エピローグ2 いまの会社と仕事もな
「ソーゴ、朝だぞ。ソーゴ」
「……」
耳元で囁かれる甘ったるい声がわずらわしい。
俺はソファで器用に寝返りをした。
「そうか、これはあれだな。おはようのチューをしないと起きないというやつだな」
「……するな」
「ちっ……」
目を開けると。俺の顔を覗き込むようにしてラクスの顔があった。
エプロン姿で長い金髪をポニーテールにしている。
「なんで舌打ちした」
「していないぞ」
「いや、明らかにしただろ」
俺はゆっくりと身体を起こし、ちっとも疲れが取れてないことにうんざりした。
押しかけてきたJKエルフはいまだに俺の部屋に居ついており、なんなら徐々に馴染みつつあった。
健康でうまい食事を提供し、家事を完璧にこなし、俺を懐柔しようとしてくる。
なんて狡猾な侵略者だ。
俺は盛大なあくびをして、まだ覚醒していない頭で言った。
「お前、いつまでここにいるつもりだ」
「君が私と結婚してくれるまでだが?」
「さらりと言ってくるんじゃねえ。それにお前だって、自分の会社があるんだろう」
そう、こいつは休暇を取ってこっちの世界にきていると言っていた。
なので、時間を稼げば帰ると思っていたんだが。
「安心しろ。なにかあれば戻るように言ってあるし。我が社の役員一同、初恋の相手と結婚して生涯で一人だけ愛するという、エルフの掟はぜひとも守るべきだという意見なのだ。なんなら結婚するまで戻ってこなくていいと言われているぞ」
「……ああ、そう」
俺の期待は脆くも崩れ去った。
くそ田舎にある村の掟か。
守らないと村八分にでもされるのかよ。
「そんなことよりソーゴ、私の格好をちゃんと見ろ」
「なんだよ……」
ラクスはソファに座る俺の前にまでとてとてやってくると、頬を少し赤くした。
照れ照れとはにかむ。
尖った耳がひこひこ動いている。
「どうだ、裸エプロンだぞ」
俺の頭は一瞬で覚醒した。
目の前のエルフは、なにを思ったのか本当に裸エプロンだった。
身体はある程度エプロンによって隠されてはいたが、ほっそりとした肩や腕、太ももからすらりとした脚は完全に露出していた。
そこだけならまだしも、エプロンが密着しているせいで、かたちのいい胸のふくらみから引き締まった腰まで、身体のラインがすごくよくわかる。
こいつ、絶対にブラもパンツも身につけてねえ。
「君がいつまでたってもリクエストしてこないので、自発的にしてみたのだ。私はなんていい嫁だろう」
「普通の嫁は裸エプロンなんてしねえよ?」
「朝食はご飯にします? トーストにします? それとも、私?」
「聞いたことないフレーズ出てきた!」
JKに裸エプロン。
それを見る社会人。
この絵面はダメなやつだわ。
「痴女かお前は。さっさと着替えてこい!」
「むー……ソーゴの反応は男としてどうなんだ? こんなに可愛いエルフが、誘惑しているというのに」
「深刻そうに言うんじゃねえ」
「ひょっとして、E……」
「おおい!」
いやいや、性欲バリバリだよ。
でも、俺は、責任ある大人だからな。
ましてやお前はJKだろうに。
いい加減、ここいらではっきりと言っておいたほうがいいかもしれない。
そりゃ確かに、約束をしたと言えばしたんだろうが。
「ラクス」
「?」
「いいか、よく聞け。俺は別に、お前のことを嫌いってわけじゃないけど」
「ソーゴ、ようやく私の想いが――」
「いやいやまてまて、そんなにパアァっていう笑顔になるんじゃねえ」
じりじりと距離を詰めてくるエルフから、俺もじりじりと距離を取る。
もっとも、ソファに座っているから逃げ場はほとんどないが。
「お前はさ、なんというか、可愛いかもしれないけど。俺から見ればまだ子どもだよ」
そう。
エルフだろうとJKはJK。
いい大人が、マジになっていい相手ではない。
「あー……だからまあ、俺みたいなオッサンのことはさっさと忘れちまえ。それでもって、もっといいやつを捕まえろ。こっちの世界じゃな、オッサンが一〇代の女の子に手を出すのは犯罪なんだ」
「ソーゴ……」
「それに俺は、10代に興味はないからな」
そこまでを早口で言って、俺は肺に空気を吸い込んだ。
大きく息を吐く。
ラクスは動きをとめて、目をまん丸にしていた。
昔の俺の言葉が彼女の支えになったというのなら、それはできすぎってものだ。いい思い出として、胸のなかにしまっておくくらいがちょうどいい。
くだらない仕事をして燻っていた俺なんかよりも、もっといいやつはそこらにいるさ。
「10代に興味がないだと? 君というやつは」
ラクスの声は震えていた。
怒っているのか、泣いているのか、わからないが。
なんにせよ、俺は彼女からなにを言われようと、さっさと元の世界に帰らせるつもりだった。俺のことを諦めさせて。
「くっくっ……あはは、そんなことを気にしていたなんて」
あれ、なんだか様子がおかしい。
ラクスは笑いを堪えていた。
意味がわからずになにも言えないでいる俺に、彼女はついに声を上げて笑った。
「安心しろ、ソーゴ。私はな」
そして、両手を腰に当てて高らかに宣言する。
「エルフ年齢だと28歳だ」
…………
なに?
こいついま、なんて言った?
「確かに、こちらの世界の見た目で言えば10代に見えるかもしれないが。れっきとした大人の女なのだ」
えっへんと胸を張る、裸エプロンのJKエルフ(28歳)。
「お前……」
そりゃあ、世界も種族も違うなら、そもそも年齢の考え方だって違うのかもしれないが。
だからって、この見た目で、向こうの世界でも学生で、それはないだろう。
なによりも、俺は27歳だぞ?
ってことは。
「お前、俺より年上じゃねえかよ!」
俺は崩れ落ちた。
「うむ。なので心置きなく私と結婚してくれ」
「ラクス、ひとつ聞きたいんだが。こっちの世界じゃ、女子は大体30歳になるまでに結婚するやつが多いんだ」
「ふむ?」
「エルフは?」
「同じようなものかな」
まさかとは思うが。
こいつが結婚するまで戻ってくるなと会社から言われている理由がなんとなくわかった気がした。
絶対に婚活だろこれ!
世襲でやってきた会社の後継者がまだいないから、アラサーになった女社長にさっさと子どもつくらせようっていう、会社の役員連中(多分、老害のジジイとかオッサン)の変な気遣いだろ!
「まあ、君が気にすることもわからないではないが。こちらの世界で気まずいというのであれば、やはり私の会社にこないか?」
「まてまて、勝手に話を進めるな。いまの会社でまだやってみるよ」
手のかかる後輩の面倒をもう少しだけ見てやらないといけない。
同期のクリエイティブディレクターには、おいしい案件を回さないといけない。
チームの窮地を救ってもらったマジ天使なメンバーには、北新地で酒をおごるように言われている。
あとは、GMに尻ぬぐいさせた借りを返さないとな。
「いまの会社と仕事もな、一パーセントくらいは楽しいこともあるさ」
「そうか。それは残念だ」
ラクスはあまり残念そうではなかった。
「君にとっては私の会社はいいことばかりだぞ。いまよりも高い給与、高いポジション、大きい仕事の裁量、それに社長をしている可愛い嫁がついてくるし」
嫁はともかく――転職エージェントにそんな条件を言おうものなら、キャリアアドバイザーから蔑んだ目で見られて「一ノ瀬さん、現実を見てください。どれか優先するものをまずは決めましょう。全部を満たす会社はありませんよ」と言われるような条件だ。
だが、俺は言った。
「お前のところに世話になる気はないよ」
「むー……ではこうしよう」
負けじとエルフも言った。
「まずは私と既成事実をつくる」
「……」
「子どもができる」
「……」
「授かり婚」
「……」
「お金がいまよりもかかるようになる」
「……」
「転職」
「……」
「サクセス!」
「サクセスじゃねえよ! なんだそりゃ怖いわ!」
「ネットのガールズフォーラムという匿名掲示板で相談したところ――」
「そんなところに相談するな!」
俺は頭を抱えた。
こいつは、全然、ちっとも、諦める気はなさそうだ。
そうだな。
仮にこいつの会社にいくのなら、いまの仕事が本当にいやになったときに考えてみるさ。
結婚をどうするかは――考えたくもねえ。
俺の人生の大問題だぞ、これは。
こんな悩みを抱えているやつ、ほかにいるか。
俺こそガールズフォーラムとやらに相談したいぜ。
JKエルフ社長に結婚を前提にヘッドハンティングされている俺はどうすればいい?
JKエルフ社長に結婚を前提にヘッドハンティングされている俺はどうすればいい? 北元あきの @KITAMOTO_Akino
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます