5 母は強いです

「さて、話は聞かせてもらったわ」



兄妹・・喧嘩・・を仲裁した母、ジャスティーン・エヴァン・ユースティアは私と兄を交互に見つめてにこりと微笑んだ。

可愛らしい容姿に似合う可憐な笑みのはずなのに、その目は決して笑っていない。その視線に戦慄して冷や汗をかく。

母はにこやかに微笑んだまま言葉を続ける。



「喧嘩もいいけど、お父様の仕事の邪魔をするのはよくないわぁ? 二人共もう大きくなったんだから、はしゃぐ必要もないでしょう? こんなに散らかしたら、片付けるのも大変だと思わない? 我が家のために働いてくれている使用人の方達に申し訳ないわぁ?」



あくまで笑みを絶やさず朗らかな調子で語っているのに、母の後ろに黒いオーラが立ち込めているのは私の視覚がおかしくなったのだろうか。いや、兄も目を擦っている。ということはあのオーラは可視化されたものなのだな、きっと。


笑いながら怒るってそんな器用なことができるのね母様。すごいわ。さすが我が家の最強。怒られていないはずの父まで顔を青くして震えている。つまりはそれほど怖いという事だ。


なんて現実逃避をしていたがこれは非常に不味い。温厚な母が怒ることは滅多にない。いつもにこやかな笑みを絶やさないが、こんなに黒いオーラを纏わせることはない。というか、いつもこんなオーラを纏わせていたら怖い。


ああ、そう言っている間にどんどん母の暗黒オーラが増してゆく。これはだめだ。やばいやつだ。爆発する前に沈静化しなければ大変なことになる。主にユースティア侯爵邸が物理的な意味で。家が壊れる前に謝ろう。


先程まで睨み合っていた兄と視線を合わせる。兄は心得たというように頷いた。私もすぐ様頷き返す。

先程まで争っていたはずなのに、母というラスボスを目の前にした今、兄妹の絆は固く結束した。

私と兄は同時に母の前まで進みでると、正座し、同時に頭を下げた。



「「ごめんなさい!! もうしません!!」」



日本の古きよき伝統、土下座である。

流石は兄妹。固い絆で結ばれたためか、謝罪の文言まで綺麗に一致するとは。



「うん。素直な子は好きよ~? さすが私の子。いい子達だわ!」



母は兄と私の土下座を見届けると、すぐに黒いオーラを消した。どうやら許してくれたらしい。兄と目を合わせてほっと一息つく。これで我が家(ユースティア侯爵邸)の崩壊(物理的な意味で)は免れた。




「それで、シャイリーンちゃんはお家を出たいのよねぇ? エクソシスト認定試験に合格したんだってね、流石は私の子だわぁ。私に似て可愛いし優秀だなんて母様誇りだわ!」

「ありがとうございます、母様」



誇らしいわぁ、と言って先程とは違い暗黒オーラを纏わない可憐な笑みを浮かべる母。

その胸元にも、私と同じ『白薔薇のロザリオ』が輝いている。ただし、母のロザリオは銀ではなく、金色。


私がエクソシストになるきっかけを作ったのは何を隠そう、この母である。

この国の宰相で、仕事に一切の容赦をしない「鬼」と恐れられる父を容易く笑顔ひとつで黙らせるようなこの母が普通の人間なわけがないのだ。


ユースティア公爵夫人--ジャスティーン・エヴァン・ユースティアは『教会』でもその名を知らぬ者はいないほど有名なエクソシスト。その中でも特に優秀なものに与えられ、未だ5人しか名乗ることを許されていない金のロザリオを賜わる『マスター・エクソシスト』の1人なのである。



「それで、家を出る件なんだけどね?」



そのマスター・エクソシストは、優美な笑顔を絶やさないまま告げた。



「別にいいんじゃないかしらー? 私は問題ないと思うわよ? 私はシャイリーンちゃんの意見を尊重するわー?」

「!!」



--勝った。

思わぬ最強の味方を手に入れて、私は密かに拳を握ってガッツポーズを作った。

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