4 決定事項です、異論は認めません。
私が転生したこの世界には「悪魔」と呼ばれる存在がいる。
美しい顔と甘い言葉の罠で人を惑わせ、とりつき、その魂を食べる魔性。
「使い魔」と呼ばれる魔物を統べ、戯れに現れては甚大な災害をもたらす存在。
人の姿をして人の世に紛れ、獲物を求めて夜な夜な徘徊する人外。活動時間は闇の力が強まるとされる夜で、特に月の明るい夜--満月に力を増すとされている。
それが、この世界で悪魔と呼ばれるモノたちだ。
人間は日々生きる上で裏からこの悪魔と呼ばれるものたちに蹂躙されながら生きている。
しかし、人間達もやられてばかりではなかった。
人の一部に、悪魔に対抗する力を持ち、戦う人間達が現れたのだ。
それが『教会』と呼ばれる組織に属し、人知れず悪魔の脅威から人々を守る存在。
悪魔と対抗できるだけの高い魔力と、悪魔の甘言に惑わされない強靭な精神を持ち、あらゆる武術と魔術に長ける
驚異的な力を持つ人ならざるものと戦うエクソシストは当然簡単になれるものではない。
潜在的な魔力の高さ、厳しい訓練にも耐えうる精神、何より悪魔と対峙できるだけの戦闘能力を有する技能。
先天的な力と、後天的な努力によってエクソシストは生まれる。教会が定める『エクソシスト認定試験』も難易度が高く、合格できるものは少ない。一朝一夕の努力などでなれるものでは無いのだ。
しかし、先日私は17という若さでこの認定試験を突破し、エクソシストの証である『白薔薇のロザリオ』を賜った。王妃教育の傍ら、たゆまぬ努力を続けた結果である。
そのロザリオを目にして、父と兄は驚愕した表情のまま呆然と呟く。
「本物か……?」
「本物ですよ? 確かめますか?」
掲げていたロザリオを胸の前まで戻し、掌をかざす。
魔力を放出すると、ぼうっと青白い光が生まれ、ロザリオから白薔薇の紋章と私の名前が浮かび上がる。
このロザリオには私の血が一滴しみこませてあり、持ち主がロザリオに魔力を放出するとこのように反応する仕組みになっている。
そしてこれこそがこのロザリオが本物である証となる。
しかし、二人はこの証拠を目にしても怪訝な表情を崩さなかった。
「なんと……あの試験に合格したというのか……我が娘が……」
「そりゃ、シャーリィが昔からエクソシストになりたがっていたのは知っていたけれど、信じられない……」
それはそうだろう。貴族の令嬢がエクソシストになりたいなどとは普通は思わない。思ったところで反対されるに決まっている。ましてや私は第1王子の婚約者だったのだから。
幼少時に「エクソシストになりたい」と言った時、この二人はいい顔をしなかった。子どもながらに私はそれを歓迎されていないのだと感じ取った。第1王子の婚約者にされた時点で確信に変わったが。
だから隠した。王妃教育を受けながら、それ以外の時間を全て訓練に費やした。
ツテを頼って教会の訓練生となり、魔術を磨き、精神を鍛え、そこら辺の騎士程度には負けない剣の使い手となった。
いずれ王妃にされると知ってからも、これだけは譲れなかった。私にはどうしてもエクソシストにならなければならない理由があったから。
あの日、半魔の少年と交わした約束を守るため。
だから--。
「これで私が市井で暮らしていけない理由はなくなりました。お父様、私が家を出ることをお許しください」
婚約破棄した今、私がこの家に留まる理由はない。私はエクソシストになった。悪魔祓いはその仕事のリスクの高さに比例して稼ぎがいいのだ。
教会の管理下にある寮を使えば衣食住にも困らない。
私は再び「事務」モードの仮面を被ると父に詰め寄る。父が考え込むようにアイスブルーの瞳を細める。しばらくそうして左右に首を振るとようやく口を開いた。
「やはり家を出るのは認められない。エクソシストになったのは了解した。だが家にいてもエクソシストの仕事はできるだろう? それに婚約破棄だってまだ正式な手続きを踏んでいない。まだ殿下から婚約破棄を告げられただけじゃないか」
やはりか。父の返答にギリ、と歯噛みする。
一見私を心配している風ではあるが、この父は利益しか考えていないのだ。婚約破棄で公爵家が負う損害、醜聞。それを清算するために王子からの婚約破棄を逆手にとって王家をゆすり、立場を有利にしようとでもしているのだろう。そのためには、私がまだ必要になる。いずれ得る利益のために私を留めておきたいのだ。
父は根っからの仕事人間だ。それがたとえ肉親であろうと、使えるものは使う。父はそういう人間だ。だから娘である私を政治の駒に使うことを厭わない。使われるこちらはたまったものではない。
それが分かっているから、私はこの家を出ようとするのである。
ため息を着くと、私は二人を見据える。
「そうですか、分かりました。ならば--」
ここが正念場か。できれば説得して家を出たかったのだが。強行突破は嫌だったのだが、それでも父の駒として利用されるのはもう御免だ。
体に力を込め、魔力を解放する。こうなったら家出をしてでもこの家を出ていくしか方法はない。
私の突然の魔力の放出に危機感を感じたのか、父と兄が警戒を強める。兄は腰に吊っていた剣に手を当てた。
父も兄も剣を嗜んでいる。しかも兄に至っては近衛騎士と張り合えるほどの腕前だと聞く。
丁度良い。この家を出る前に正式にエクソシストになった私がどれほど兄と競えるのかを知るいい機会だ。相手にとって不足はない。
ドレスの下に隠し持っていた仕込み刀を構え、不敵に笑う。
「全力で家出させて頂きますわ!」
仕込み刀の鞘を抜くと同時に地を蹴った。
一瞬にして距離をつめ、上段から兄に斬り掛かる。
即座に兄が反応していつの間にか抜いていた剣で応戦する。
ジャリィン! と耳障りな金属音が響く。
流石の腕前だ。不意打ちでも完璧に対応した。模擬訓練では得られない刹那の緊張感に心が踊る。
私の不意打ちを見事に受けた兄は剣を振り払い、反撃してきた。
重すぎる一撃は真正面からでは受けきれない。即座にバックステップを踏んで距離を取り剣撃を避ける。
「エクソシストになるだけあって中々の動きだね、シャーリィ!」
「ゼノール兄様にお褒めいただけるなんて光栄ですわ!」
お互いに距離を保ったまま、睨み合う。
次の瞬間、二人とも同時に動き銀色に煌めく線が互いに交差しようとして--
弾かれた。
そして同時に吹っ飛ばされる。
風魔術を行使されたのだと気づいた時には、私は仕込み刀を取り落として床に倒れていた。
「はい、
緊迫した室内に場違いなほど明るい声が乱入する。
優雅な足取りでめちゃくちゃになった執務室に入ってきたのはサラサラな銀髪をシニョンにして、紺色のドレスを纏った人物。
エメラルドの瞳に穏やかな光を宿して、部屋を見渡す。
「んもー、部屋をメチャメチャにして。片付けが大変でしょう?」
腰に手を当てぷんすかと怒る姿は、年に似合わず可愛らしい。
この可愛らしい外見に似合わず実はかなりの実力を誇る人物は、この家の中においては宰相である父より1番強い立ち位置にある。
「母様……」
「はぁい? 何かしら。シャイリーンちゃん」
私と全く同じ色彩をもつこの家の最強権力者--ジャスティーン・エヴァン・ユースティアは自らの娘を見て、ニッコリと笑った。
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