俺も走ることになってしまったのか。

 朝っぱらからランニングとか俺にはきつい。

 だけど、あんなはしたない格好で夏杜希を一人で走らせるわけにも行くまい。

 本人は気にしていないようだけど。

 そこは後で芹沢さんにでも指導してもらえばいいか……。


「ただし、俺が好きなのはスラリと伸びた健康的な太腿だ!」


 別に誰に言ったわけでもないが、ここだけははっきりしておきたい俺なのであった。


 φ


 ランニングっていったいどこまで、いつまで走るんだ?


「特に道は決まってない。目の前に広がるそれ、即ち己の進む道!」


 何かのアニメかマンガにでも感化されたのか、熱っぽく語る夏杜希。


「いやいや、無計画に走っても逆効果だろ?」


 俺は早く家に帰りたいと思い夏杜希を説得する。


「そうだなー。いつもはお腹がすいたら家に帰る」


「なにそのわんこ的なノリ!?」


 元気っ娘ならではの感性なのだろうか。

 正直、俺の体力はそろそろ限界である。

 気が付けば日も昇りきって少し熱くなってきている。

 先を走る夏杜希にはまだまだ余裕がありそうだ。


 後ろから眺めるスパッツ越しの太腿はいいんだけど……。

 と、ちょっとオヤジ臭いな。自重自重。


 初めこそ際どいところのあるランニングウェアに邪な視線を向けてしまっていたが、走り出してからはよく分かった。

 空気抵抗も少なく、軽装で理にかなっているのだ。

 ランニングをしている姿ならその格好も違和感ない。


「夏杜希~俺はもう無理だ。これ以上は走れない」


「あーちゃんはだらしないなー」


「だらしなくったっていいよ。朝っぱらからこんなに走ったのは初めてだ」


「じゃあ、これからは毎朝一緒に走ろう!」


「無理無理無理! 毎日とか。俺は運動は苦手なんだよ」


「自分の限界を自分で決めちゃダメだ!」


「そんな決め台詞吐かれても~無理なものは無理だ」


「しょーがないなー」


「そうか……じゃあそろそろ切り上げて家に帰ろう」


 流石に食パン一切れでここまで走るのは辛すぎた。

 もう疲れたしお腹すいたしおうちに帰りたい。


「ちょっとだけ休憩だ」


「だあー!? どうしてそうなる……」


 結局、俺が家に帰れたのはお昼過ぎだった。


 教訓。

 夏杜希に誘われても簡単にうなずいてはいけない。

 たとえ、俺好みの格好をしていても。

 それは、ハニートラップだと知れ。


「……夏杜希、おそろしい娘……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る