第25話 それはやっぱりデートのようなものだった。
「おねーちゃんママとおにーさんパパ! またねー!!」
無事にはずきちゃんをお母さんのもとへ返した俺たちは改めて帰路についていた。
「なんだか変な名前が定着しちゃったねー」
「そうだね」
芹沢さんと向かい合って苦笑い。
「ああも屈託なくパパママって呼ばれると自然と受け入れちゃうけど、冷静に考えると恥ずかしいね」
「周りの目も気になっちゃって……私たちって家族って思われちゃったりするのかな?」
そういった直後に赤くなる芹沢さんは可愛い。
「そういえば、あの子のお母さん。どことなく芹沢さんに似てたよね」
「そうなのかな?」
「こう……芹沢さんをさらに大人にして、お母さん的な包容力があって。はずきちゃんが芹沢さんのことをお母さんと間違えちゃったのも納得いくな」
「もうお母さんお母さんって……大人の女性に興味があるのかなきみは?」
ん……。
そーいうわけではないけど、芹沢さんが大人になって、そしたらはずきちゃんのお母さんのようなカッコよくて、それでいて女性らしい柔らかさがあって……って、違う違う! 俺はあくまで芹沢さんがっていうことを考えてるわけで、だからつまり、
「俺は芹沢さんがいいってこと!」
と、考えていることを口に出してしまった。
芹沢さんの目を見つめてそんなこと言ってしまうものだから、当然その言葉は彼女に届いているはずで。
みるみる赤くなっていく芹沢さんがおたおたし始めて、目が左右に泳いで、口元がにやけそうなのか必死に堪えて。
なんとも形容しがたい複雑な表情をしている。
でも、不快な印象は与えない。
ちらっ、と目が合うとお互い慌てて目をそらして――
「その……、ありがと」
芹沢さんはそれだけ言うと、ばつが悪そうにまた目をそらしてしまう。
聞こえるか聞こえないかといった、微かな音。
そこには
一体どれほどの時間が過ぎただろうか。
もう一生このままなのでは?
体感的にはそう感じた。実際はたいして時間は過ぎていない。
「あらっ、あらあら? そこのお二人さん。道の真ん中で見詰め合っちゃって~」
「手と手を繋いで仲良しか!!」
「「えっ!?」」
声がしたほうを見るとそこには颯希ねーちゃんと夏杜希がこちらをニヤニヤしながら指差していた。
言われて慌てて今まで無意識に繋いでいた手を見て芹沢さんを見てやっぱり手を見て「あーずっと繋いだままだった」と思って〝しゅば〟と素早く手を離して距離もとる。
「あれあれ、お手々放しちゃっていいのかな? あーんなにラブラヴしてたのに」
「らぶらぶかー」
冷やかす姉妹に恥ずかしさがドカーと溢れて耳から顔まで熱くなる。
「ら、ラブラブって……そーいうのじゃないし」
必死になって二人のにやつく姉妹に否定する芹沢さん。
そーいうのじゃないのか、という言葉にちょっとがっかりした気持ちになる。
「ふーん。そんなこと言っていいのかしら? ゆうくんがあからさまに落ち込んでるわよ」
ふふ、と
えっ? とこちらを見る芹沢さん。
申し訳なさそう、というか悪戯がばれた子犬のように眉を下げてじっと見つめてくる。
「あ、うん。俺は大丈夫だから」
垂れていた眉が〝きりっ〟と元に戻る芹沢さん。
ほっ、と安心する音が聞こえそうな感じだ。
「というか、おねーちゃんたちどうしてここにいるの?」
再び、はやし立てる二人に向き合う芹沢さんに、余裕の笑みすら浮かべていた颯希ねーちゃんが今度はきょろきょりと目を泳がせ始めた。
「そ、それはー夏杜希ちゃんがね。遊びに行きたいっていうからね」
「つきねーがみずねーのデートが気になるっていうからしぶしぶ付き合ってたんだ」
「ちょっと!? 夏杜希ちゃん!? ほんとのことを言わないで」
「むう。私たちの後をつけてたってわけね」
「い、いやー……なんだろねー、偶然かな?」
「みずねーの水着姿めちゃカワイかったぜ」
ぐっ、と親指をたてる夏杜希に渋い顔で答える芹沢さん。
「偶然じゃないよね? どうして嘘をつくのかな?」
「嘘って……それを言うなら美水希ちゃんだって罰とか言っておきながら、これは立派なデートじゃない!!」
「で、デートじゃない……ば、罰なんだから!」
「誰にとっての罰よ? どう考えたってゆうくんにはご褒美よ!」
すると矛先が俺に向けられる。
「ねえ? デートだったでしょ? ね? ね?」
「罰。罰なんだから! 罰だったでしょ? ねえ? ねえ?」
「あのパフェうまかったなーまたみんなで食べにこよう!」
鼻息も荒く詰め寄る颯希ねーちゃんの圧が凄い。
きっ、とつりあがった眉に目力が凄い芹沢さんの圧も凄い。
今の話の流れを理解しない夏杜希のボケっぷり微笑ましい。
「えーと……ですねー」
じーと三人に詰め寄られて、なにこれ?
修羅場とかよくわからないけど、それとは違うのは分かるけど。
……。
めんどくせーな。
「もう帰りの電車がきちゃうから、そんなこと言ってないで急げ!」
俺は逃げることにした。
正直、癖の強い三人を同時に相手するのは大変だ。
というより、この話題が面倒である。
逃げ出した俺に呆気に取られていた二人(一人は初めから積極的に話しに絡んでいない!)だったが、すぐに正気を戻して俺の後を追いかけてくる。
なぜ、最後の最後に全力疾走するはめになるのか……。
芹沢さん家のご姉妹と仲良くするとたまーにこういったことになるから困る。
まあ、混ぜっ返すのは大体颯希ねーちゃんなんだけど、負けず嫌いな面のある芹沢さんはわざわざ乗っかってしまいがちだ。
楽しいよ。たしかに楽しいことだよ。
でも、俺までそれに巻き込まれるのは御免である。
今日の楽しかったデートを滅茶苦茶な幕切れにしまいと俺は必死になって駅をと駆け込むのであった。
φ
「どうみてもそれはやっぱりデートのようなものだったと思うけどな」
夏杜希の呟きは誰の耳にも入ることはなかった。
もうすぐ日が沈む。
一日の終わりは平穏だけどそうじゃない。
かしましいもので締めくくるのであり、まあどちらかと言えば愉快なものだ。
そして、物凄い勢いで走り出していく姉妹たちに遅れまいと夏杜希も走り出したのであった。
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