2 せいせいしました。

「やっとあのバカ王子から解放されたわ!!」



自分の部屋に戻ってくるなり、大声を上げてベッドにダイブする。

質のいい羽毛布団はボフッと柔らかな感触で私の体を受け止めてくれる。

一人で寝るには大きすぎるベッドで右に左にゴロゴロ転がりながら私は完全に「令嬢」の仮面を脱ぎ捨てていた。


マナーを教えてくれていた家庭教師のフィールメイア公爵夫人あたりが見たら「んまぁなんとはしたない!」と声を上げそうな所業だが、今日くらいは素に戻っても許されると思う。


やっとだ。やっと、あのバカ王子から解放されたのだ。あの地獄のような王妃教育から開放された。

もう私は我慢しなくてよいのだ。これが喜ばずにいられるもんですか。




車に轢かれて事故死したと思ったらこの世界で目覚めてはや16年。今思えば私は今世でもついてないことだらけだった。

前世で青になった横断歩道を渡っている時に交差点に迷い込んできた車に轢かれて死んだと言うだけでも充分ついていないのに。


私は死んだと思ったらこの世界に転生していた。

よく本で見るような異世界転生というやつ。

私の前世はごくごく普通のどこにでもいる一般人だった。取り柄といえば本の虫と言われるくらいに本好きだったことぐらい。

容姿も性格もごくありふれた平凡な人間。


それがこの世界に転生した途端、ふわふわな銀髪を持つエメラルドの瞳の美少女になっていた。

びっくりしたし、同時に嬉しかった。

この世界は前世では存在しなかった魔術がある世界。小さな頃から憧れだったファンタジー世界に転生したのだ。

しかも幸いなことに私は母親譲りの膨大な魔力と、とある特別な「性質」を持っていた。


興味の赴くまま、好奇心のままに魔術を追求し、この国の宰相であった父について回り、時には前世で読んでいた本の知識を披露したりもした。

今までにない発想と、高い魔力で次々に技術を生み出す天才少女。

私の名は国全体に広まるほど有名になった。


--そこまでは良かったのだ。しかし、いい意味でも悪い意味でも目立ちすぎた。

私は国王に目をつけられ、あのバカ王子、もとい第1王子の婚約者にされてしまった。


それでも最初は嬉しかったのだ。平凡な人生を歩んでいた私が美少女に転生して王子の婚約者に!

お伽噺のようではないか。さらにアラン王子は美しかった。

初めて会った時それはそれは王子のあまりの美しさに色めきたち、こんな人と婚約できるのかとドキドキした。

影を落とすほど長いまつ毛に、サファイアのごとく青い瞳。猫っ毛な金髪は柔らかそうで、精緻な人形かと思うほど整った顔。まるで天使のようだ。


しかし、初対面でその印象は一瞬にして崩れた。



「なんだお前、つまらないな。そこまで可愛くないし、こんなつまらない女と結婚しなければならないのか。最悪だな」



あのバカ王子は開口一番、私に向かってこう宣ったのだ。失礼にも程がある。


それから私はこの王子が大嫌いだった。

何度か会ううちにその性格も思考も理解した。高慢ちき、自意識過剰、ワガママ。最悪だった。こんなのが王子でいいのかと何度も思った。

そして何より許せなかったのはこのバカ王子のために私は王妃教育を施され、自分のしたいことがろくに出来なくなったことだ。


「王妃たるもの、常に王をたて一歩引いて然るべし」


これがこの国においての王妃の振る舞いの鉄則。

何故私があの最低最悪な王子をたてて一歩引かねばならないのか。腹立たしさしかない。

あんな王子のために自分を犠牲にするようなことは絶対にしたくない。

私はこの頃から「令嬢」の仮面をまとうようになった。

王妃候補の「ユースティア公爵家令嬢シャイリーン」を演じることで、怒りを抑えてきた。



でもそれも今日で終わり。

我慢するのは今日で終わりだ。

私は私の「やりたいこと」をする。今まで充分我慢したのだ。もう遠慮はしない。そのために。



「まず、障害ははらうべきよね。先手を打ちましょう」



私は乱れた意住まいを正すと、行動を開始した。


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