#6 ドッペルゲンガーの正体①

 PCの電源が切られ、画面が真っ暗になったそのあとも。

 俺の目には未だ映像の中の白外套の顔が明瞭に焼き付いていた。

 俺こと遠野観行以外の誰のものでもないあの姿。けれど絶対に自分ではないと確信できる、あの戦慄すべき行為。


「だッ……誰なんだ、こいつ……!」


 我ながらおかしな質問だ。誰というなら即答できるのに。笑えるくらい簡単だ。あれは、あの顔は、あの姿は間違いなく、遠野観行と呼ぶほかない。

 だが、そんなことはあり得ない。遠野観行はどこの誰でもなく、今ここにいる俺なんだから。


「結論から言えば」


 対面に座り直したナイトラスが落ち着き払って言った。この異常な状況の正体も俺が抱いた疑問も何もかもが予定通りであるかのように、俺を確かに見据えながら。


「これは、君だ。正確には――君がこの世界に残した肉体、と言うべきか」


 俺じゃない俺の正体は、俺の肉体……って、どういうことだ? 俺という人格が異世界に行ったそのあとで、残された体が動き出したとでもいうのか。


「いや、でも。だとしてもですよ? 異世界転生ってのは死んだ人間がするもので。だったら俺の体がこんなふうに生きて動いてるわけが――――」


 ない。あるわけがない。突然トラックに轢かれてってのはいい加減ド古典としても、異世界転生ってのは基本的に主人公の死から始まるもので、ひとつの人生が終わらなければ成立しないんだ。

 そうだ。ずっと考えないようにしてきたけれど、現代日本を生きた遠野観行はすでに死んでいるはずだ。どういう理由かは知らないが俺の人生は終わり、だからこそ今この俺がここにいる。

 俺が死んだあと、周りはどうなっているんだろう。父親はどんな顔をするのだろうか。近所の人は。深夜にばかりやってくる引きこもりを気にかけて、ときどき話しかけてくれたコンビニ店員のじいさんは。

 もう間に合わない葛藤だとわかってはいるが、やりきれない気分だった。

 なのにアイリスは涼しい顔で、とんでもないことをさらりと言ってのけた。


「死んでいないのよ。あなたは、もとから」


「……は?」


 さすがに唖然とした。

 俺が死んでいないだって? だったら、俺が人生を終えていないなら、どうして俺は異世界転生なんてしてしまったんだ。


「君の異世界転生は極めてイレギュラー、かつ人為的に起こされたものだった。遠野観行という人間の肉体を奪うためにね」


 たたみかけるようにナイトラスが続けたその言葉に、目眩を覚える。


「……『奪うため』?」


 聞き捨てならないフレーズを繰り返す。驚愕に次ぐ驚愕によって麻痺しつつある脳細胞ができることはそれぐらいだった。


「ああ、その通りだよ」 


「いや。ちょっと待ってくれ。待ってください……!」


 俺は異世界転生してて、

 それとは別に元の肉体イコールもうひとりの俺がいて、

 そいつは映像に出てきた人殺しで、

 さらに言えば遠野観行の肉体を乗っ取った犯罪者、ってことだよな……?

 さすがに情報量が多すぎるし話がぶっ飛びすぎている。もうやってられるかと脳が拒否反応を示すけれど、一方でこれまで頭の中でばらばらに散らばっていた疑問は徐々につながりはじめてきた。

 そうだ、考えてみれば確かに最初から変だった。

 説明も何もなく、その場に放り出されたように始まった異世界転生。

 チートもスキルもアビリティも、最低限の魔法すら使えないこの体。そういうモンなのかと受け入れてたけど、俺の知ってる転生のお約束からしてみれば明らかに異常だ。


「じゃあ、俺が何の前触れもなく異世界に転生して、ファイアランスの世界で目を覚ましたのは……!」


「そう、奴らの仕業」


 答えたのはナイトラスではなく、どこからかごっそりと封筒やファイルの束を抱えて戻ってきたアイリスだった。

 どうやら捜査局の資料らしいその束を、彼女は俺の目の前にてきぱきと並べて置いていく。


「お気の毒だけど、あなたの転生は最初から仕組まれていたの。遠野観行という何の変哲もない普通人の肉体を奪って、捜査局や警察機関を欺く仮の姿として使うためにね」


「……だから、銃持ったヤバイ奴らに追われてた?」


「そう。本人の口さえ封じておけば、誰にもあなたがあなたでなくなったとはわからないから」


 ……言葉が見つからなかった。

 今までは正直、俺は心のどこかではしゃいでいたんだ。だって、ずっと夢見ていた転生がかなったんだ。正直言えばスタートの時点からつまずいていたけど、それでも見知ったゲームの世界を生きるのは楽しかった。

 捜査局に来てからだってそうだ。度重なる驚きにもう勘弁してくれと思ってこそいたが、それはやれやれ系主人公がよくやるひねくれた自己表現のマネで、心の底では常にこの展開を面白がっていた。

 だが、今は違った。知らないうちに人生が終わって、転生して。

 それがすべて、自分の体を奪った誰かの陰謀だった? 

 はじめから、やつらに殺されることが決まっていた? 


 ……気色悪いにも、ほどがある。


 俺は先ほどから腹の底にたまり続けていたイヤなものを吐き出すべく、何度か深呼吸を繰り返した。気分爽快とは行かないまでも、それでいくらか落ち着いてくる。

 すると、猛烈に腹が立ってきた。考えてみるとあまりにも理不尽な話じゃないか? 人の体を勝手に乗っ取って転生させて悪事を働きやがって、それで転生した俺を放っておくならまだしも、念入りにも刺客を差し向けて殺そうとしたわけだろ。

 顔も知らないヤツに言うのもなんだけど……いや、よく考えたら顔は俺なんだった。ややこしいな。とにかく、盗人猛々しいにもほどがある。文句のひとつやふたつじゃ、とてもじゃないがおさまる気がしない。


「いったいどこの何者なんですか、そいつ?」


「……"カノプス"。通り名だが、私たちはそう呼んでいる」

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