悪魔王子のお気に入り~婚約破棄された転生令嬢は魔性の王子に惑わされ~
蓮実 アラタ
1 婚約破棄されました。
よく晴れた昼下がりの午後。
私、シャイリーン・セラヴァーン・ユースティアは婚約者であるこの国の第1王子、アラン・シュゼット・レーゲンベルクに呼び出された。
ただ一言「庭園で待っている」という文を寄こしたこの国の第1王子は相変わらず人には都合というものがあるということを学習しないようだ。
午後から予定があったのにこちらの都合お構い無しな一方的な呼び出しにため息を着きながらも、お気に入りのプリンセスラインに可愛らしい刺繍レースがついたモスグリーンのドレスに着替える。
エメラルドの瞳にも映えてとても似合っていると自負しているお気に入りのドレスだ。
陽の光を受けて輝く銀髪は令嬢らしく編み込みに。王子に会うと伝えてあったので、侍女達は張り切って私の支度の準備をしてくれた。
あの王子のためにここまで装う必要はない気がするが、最低限礼儀というものがある。何せ相手は腐っても王族だ。
「とても綺麗ですわ、シャイリーン様!」
鼻息荒く送り出してくれた侍女の言葉を思い出しつつ、指定された王城の庭園に辿り着く。
少し進んだ庭園の真ん中、噴水がある場所にぽつんと王子が立っているのが見えた。
--いや、1人ではない。よく見ると隣に令嬢と思わしき姿があった。
ストレートの長いプラチナブロンドを背に流した可愛らしい少女が王子の隣に寄り添うようにして立っている。2人は私に気づいた様子はなく、和やかに談笑していた。それは明らかに恋人のような雰囲気で。
その瞬間、私は悟った。王子が私を呼び出した理由を。
ああ、とうとうこの日が来たのね。いつかは来るだろうと思ってはいた。
少し動揺したが、次の瞬間にはきちんと「令嬢」の仮面をかぶり直す。
そのまま歩いて私は王子の前に立った。
「ご機嫌麗しゅう。アラン王子」
「来たか。シャイリーン」
私の言葉に振り向く王子。
相変わらず顔「だけは」綺麗な王子だ。
今はもう見慣れてしまった王子の顔を見つめる。
王子は私を見るなり勝ち誇った表情をして口を開いた。
「シャイリーン。早速だが君との婚約を破棄する!」
やっぱり。私はまず気持ちを抑えるために目を閉じた。落ち着け。冷静になるのよ、私。
「……理由を伺っても?」
「令嬢」の仮面を被ったまま静かに問い返せば王子は不快そうに眉をつり上げる。
「君よりか僕に相応しい人がここに居るからだ!アイシラ・ダレンソン伯爵令嬢、彼女こそが僕に相応しい。だから君との婚約は破棄したい!」
そう高らかに告げて、隣の少女--アイシラ嬢を愛おしそうに見つめる。
アラン王子に見つめられてアイシラ嬢は恥じらうように目を伏せた。
見る間に二人の世界が広がり、甘い雰囲気が広がる。
いかにもバカップルがしそうなイチャイチャ。
なるほど。恐らくこの王子、アイシラ嬢に一目惚れしたのだろう。そして口説いた。
--馬鹿にも程がある。
一国の王子とあろうものが、恋愛を優先してどうするんだ。
常々王子としてどうかと思ってはいたが、これは……。
私は呆れた。馬鹿すぎるこの国の第1王子に。
けれどこれは私にとっては好都合だ。とてつもなく好都合だ。またとないチャンス、というやつである。
この鬱陶しい自意識過剰ナルシスト男から解放されるチャンスなのだ。
この機会を逃してなるものか。思わず笑顔になる。
嬉しすぎて、これまで一度も目の前の王子に見せたことがない心からの笑顔を浮かべた。
私の反応が意外だったのか、王子が目を見張る。
それにも構わず、私は嬉しすぎて笑顔のまま告げた。心からの本音を。
「--ありがとうございます!!」
(承知しました。そのお話、お受け致しますわ。どうぞ末永くお幸せに)
あ、しまった。嬉しすぎて本音と建前が逆になってしまった。
爽やかにおじぎまでしてしまったではないか。
「は?」
王子は呆然として、あんぐりと口を開けたまま固まっている。
隣のアイシラ嬢も、反応できないようだ。
おや、私の反応がそんなに意外かしら?
こんな最低王子の婚約者を辞められるのなら喜んで辞める。熨斗をつけて返したかったくらいだ。
ひとえにそれをしなかったのは、これが王命で決められた婚約だったからこそ。
それを王子から破棄してくれるというのだから、むしろ喜んで受けるに決まっている。
この王子の尻拭いや、面倒を見なくてすむのだから。
これまでの人生の中で一番晴れやかな気持ちに包まれながら、私は固まったままの王子に向き直る。
今度はきちんと「令嬢」の仮面をかぶり直して。
「ごほん。失礼しました。婚約破棄は謹んでお受け致しますわ。殿下にお慕いしてるお方がいるならその方と結ばれた方がいいに決まっておりますもの。婚約破棄の正式な手続きはまた後日ということで。私、これから用事がございますので失礼させて頂きますね。それでは御機嫌よう」
そしてその場で優雅に一礼する。
そっと窺えば二人はまだ硬直したままだったが王子に何も言われないことをいいことに私は踵を返すと颯爽と庭園を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます